episode 7 領主
リュード達の情報から、公道にはトリスメギスティ兵が配置されてないことを知り、オレ達はそのまま進路を東へととることにした。
疑問に思うは、何故公道に兵を配置しなかったかである。軍事にそれほど長けていない人物が指揮をとっているのではないか、はたまた死ぬほど舐められまくっているのか。
そこら辺の事情を同行したトリスメギスティ兵に質したのだが、明確な返答は得られなかった。自身の上官の巻き添えを食った形となってしまったものの、そこは忠義の士、譲れないところなのであろう。
三日とかからず、アレンカール公道の出発点であり終着点でもあるペンタスの村に到着したオレ達は、リュード達トリスメギスティ兵と別れ、そこで馬を調達、一路ボレリアス城目指して出発した。
そしてその二日後、無事、ボレリアス城に到着したのである。アレンカールを出発して十一日目のことだった。
身分証を持たないオレ達は城下町の通過でさえ困難かと思われた。オレとしては不法なやり口での侵入もやむなしと考えていたのだが、ここでバルザックが上手く話をつけてくれた。彼の先導の元、すんなり関所を通過できたのは僥倖と言えた。
アレンカールを含む王国の西側一帯を治める貴族ボレリアス家の居城、それがボレリアス城である。
もともと森が多く空白地帯に近い状態だった王国西端の地域を、十年前に終結した帝国との大戦でその名を馳せたバルトーク・ボレリアスがその功績としてこの地域を賜り、ペンタス村北東に城を構えたのが発祥である。
その城下町は王都のような洗練された華やかさはないものの、新しい町らしく活気と勢いにあふれ、これから大きくなっていく兆しがそこはかとなく感じられた。王国中の豪商からも注目されているようで、オレ達が関所を通過する際にも、多くの商隊がひっきりなしに出入りしている様子が窺えた。
その初代当主バルトークは、残念なことに大戦時に負った怪我の後遺症で、昨年若くして亡くなっている。そして現在、当主の座はバルトークの一人娘で齢二十三歳になるカスティリオーネ・ボレリアスへと引き継がれた。城下町であるボレリアスの町では、未だ独り身であるカスティリオーネの婿探しが目下話題の中心となっている始末である。
「悪いなダンナ、助かったよ」
「もともと俺の任務はアレンカールの様子を探ることだ。お前たちが来てくれてこっちも何とか体裁が保てそうだ。礼には及ばん」
にこやかに礼を述べるオレに対して、バルザックは気難しい表情を崩さず返答した。だが別に悪気があってこういう態度ではないことを、オレはこの短い旅の間に理解していた。その証拠に三等武官という地位にありながら、オレ達平民の考えようによっては無礼とも取れる態度に頓着している様子が窺えない。地位を鼻にかけることなく、オレ達の意見を汲みながらここまで行動を共にしてきたのである。部下の死に、あたり構わず逆上した様子からも分かるように多くの人を慕いそして慕われている人物だと推測できる。情に篤く気難しい職人気質と言えよう。普段は熱い湯船に顰めっ面で浸かっているに違いない。
「ところでお前たちはこれから予定はあるのか?」
「いや、何も。最終的にアレンカールの状況をお上に報告できればそれでいい」
「なら、同行願いたい」
「こっちからもよろしく頼むよ、隊長」
「その呼び方は遠慮願いたい。俺は隊長でもなければお前らの上官でもない」
そこら辺は堅物なんだな。だが頑強に肩肘を張った生き方も、この男に限ってはそれほど嫌いにはなれない。不思議な魅力を持った男だ。
「すまんね、ダンナ」
「うむ」
バルザックは、これから総督府に報告に行くとの事だった。渡りに船とばかりにオレ達はついていくことに決めた。この男もなんだかんだ言いつつ面倒見いいじゃねえかよコノヤロウ。オレが女なら冷たく優しい、飾り気のない三等武官にホレ込んでいたかもしれん。
【…………】
クテシフォンは盛大に引いていた。ニースには内緒だよ。
そのクテシフォンは目立つという大きな布に包まれ、その上から革紐が巻き付けられている。おかげで大層機嫌が悪い。
「もう少しの辛抱だ。我慢してくれ」
【そう言い続けてもう三日経つのです。いい加減にして欲しいのです】
抗議とも取れる言葉にオレはいつものように飄々と言い返す。
