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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第3章 王国内乱編
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episode 17 源流

 時は王国歴六十年頃。三代目国王アントニアディ・メルクリウスの治世まで遡る。(ちなみに今は王国歴三百九十八年ね)

 初代・英雄王と並び称されるほどの武人と謳われた、二代目国王・武王スキアパレッリ・メルクリウスが没し、武の時代が終焉を迎えると、未だ国威が届ききっていない西側の部族に叛旗が翻り始める。

 しかし王国を東西に分断するピエリアの森の存在が賊の討伐を困難なものにし、森周辺の町や村では彼らの襲撃に日々悩まされることとなった。

 これを憂慮した国王は、大規模なピエリアの森の探索を開始する。そして八年もの歳月と莫大な財、多くの人命を費やし森を横断する一本の道を発見した。それが今なお東西唯一の架け橋となっている、アントニアディ回廊である。

 そしてその中間地点には賊の襲撃にに備えるための難攻不落の砦、アントニアディ要塞が建設され、今なおその堂々とした威容を称えていた。


 その(のち)王国は西側を平定、要塞は砦としての役割を終えることとなり、現在、関所としての新たな任を与えられ、王国の中心にどっしりと根を下ろしている。

 西側の脅威から国を衛ったアントニアディは、死後にこう(おくりな)された。『賢王』と。



 ───────────────────────────────────



 サクヤと二人、森へ入ってかれこれ二十日が過ぎようとしていた。周囲の木々が生き生きとした深い緑から、枯れかけていてもなお、色鮮やかな赤や黄色に移ろい、冬の訪れが近くまで来ていることを予感させる。それに伴い朝晩の冷え込みも一層厳しさを増していた。


「寒くないか? サクヤ」

「大丈夫ですっ!」


 周囲の紅葉のようにほんのり頬を赤く染め、かじかむ手をこすりあわせる。それでもサクヤは息を白く曇らせながら、笑顔で溌溂と返事をした。外套を羽織ってはいるものの、冬の装備としては心許ない。冬支度の必要性に迫られている。


「あと一日だ。一日歩いたらアントニアディの関所を越える。そうすればようやっと街道に出られる。そこら辺に周辺の町か村があるだろうからそこに寄ろう。それまでの辛抱だ」

「分かりました。ですが、すいません。ここまで付きあわせてしまって」

「気にするな、出世払いだよ。立派な大人になれ。そん時、働いた分はちゃんと払ってもらうことにするよ」

「不潔っ!」


 キッとオレを睨みつける。体が報酬なんて一言も言っていないではないか。変に勘ぐるクセは一向に収まる気配を見せない……。切ない……。

 ただサクヤの剣の上達の速度はオレの予想を遥に上回り、勢いが衰えることを知らずにいる。その原因の大凡(おおよそ)を、オレは目星をつけていた。


「サクヤ、少し話がある。聞いてくれ」


 誤解を招かないよう、真摯な態度を必要以上に装い、サクヤに話しかけた。オレなりの防御策である。


「変なこと……じゃないんですよね」


 で、結果がコレ……。いちいち疲れる……。


「アンタはここにきて剣の腕前がかなり上達してきている。それは理解しているか?」

「はい、なんとなく。きっとクーロンさんのおかげだと思います」

「なぜそう思う」

「ええと、似てますよね、私とクーロンさん。あっ、そうじゃないです。クーロンさんの動きってたぶん私の理想なんです。それを毎日たどっていたら、こうなっちゃいました」


 カンの鋭い娘だ。


「オレも同じことを考えていた。オレとアンタは確かに似ている。たぶん剣術の源流は同じなんだ。アンタはもともと二剣を使っていたのか?」

「いえ、私が勝手に。父にも隊長にも禁止されていました。だけどこれがしっくりするんです」

「なるほどな。そこまでオレと一緒とは恐れ入る。じゃあ本題に入らせてもらう。アンタの身内でも何でもいい。ジェイクトという人物がいなかったか?」


 ジェイクトなる人物は、オレの育ての親であり剣の師匠の名である。おそらくこの老人は、サクヤと何かしらの関係を持っているはずなのだ。だが彼のことをサクヤが知っている可能性は薄いと感じていた。なんせ彼女が生まれる前に故人となった人物なのだ。


「確か破門された曽祖父が、そういう名前だったはず。って知ってるんですか、曽祖父のこと」

「ああ、オレの師匠にあたる人物だ。なるほどな、そういうことか。あのジジイ破門されていたとはな。クックック」


 思わぬ収穫に笑いが溢れる。ジジイが生きていれば、ここぞとばかりにイジくっていたものを。ただオレはジジイが破門された理由を、なんとなくではあるが分かる気がした。


「曽祖父はどういう人だったんですか?」

「偏屈でスケベなジジイだったよ」

「だからクーロンさんも……」


 ひ、否定はできん。だがそういった素振りを一切見せていないアンタに言われる筋合いはない……。そういう変な固定観念、やめてくんない?


