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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第3章 王国内乱編
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episode 11 模造

「悪いなみんな。汚い仕事を引き受けてしまって」


 現在十名の精鋭で構成された神撃部隊は国王直属の特殊部隊である。その特徴として、隊員の全員が魔術との親和性の高い水晶の剣身に術式を直接埋め込まれた王国の新兵器『新式聖剣』適性を持っており、なおかつかなりの剣の腕前を有しているという所にある。新式聖剣の恩恵を受け体力・精神力を底上げされた隊員の戦闘力は著しく高く、結成されてから一年半程度にも関わらず、いくつもの戦果を挙げていた。

 今回のアレンカール開放作戦に際し、神撃部隊は隊の半分を陽動部隊に残りの半分を後方支援に分け、その任を受け持つこととなった。そして後方支援の部隊にはシュナイベルト将軍直々の密命を帯びることとなる。


 『血塗クーロンを暗殺せよ』


 後方支援側に就いた隊長のイオビスはやりきれない思いを口元に滲ませながら、四名の隊員に労いの言葉をかける。その残響音が十を数える足音に混ざり、地下牢へとつながる薄暗い廊下に響き渡った。


「いえ隊長。かの大罪人にして『血塗』『隻眼』『双剣使い』『魔族殺し』『魔術砕き』数々の二つ名で呼ばれた剣豪クーロンの暗殺。自分はこの任を与えられ光栄に思っております」


 隊員の一人ホレスが鋭い眼光に力を込めてこう返した。名家の門をくぐった彼は己の腕を測ることができる好敵手の予感に、高ぶる気持ちを抑えきれずにいた。その声に後を振り返ったイオビスは、気合のこもった六つの視線に晒されることとなってしまう。


「ホレス、誰もいないからと言って大声で口に出さないでくれ。そしてサクヤ、こういう仕事は嫌いか?」


 自分のような出来損ないを気遣う隊長の優しい声に、サクヤと呼ばれた隊員は俯いた顔に焦りの表情を浮かばせ勢いよく首を横に振った。


「い、いえ。見てて下さい隊長。今度こそ手柄をたたてみせますから」

「ああ。頼もしいな」


 イオビスは力の失せた目に笑顔を載せたサクヤを、励ますように笑顔を返す。そして副長と交わしたちょっとしたやりとりを頭の中で反芻した。



 ───────────────────────────────────



 それは昨夜のこと、シュナイベルト将軍より密命を拝領し自室にて作戦を練っていた時の何気ない一言から始まった。


「なぜ上はサクヤを入隊させたのだろうな」

「どうしたんですか? 隊長。ヤブから棒に」 

「いやな、こう言っては何だがそもそも彼女は軍人に向いているとはとても思えないんだ」

「そういう事ですか。これは小耳に挟んだ話なのですが、彼女の腰に下げられた聖剣はアルビオンだそうなんですよ」


 王国の魔導技術師、鍛冶師、魔術師の長年の夢と努力のもと完成された新式聖剣。その第一号が『白い大地』を意味する古代語、通称『アルビオン』である。しかし剣に籠められた術式が複雑過ぎたため、ただでさえ難しいと言われている聖剣の持つ力を引き出せる適性者を見つけることが出来ず、欠陥品の烙印を押されていた。

 新式聖剣を『擬似聖剣』と揶揄される風潮は、この時の印象が大きかったため言われている。


「なるほどな。俺も手にとってみたがあんな気難しい剣、扱える人間がいるのかと思ったものだけどな」

「まったくですな。我々が手にしている聖剣とはまるで別物ですからな、あれは。しかもたった一回握っただけで聖剣の力を引き出したとも」

「そのような報告は受けてないが」

「ただの噂ですよ」


 彼の言うとおり本当に噂だけなのか。良くないことが起こりそうな予感が頭の中を微かに()ぎる。イオビスは自分の気持をごまかすために、話題の方向を少し変えた。


「そう言えばサクヤは何歳になったんだったかな?」

「たしか十四ですな」

「年端も行かぬ少女に殺し合いを強要しなければならないなんて、罪深い人種だな俺達軍人は」

「それが国家というものです。さあ、この話はここらで切り上げて隊の編成を考え直しましょう」



 ───────────────────────────────────



「サクヤはいつも通り見学だ。何も出来ない人間は見るのが勉強だ。はっはっは」

「やめてくださいよ、ホレスさん。何も出来ないは言いすぎじゃないですか。私にだって得意なことくらいあるんですからね」


 隣で歩くホレスに頭をワシャワシャと撫で付けられたサクヤは、その手を払いのけ抗議の視線を向ける。


「何がある? 言ってみろ」

「何時間でも力を開放していられます。そしていくら能力を開放しても聖剣酔(せいけんよ)いを起こしません!」


 見下すホレスにサクヤは誇らしげに胸を張る。

 聖剣酔いとは、隊員たちの間で使われている聖剣の能力を開放した時の恍惚感と、その後に襲われる体中の痛みや倦怠感を美酒に例えた俗称である。だが最近は主に痛みや倦怠感の方だけを指す否定的な言葉となっていた。