「アンタが目立ちすぎるからだろ。もうちょっと普通の剣っぽくならなかったのかよ。せめて光るのだけは勘弁して欲しかったのだがなあ」
【このワタシをバカにするとはいい度胸なのです。万死に値するのです】
「了解だ聖剣殿。五十年くらいしたらポックリ死んでやるよ」
「オッサン意外と長生きするつもりなんだな」
クテシフォンとのやりとりにシンメーが入ってきた。だが当然ながらシンメーにはクテシフォンの声は聞き取れない。
「ああ。ジジイになってベッドの上で家族に看取られながら大往生するのがオレの夢だよ。まあオレみたいな人間には無理な話だろうがな。はっはっは」
「ところでコート、聖剣クテシフォンにそのような口を聞いて大丈夫なものなのか」
旅の途中でバルザックには聖剣のことを話してあった。度重なる魔獣との戦いを経て疑う余地がなくなった様子である。
【大丈夫なわけないのです。もっと敬うのです。もっとひれ伏すのです】
「分からん。オレもこの剣を手にしてまだ二週間しか経っていないからな。そのうちバチが当たるかもしれん」
【無視しないで欲しいのです……】
このような態度をとっているもののクテシフォンには本当にすまないと思っていると同時に感謝もしている。彼女の力がなければこれほど早くここに辿り着いていなかっただろう。いやそれ以前の話だ。彼女がいなければ途中で力尽きていたかもしれない。もうすぐだ。もうすぐ開放してやれる。
【…………】
三人は総督府の廊下を歩く。一人は姿勢正しく真っ直ぐ前を向きながら、一人はブツブツ何かひとりごとを漏らしながら、一人はキョロキョロ落ち着きを失いながら。三人が通る度に燭台の蝋燭がジジと音を立てて揺れた。そしてその長い廊下の突き当りには豪華とは言えないものの身構えてしまうような雰囲気のある扉が設えてあった。
「総督のお部屋だ。礼を失する事のないように頼む」
バルザックはそう言い終えると、緊張の面持ちで扉を拳で軽く三回叩いた。乾いた音があたりに響く。中から扉が開けられ鎧を着込んだ兵士が姿をのぞかせる。
「どうぞバルザック殿。お待ちしておりました」
兵士は敬礼をしてオレ達を中へと促した。バルザックは返礼し一歩踏み出す。オレ達もそれに倣い返礼し後に続いた。その時不意に自分の名を呼ぶ声がした。
「久しぶりだなコート。元気だったか」
室内に目を向ける。豪華とはよべないが無骨とも言えない。素人目に見ても節度を保ちつつ飾られた装飾品の数々に好感が持てる。と、正面に鎮座している執務机の脇にはいかにも重厚な雰囲気を持つ、髭を蓄えた壮年に差し掛かるであろう男がでーんと立ち構えている。その手前のソファーには女盛りであろう赤髪の女性が腰を下ろしていた。
「こちらこそお久しぶりです、姫さん」
オレは声の主に挨拶を返した。
「相変わらず遠慮のないやつだな。一応ここでは領主なのでね。部下の前で姫さんというのはやめてくれるか」
そう言った赤髪の女性、カスティリオーネ・ボレリアスは嬉しげな笑みを浮かべつつ立ち上がりオレの前に右手を差し出した。
「こうしてまた会えて嬉しいよ」
「滅相もない……です」
オレはこの場で握手をして良いものかどうか分からず、おそるおそる彼女の右手を握った。その時あっ! と思い出す。とっさの握手だったため手を拭うのを忘れていた。今オレの手はこの場にいる緊張も手伝って、壮大にニキニキしまくっているはずだ。だがそ~っと彼女の表情を窺うも変化は見られない。さすがは領主の貫禄である。次に彼女はシンメーとも握手を交わした。握手を終えたシンメーは微妙な表情だ。
「コートがここへ来ると聞きつけてね、いても立ってもいられず来てしまったよ」
「それはそれは勿体無きお言葉にてあられまつり候……」
敬語……変じゃないよね。
「カスティリオーネ様、積もる話は後にしていただきまして、バルザックに報告をさせたいのですが」
「申し訳ないねガリア総督、後はあなたに任せるよ」
ガリアと呼ばれた男はカスティリオーネに向かい敬礼しバルザックに報告するよう指示した。折り目正しく敬礼したバルザックは緊張の面持ちで口を開いた。