「さっき似ていると言ったが、オレとアンタには決定的な違いがある。分かるか?」

「はい、何となく」

「言ってみろ」


 サクヤは急に、求婚を迫られる少女のようにまごつきだした。なかなか言い出しにくいのだろう、何度も何度も言葉を選びなおしている素振りがうかがえる。彼女の率直な考えを聞きたいオレは優しくサクヤを促した。


「いいから言ってみろ」


 優しくない? いえいえ、これでも優しく言った方でございますですよ。


「気を悪くしないでくださいね。私が思うにクーロンさんの剣は無駄が多いんです。人を斬るのに、そこまでしなくてもいいんじゃないかって感じです。もっと効率よくできる筈なんです」

「ははははは! 分かっているじゃねえか」

「すいません。生意気言って」


 普段から平然と切先を向けるほうがよっぽど気分悪いし、よっぽど生意気だったりするんですけど……。そっちはスルーなんですね。


「謝った割には好き勝手言ってくれるな。が、確かにそうだ。オレの剣は人を斬るにはやり過ぎだ。アンタと戦って、改めて思い知らされたよ。そしてもう一つ、オレの剣は一対一を全く考慮していない。アンタがオレの動きが理想と言っていた理由は、おそらく後者だ。一対一に特化したアンタの剣術では、多対一の戦いに不満を感じてしまったんだよ」

「ハイ」


 サクヤは一声返すと次の言葉を待っているのだろう、口元をキッと引き締めた。


「アンタの剣技は完成に近かったはずだ。オレ達の流派はそうなると違和感を感じるようになる。オレもそうだったからな。それはいくら剣を振っても答えは出なかった。違うか?」

「クーロンさんの言うとおりです」

「そこで両手に剣を持つと、アンタの言うとおりストンと収まる。ずっと考えていたんだがな、元々二剣使いだったんだよオレ達の流派は。ただ代替わりしていくうちに二剣を扱える奴がどこかで途切れただけなんだろうとオレは思っている」

「ハイ」


 やはり生粋の剣士だ、この娘は。真剣な表情の中に強い好奇心がありありと覗かせている。次の言葉が欲しくてたまらない顔だ。ここで焦らすか? 大人は意地糞汚(いじくそきたな)いということをここで教えてやろうか?


「ところで付き合ってる男とかはいるのか?」

「ハイ〜?」

「ス、スマン。冗談だ……」


 サクヤの眉間にはこれでもかってくらいの皺が刻まれる。そしてそれにも負けないくらい、ものっすごい剣幕を発した。ここは笑ってやんわり流すのがいい女の秘訣だと教えてあげたい……。


「コホンッ。で、オレの剣が人斬りには向いていない原因は、おそらくアンタの曽祖父だ。あのジジイ、魔の眷属のことをなんかの拍子に知ったんだろう。少なくとも魔術師どもは敵と認識していたんだと思う。『魔術砕き』って知っているか」

「い、いえ。知りません」

「魔力の流れを絶ち斬って魔術を無効にする技だ。これもジジイから教わった。だが剣術にこんなものがあるのも不思議に思っていたんだ。おそらくオレの剣は人ならざる者を斬るための剣だ。だから人を相手にするとやり過ぎる。ジジイの破門もたぶんそれが原因だ」


 数えきれない程の人を斬った十数年前の大戦のことを思い出す。ジジイはあんなことをするためにオレに剣技を教えたんじゃなかったんだろう。なんとも親不孝な話である。親じゃないが。


「アンタはこっち側に寄り過ぎた。剣筋を元に戻せとは言わない。だがそこら辺で終わりにしたらどうだ?」

「無理言わないで下さい!」


 一転、抗議の視線をオレへと向けがなり立てる。


「前にも言いましたけど、あなたの動きを見て美しいと感じたんです」

「だがな、オレの剣はアンタをどん底にまで引きずり落とすかもしれない。いいのか?」

「いいも悪いも言ってることがよく分かりません! なんなんですか、どん底って」


 十四歳の少女には難しい話かもしれない。納得してもらうには、もう少し具体的な話をしなければならないだろう。さてどうしたものか。


「人を斬ったことはあるか?」

「…………。ありません……」


 精鋭部隊に所属しながら人を殺めたことがない事実、これは意外だった。しかしこの事実はなぜだか少しの抵抗もなくオレの胸に納まった。


「剣を持っていればいずれ人を斬らなければならなくなる。それは仕方がない。だがオレの剣は必要以上に斬り過ぎるんだ。邪な剣術はアンタの心に暗い影を落とす。悪いことは言わん、止めた方がいい。言うのが遅れて悪かった。今まで確信が持てずにいたんんだ」

「手遅れですよ……」


 サクヤはとても小さい声で呟きを漏らす。その声が木々のざわめきに溶けて混じり合い、オレはその言葉を聞き逃してしまった。


「はあ? なんか言ったか?」


 単純に聞き返しただけのオレの態度が、バカにしていると感じたのだろう。頬の赤みが顔全体に広がり、可愛らしい小さな口をいっぱいに開けた。


「だから! 最初から手遅れって言ってるんですよ!」

「サクヤ! 剣を抜け!」


 急に発したオレの怒声に過敏に反応したサクヤはその華奢な肩をビクッと持ち上げた。


「とんでもない瘴気だ。魔獣が押し寄せてくるぞ!」


 一気に膨れ上がる瘴気。この感覚に覚えがある。赤い宝石のような魔具を使った時と同じだ。嫌な予感と(ぬめ)りを帯びた空気に冷や汗が流れ落ちるのを感じた。サクヤも何かを感じ取ったのかもしれない。ハッと表情を強張らせ急いで抜剣する。