「で、その得意なことで今まで何をした」

「うっ……。ま……まだ何もしていませんけど……」


 サクヤは不貞腐れたように、ホレスからプイッと顔を背けた。その様子に思わず口元を歪ませたイオビスにもサクヤは食って掛かった。


「もう! 隊長も笑わないでくださいよ」

「いやいや、すまない。ところでサクヤ、その剣をちょっと見せてもらってもいいか?」

「はあ。別にいいですけど……。どうしたんですか?」


 怪訝な表情と共に手渡された剣に能力開放を試みる。しかしいくら集中しようとも聖剣からは何の変化も感じ取ることは出来なかった。ふうっと軽く呼気を吐き、手にした剣を鞘へと収め、持ち主の許へと返した。


「ありがとう。サクヤ」

「い……いえ」


 今の行動の意味を理解できないサクヤは、割り切れない態度を己の上官へと向けた。見上げたその顔にはいつも感じていた絶対的な信頼感は影を潜め、その代わり言い知れぬ不安が影を落とし始めていた。



 ───────────────────────────────────



 四人? いや五人か……。

 オレは近づいてくる足音と、そのただならぬ気配に警戒心を顕にする。そして檻の前で足音は止まった。そこには四人の男と一人の少女が並んでいた。その何気ない一挙手一投足から感じるある種の威圧感。全員がかなりの使い手だと分かる。


「アンタらみたいな化け物じみたヤツらがここへ来るってことは、オレも年貢の納め時が来たと理解していいのか?」

「ば、ば、化け物って!」


 オレの言葉に少女が反応した。佇まいから『できる』人間のはずだが、簡単な挑発にホイホイ乗っかってくるそのちぐはぐさに、思わず本気で笑ってしまった。


「ははは! ここから見たらお嬢ちゃん、アンタが一番の化け物に見えるんだがな」

「な、な、な……」


 顔を赤らめ今にも噴火しそうな勢いの少女の横で、少し顔を曇らせた黒髪の優男をオレは見逃さなかった。


「サクヤ、いい加減にしろ。勘違いするな俺達はお前を移送するためにここへ来た。指示に従ってもらおう」


 優男は少女を叱った後、黒い双眸でオレを睨みつけた。


「へいへい。仰せの通りに」


 男の一人がオレの態度の悪さに顔を顰める。ここでハナクソの一つも掘ってヤツらの顔面に飛ばしてやりたい気分になったが、今すぐオレを始末するような雰囲気でもないようだし、本気で命が縮まってしまいそうなのでやめた。

 ただ人を斬る覚悟をした緊張感だけはひしひしと伝わってきた。

 オレは手枷を嵌められたまま目隠しをされ檻から出された。そして地下のひんやりとした廊下を鎖で引かれ歩かされる。


「お嬢ちゃんサクヤって言ったか? 。何で軍人になったんだ?」

「口を開くな罪人」


 ごきり、鈍い音がした。オレの言葉を怒号で遮った男が、手甲を嵌めたままの拳で、オレの口元を思いっきり殴る。口の中が切れたのだろう、鉄の臭いが鼻腔を刺激する。


「乱暴はよすんだ」


 もっと言ってやれ黒髪の男。何なら今すぐにでも解任でもしてやれ。とオレは沸々とした怒りがこみ上げてきた。


「し……しかしコイツ全然反省していないようですから」


 てめえこそ反省しやがれ! しかし鶏野郎のオレは、トサカにこようとも、そんなこと絶対口にはしない……。

 無言で歩くこと数分、重々しく軋む扉の音とともに、夜の冷気が頬を撫で髪をかき上げた。

 オレが従順な姿勢をとっているからか、先程から伝わってくる男たちの緊迫した雰囲気が、徐々にではあるが緩んできている感じがする。それに釣られオレも少し落ち着きを取り戻してきた。

 そして思う、状況が知りたい。アレンカールはどうなっている。トリスメギスティの兵は引き上げたのか。カドゥケイタは、シュナイベルトは今どこで何をしている。シンメーは? カスティリオーネは? そしてニースはどうなった……。

 しかし外まで連れ込んでずいぶん回りくどいことをする。まあなんとなく予想はつく。あちらさんも一枚岩ではないということだ。とりわけシュナイベルトあたりがオレを事故に見せかけて暗殺を企んでいることだろう。必要以上に策を講じたがるアイツらしいやり口だ。


「ここで一晩越してもらう。明日には楽にしてやるからもう少し我慢してくれ」


 明日、死刑執行ってことですね……。オレは同情を誘うような態度を取り誰ともなく問いかける。


「アレンカールはどうなった。誰でもいい、教えてくれないか」


 しばしの無言のあとサクヤと呼ばれていた娘がおずおずと返答してくれた。


「アレンカールの駐留軍は撤退しました。今、尋問するためにペンタスの村に向かっています」

「そうか。恩に着る」

「い、いえ……」


 もしかしたら、これが最後の会話になるかもしれない。状況は聞けた。

 もう悔いはない……と言われれば、そんな事はないが。

 ただ、オレはこの娘に心の底から感謝したのである。

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