「ご報告申し上げます。十月六日に出発した我々は、翌日七日夕刻にペンタスの森を抜けました。ですが森の出口には兵士が駐屯しておりまして、アレンカールの町は実質封鎖されている状態になっておりました。部下の一人を伝令に向かわせたのですが有無を言わずに斬りつけられ、残りの二名の部下も殺されました。自分は報告のため急いで逃走を試みていた途中ここにいるお二人に助けられ……」。
その後オレ達と行動を共にしてボレリアス城到着までの行程を事細かに説明していった。長々と報告は続く。ただしバルザックは最後まで聖剣については触れることがなかった。オレの立場を慮ってのことだろう。どこまでも情に篤い男である。そして最後にこう締めた。
「アレンカールの様子については、ここにいるコートとシンメーが知っております。町からの嘆願書もあるということなので伺っていただきたく思います。以上、報告を終わらせていただきます」
「ご苦労。まずお二人には礼を言う。部下を助けてくれてありがとう」
ガリアはそう言って、目礼した。
その後オレとシンメーはたどたどしい敬語を織り交ぜつつ、ヘルマエの来町から町を抜け出すまであったことをひと通り話し、最後にヤーンからの手紙を渡した。そこでオレは少し迷ったのだが、ニースの正体と魔族の出現を明かした。
「にわかには信じがたいな。時に魔族とはあの魔族であろう。とても数人程度でどうにかなるとは思えないのだがな」
明らかにガリア総督はイライラを募らせている。まあ気持ちは分かる。
まず町がトリスメギスティ家に不法に占領されたこと。オレ達が虚言としか思えないような報告を幾つもしたこと。仮にもしこのことが本当だとしたら自分達では完全に手に余る事柄だということ。それがこの男を困らせているのであろう。
「さすがにここで嘘を言う度胸を、オレは持ちあわせておりません」
うん、やっぱり全部言うんじゃなかった。反省。
「話に出てきた聖剣とやらはそれか?」
ガリアは、オレの背に背負われている布袋を指した。
【…………】
その言葉に、クテシフォンは無言を貫いていた。オレの考えを読んでのことかもしれない。構わずオレは言葉を発する。
「ブラマンテの森の洞窟で見つけました」
オレはおもむろにそれを外し、聖剣をむき出しの状態にしてテーブルに置いた。その場にいる全員が、それぞれがそれぞれに何かしらの反応をみせた。その巨大で美しい剣身に、目と心を奪われてしまっていたのだ。
「引き込まれるように美しいな。手にとってみてもいいかな?」
「どうぞ」
ガリアはおずおずと聖剣の柄に右手を伸ばした。そして触れたその時その手が聖剣によって弾かれた。痛みが走ったのだろう、右手を庇うように押さえ顔を歪ませている。
「認めた人物以外はこのように拒絶するようなのです」
「フンッ!俺で試したのか」
「すいません。言ったところで信じてもらえるとは思えませんでしたので」
苦痛と苦笑いを織り交ぜたような表情を作った男に、オレは深く頭を下げた。
「まあ良いではないか。どうせ何を言ってもそなたの行動は変わることはなかったであろう? なるほどね。三人共ご苦労様。今、調度よい御仁がこの城にお越しになっていてな、そちらに丸投げしようかと思う。良いなガリア」
赤髪の当主が部下に命令とも取れる相談を持ちかける。ガリアは聖剣から目を離さずに答えた。
「左様ですな。それが一番よろしいかと。ですがそう簡単に話に乗ってきますかな」
「不届きは承知だがな。向こうにも利を説けば動いてくれるよ。そういう御方だ彼は。すまないがコート、シンメー、城までご足労願いたい。良いか?」
「ああ、アレンカールを救ってくれるんならどこへでもお伴します」
赤髪の麗しき城主に導かれ、オレ達は総督府を後にし城へと向かった。
城へと続く夜道でシンメーはカスティリオーネに気づかれないよう小声でオレに問いかけた。
「ところでオッサン、領主様、緊張でもしていたのかな?」
「何でだ?」
「いやね、握手した時によ手がべっとり濡れていたんだ。冷静に振る舞っちゃいたんだけど、やっぱり二十そこそこの女の子なのかねえ。それがまたいい匂いのする汗でよ……」
シンメーは自身の右掌を頬にあてスリスリしていた。その振る舞いに色んな意味で冷や汗が流れる。
ごめんシンメー、それオレの手汗。そこまで気に入ってくれたのなら特別に補給してやってもよくってよ……。