 瘴気の他に北の方角から人の気配、関所の方から誰か近づいてくる。発見されたのか? 比較的、街道沿いにルートを通っていたのが裏目に出たのかもしれない。さて迎え撃つか、それともこの瘴気の中隠れ通せるものなのか。


「た、助けてくれ!」


 男が三人、兵士なのだろう、それぞれに武器を携えている。オレ達に気付いている様子は今のところない。何かに追われているように森の奥へと逃走しているようだった。

 ワナか? いや違う。後から追従してくる無数の赤光。魔獣の群れに追われているのだ。この瘴気は要塞からもたらされたものなのか。何故。意図的な何かを感じながらも一度思考を打ち切り行動へと移行する。


「サクヤ! 行くぞ!」


 小さな顎をコクッと上下させるとサクヤはオレの後に続き軽やかに走りだした。そして男たちの背後に陣を取り魔獣を迎え撃つ準備を整える。


「そこで止まれ!」


 オレは大声で叫んだ。男たちは背後からかけられた予想もしなかった声に、反射的に足を止め振り返る。


「あの魔獣の群れはオレたちに任せろ! アンタらは、オレ達が討ち漏らした分だけを片付けてくれ」


 男たちは戸惑いながらも、オレ達の背後に陣取り武器を構え、オレ達二人に怪しいとばかりの表情を向けた。


「森のど真ん中だぞ。お前たちはここで何をしているんだ」

「関所破りさ」

「ふ、二人でか?」

「こんなカワイ子ちゃんと一緒なら森の中でも楽しく過ごせるだろ?」


 サクヤが強烈なジト目を送ってきた。冗談の通じない奴め。

 オレは迫り来る一体の魔獣に突きを食らわせ後退させる。隣でサクヤは大きな翅を羽ばたかせながら優雅に舞うアゲハ蝶のように、二本の幅広の紅剣を巧みに操り次々と魔獣を葬っていった。その華麗な姿に三人の男たちは数瞬目を奪われ動きを止めてしまう。オレは男たちを我に返そうと一声かけることにした。


「臭えだろ? もうかれこれ二十日は風呂に入っていないもんでね」

「臭くないです!」


 軽快な体捌きで魔獣を相手取りながらもオレを睨みつけるサクヤ。てめえが反応してどうする。だがちゃんと聞いてる辺り案外余裕あるんだな、おい。


「なぜ関所を抜けようとした!」


 男の一人が疑いの眼差しを向けオレに問い詰めてくる。次々と迫ってくる魔獣にそれどころではないのだが……。


「こっそり二人でチョメチョメしようとしているところを邪魔されたんだ。教えてやる義理はねえよ」

「してませんっ! そんなこと!」


 紅剣の切先が額の前を通過し髪の毛が数本切り落とされる。おいおい止めてくんない、そういうの。ただサクヤも同じようにやめて欲しいと思っていたと思われ。奇遇だね。


「悪いがちょっと借りるよ」


 オレは槍を構える男の腰に差してある一振の剣に目がいく。その男の背後に回り込みすっと剣を抜き取るとそれを右手に、そして左手には鋼の棒をそれぞれに構えた。これで少し余裕ができた。ほとんどの魔獣をサクヤに任せオレは防御に徹しながら男達へと詰め寄る。


「アンタら関所からきたんだろ? そこで何があった。答えろ!」

「こっちも答える義理はない」


 男の一人が憮然とした表情と口調で答える。オレは口角を僅かに上げ、嫌みたらしい笑いを作り出した。


「立場が違うだろ? 答える気がないなら助ける必要もない。そうだろ?」

「好きにしろ!」


 わずかに焦りをちらつかせるも、それでもなお強がる男にオレはここぞとばかりに畳みかける。


「オレは女とこの場から撤収して奥の方で続きを楽しむよ。達者でな」


 そして、慌てふためく姿を隠そうともしない男を横目に、オレはサクヤに大声を張り上げた。


「行くぞ! サクヤ!」


 そのサクヤといえば、半端ないほど冷たい視線をオレへと向けていた。だが今までのアンタの態度がオレをこうさせたんだ。思いっきり恨みつらみを晴らさせていただきます。恨むならオレじゃなくオレの小さなケツ穴を恨んでくれればいい。必要とあらば、てめえの眼前に引きずり出してやっても一向に構わん。むしろ喜んで……。アホか……オレ。


「わ、分かった。は、話す」


 オレの意中を察してか、不機嫌ながらも立ち去る素振りを見せたサクヤの態度が決め手となり、男は口を割った。その内容にオレは思わず、口をアングリさせてしまっていた。

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