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女神と魔神と……オッサンと!?  作者: もり
第3章 王国内乱編
29/109

episode 1 事件

 事件はクーロン達一行が森を出る三日前、クーロンが最後に森へ向かったその日に起きた。


 その日は少し寒気を覚えつつも澄み渡った清々しい秋晴れのもと、アレンカールの町はいつものようにうららかな朝を迎えていた。

 しかし正午をすぎる頃にはその穏やかな陽気がまるで皮肉っているかのように、町全体がその様相を一変させた。見張りの任に就いていた自警団員アスケンから、トリスメギスティ家の私兵を含む合計三百六十五名にも上る部隊が、町を目指して進軍しているとの報告が入ったためだ。ヘルマエ一人の迎えにしては大げさ過ぎる規模に町は騒然となる。

 町に到着した部隊は挨拶もなく町内に侵入する。通常、ここに貴族が訪れる際は、代表者が書状を携え庁舎に挨拶がてら報告にくるのが習わしになっていた。それが不在とは言え領主であるボレリアス卿への誠意となっていたのである。その慣例を打ち破る事態に、カムランを始めとする町の重鎮達に緊張が走る。

 町に入った部隊はそのまま隊列を乱すことなく庁舎を目指した。その一糸乱れぬ整然とした行進に、ある者は不安に息を呑み、ある者は華やかさに歓喜し、それぞれの思いを込めて見守っていた。

 庁舎の前に到達した隊はカムランの鄭重(ていちょう)な挨拶を受ける。しかしその口上を述べている途中でカムランは兵士に横っ面を殴られ庁舎に拘禁されてしまった。そのまま部隊は庁舎とその周辺の建物を占拠、そこに本部を置く。

 そして町全体に一つの通達を布令した。

 『魔女ニースをここに拘束する。発見次第速やかに報告すべし』


 町全体の捜索が始まり住民全員が台帳に照らされ一人残らず中央広場に集められた。そして厳しい尋問を受けることとなる。その間兵士により全ての建物が洗いざらい調べ尽くされ、その名目で部隊挙げての大掛かりな略奪も行われていった。

 部隊の非道な行いに憤慨する一部民衆が引き起こした突発的、散発的な暴力を伴った反抗は、当然のことながら抵抗むなしく鎮圧された。与した者は一人残らず見せしめのために大衆の面前で処刑となった。なかには明らかに濡れ衣だったものも少なからずいた。

 その徹底した弾圧にそれから数日、アレンカールは眠れぬ夜を過ごすこととなる。


 庁舎では、町長にして表向きはニースの伯父でもあるカムランに厳しい拷問が執り行われていた。ニースのことを決して口にしなかったカムランだったが、たった二日でほとんど動くことができなくなるほど衰弱し、精神が弱り切った隙を突いて魔術による自白を強要された。そしてニースの居場所がついに暴かれてしまう。

 その夜アレンカールに滞在していた三人の魔術師は、全員どこへともなく消え失せていた。


 一方ヘルマエはと言うと完全に蚊帳の外に置かれていた。部隊を率いる魔術師バラグタスの訪問は受けたものの、庁舎に出向こうとすると兵士に止められ病院に缶詰状態となってしまっていた。この事態を憂いていたアミルカンだが、自身の任務はあくまでヘルマエの護衛である。次々と知らされる状況を苦虫を噛み潰したような表情で聞くことしかできずそんな自分に歯噛(はが)みしていた。


 クーロンが毎日森へ行っていることをうすうす感じ取っていたヤーンは、足が速く、状況の把握に長けたシンメーに、町を脱出し森へ行ってクーロンに状況を伝え、その後クーロンと共にそのままボレリアス城へ行き、町の救出を願い出るよう指示した。そしてニースがいれば一緒に連れて行くよう付け加えた。

 街道が封鎖されていることは容易に予想できる今、森を抜けてボレリアス城へ到達するためにはクーロンの力が必要不可欠と判断したからである。また領主とも懇意なクーロンが行くことで、信憑性が増すのではないかということも考慮に入れていた。

 

 シンメーから事のあらましを聞いたニースは鎮痛な面持ちを隠しきれずにいた。

 

「おじさんはその後どうなったのですか? 」

「わからねえ……俺もアレンカールが今どうなっているかほとんど知らねえんだ……。とにかくニースは俺達とボレリアス城へ行く。お前が行くと魔女裁判にかけられ待っているのは火炙りだろうからな」

「…………」

 

 シンメーはカムランが拘束されたところまでは知ってはいるものの、拷問を受けたことはまだ知らない。ニースは俯き下唇をグッと噛んだ。

 

「とにかくオッサンがこんなんじゃ出発できねえな。クソッこんな時に……。俺は辺りの様子を探ってくる。ニースとお前……なんて名前だっけ? まあ誰でもいい、ここから先に小屋がある。昨日までいいだけガサ入れしていたようだから今日は安全だろう。そこで隠れていてくれ」

 

 シンメーと別れた三人は森へと続く街道の中間地点に存在し、大きな切り株が目印の小屋へと入る。と、そこでクーロンを降ろした。ニースは不安を隠しきれない表情をカイムに向け話しかける。

 

「お疲れ様です、カイムさん。なんか大変なことになっているようですね」

「そうだねぇ。ボクはちょっと町へ行ってくるよ。ボク一人ならどうにでもなるしねぇ。人間の手の内ってのも見ておこうかと思ってねぇ」

「ちょっと……カイムさん……」

 

 引きとめようとしたニースを笑って躱し、そのままふらっとカイムは小屋を後に町へと向かった。

 ちなみに住民台帳に記載されていないカイムは、今や数少ない動ける駒となりうる。と、ヤーンは考えていた。そのため何とかしてカイムと連絡をつけようと、手を尽くしていたのである。事が表立たないよう慎重に。

 

【ニース。アナタはこれからどうするつもりなのですか?】

 

 クテシフォンの問いかけにカイムを見送り呆然としていたニースは力なく笑顔を返すことしかできずにいた。そしていまだ意識のないクーロンの傍らに正座をするとその寝顔を見つめ少し微笑む。

 

「クーロンさん、私、あなたが洞窟で必死に戦っている時見えてしまったんですよ。あなたの心はとても澄んでいました。真黒にとても澄んでいたんです。だから私気づくことができたんですよ。心の奥底にある弱々しくて小さいけれどとても強くて美しい光を。初めてあなたを見かけた時に感じたあの光です。あなたがあんなの見せつけるから私……泣いてしまったじゃないですか」

 

 ニースはクーロンの右手を取り両手でギュッっと握りしめ、少しだけ小さく声を上げて泣いた。そしてしばらく手を握ったまま思いつめたようにじっと寝顔を見つめていた。

 三十分ほどそうしていただろう。相変わらず寝息を立てているクーロンにニースがそっと話しかける。


「ずっと一緒にいたいと思っていました。こういうのってなかなかうまく行かないものですね」


 そう言い終わると目元に力を込め、何かを決意したかのように表情を固くする。


「クーロンさん。あなたはすごい人です。多分あなたは今まで何度も何度も絶望して、それでも前に進んできたんでしょうね。あなたの心がそう言っているような気がしました。あなたの絶望に打ちひしがれることのない強い心を、絶望から這い上がろうと足掻いているその勇気を、弱い私にほんの少しだけ貸してもらえませんか」

 

 手を握ったまま血と泥に汚れた頬におそるおそる唇をそっと重ねる。そして頬を染め小さく笑った。

 

「ふふ……。ごめんなさい。なんか寝込みを襲うみたいな真似をしてしまいましたね。でもありがとうございます。おかげで勇気が湧いてきました」

 

 ニースはすっと立ち上がる。そして力強い視線をアレンカールの方角へと向けた。傍らに立てかけてあった聖剣はことの一部始終を何も言わずに黙って見ていた。

 

「クテシフォン、今ここであったことは誰にも言わないでいて下さい。その……少し恥ずかしいですので……。それともう一つお願いがあります。私がいない間、この人のことよろしくお願いします。放っておくとずっとダラダラしてたり、そうかと思うと逆に無茶なことしたりする人ですから、そばにいて上手いこと助けてあげて下さい。またしばらくお別れになるかもしれません。ほんの少しでしたが久しぶりにお話しすることができて楽しかったです」

【待つのですニース。町へ行こうというのですか。人間が今までアナタにしてきたことを忘れたのですか。ワタシは人間にそれ程の価値があるとは思えないのです。ここにいてマスターと一緒にいるのです。それがアナタにとって一番幸せなのです】


 聖剣の声色(こわいろ)には焦りの色がありありと浮かんでいた。そんなクテシフォンを諭すかのようにニースは優しく話しかける。


「それはいろいろありましたよ。でもそれでもアレンカールの人達は私に優しくしてくれました。そしてクーロンさんのような人を生み出してくれた人間を、私は信じてみようと思っています。今度会った時には、この人のこと何でもいいですので教えて下さい。大丈夫、またすぐに会えますよ。そしたら一緒にイケメンのマスター探しましょう。それでは行ってきますね」

 

 ニースはそう言葉を残して去っていった。彼女は最後の最後まで笑顔を絶やすことはなかった。昔と全然変わっていない。相変わらず強く、そして美しい。片隅で独りクテシフォンはそう思うと同時に、悔しさや悲しさに打ちひしがれる自分を自覚した。

 

【何が聖剣なのですか。偉そうに。自分ひとりで歩くこともできないではないですか。早く起きるのです、この怠け者。早く起きてニースを助けに行くのです。ニースを助けられるのはマスター、アナタしかいないのです。お願いだから起きるのです。お願いなのです……】

 

 窓から陽の光が差し込む。クテシフォンにとっては久々に味わう秋の朗らかな日差しである。しかしそんなものに(かま)けている余裕は今のクテシフォンにはなかった。

 一国をも滅ぼすと言われ崇められ畏怖されてきた聖剣は、今、なりふり構わず必死でクーロンの脳内に呼びかけ懇願し続けていた。

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