episode 12 聖剣
『聖剣クテシフォン』
太古の神々が鍛えたとも天使がその姿を変えたとも謳われている巨大な諸刃の剣、それが聖剣クテシフォンである。
水晶の剣身は大人の身の丈を上回るほどの大きさを誇り、透明で常に薄ら蒼光を湛えている。抜剣する度にその光は遍く世界を照らし魔も等しくひれ伏すであろう。そう伝承にはあった。
その名が歴史に登場するのは二回である。
最初の登場はおよそ四百年前、王国建国期まで遡る。後の初代国王で英雄王と名高いヘリオカミヌス・メルクリウスの手に握られていた剣こそ聖剣と言われ、その力を以って古代王朝を平定し王国千年の礎を築いたと記録にはある。まだ四百年しかたってないけど……。
二回目の登場はそのおよそ百年後、王国歴九十八年のことである。多くの都市国家群を併呑し帝国を築き上げた雷帝エウロペア・ジュピトリスはその勢いをもって王国領土に進軍してきた。それを迎え撃ったのが第四代国王キレーネ王の第三子カドゥケイタ・メルクリウス。後に勇者と呼ばれる人物でありその手にも聖剣が握られていたと記されている。とりわけエウロペアとカドゥケイタの一騎打ちは有名な話で、途中何度か休憩をはさみつつもそれは一昼夜にも及んだとされている。
その後聖剣は歴史の表舞台からその姿を消す。一説には聖剣を取り巻く王権争いに嫌気が差したカドゥケイタにより、煮えたぎるマグマの中に投げ込まれたとも地の果てに封印されたとも言われている。
ちなみに聖剣に認められ所持することを許される者はこの国を治めるに値する。そう記されてあった。
それが今やオレの目の前にある。本物ならば。
「いやいや大抵のことはもう驚かないと思っていたんだが、とんでもないもん隠し持っていたんだな」
オレは地面から上半身だけを出したマヌケなポーズでその淡い光を放つ青い水晶を見上げ感嘆の吐息を漏らす。
「しかしよくオレに話す気になったな。本当に王国がひっくり返る代物だ」
「それはクーロンさんがしつこく聞いてくるからじゃないですか」
なにわざとらしく俯き加減で仕方なくって雰囲気醸しだしてんだ、この女。さっきまでノリノリだったじゃねえか。
「でもクーロンさんなら誰にも言わないと思いますし、どうせ言ってもどうにもなりませんから」
「随分と信用してくれているんだな。まったくありがたい話だねえ。その、どうにもならないってのはどういうことなんだ」
そこで気づく。どうにもならないってことはあんまり信用してないっても取れるよね……。
「固く封印されているんですよ、この剣。残念ですがそう簡単にはここから動かせませんよ」
「なるほどな。言い伝えの通りってことなんだな。やっぱりカドミウム王子ってのが封印したのか」
「カドゥケイタです。カ・ドゥ・ケ・イ・タ! カドゥケイタ様は何と言いますか、関係ないことはないのですが封印は聖剣の意志でした」
「聖剣の意志? どういうことか教えてくれるか」
ニースは何かしらの雰囲気を漂わせた目線でオレを見る。
「人が死ぬと瘴気を出します。ですから多くの人が死ぬと魔族が現れやすくなってしまうんですよ。ここまではいいですね」
「随分話が飛ぶな。まあいい、そこまではオレでも解る。続けてくれないか」
やはり……。そうこの雰囲気は最近良く感じる回りくどい説明をするときの雰囲気だ。少し面倒だと思いつつオレは薄ら覚悟を決め先を促す。
「三百年前のあの時も多くの人が死にました。そして魔族が現れたんです。その魔族を倒したのがカドゥケイタ様たちでした。帝国初代皇帝エウロペア様もいました。でもカドゥケイタ様は最後相討ちのような形になってしまいまして。あの、もう少し詳しく話しましょうか? 」
「いやいい。そんな感じで続けてくれ」
ニースは若干不満気だが、こっちもこっちで急いでもらう理由がある。
「はい、わかりました。じゃあ続けますね。で、クテシフォンはカドゥケイタ様を守りきれなかったことを悔やんでしまったんですよ。落ち込んでしまったクテシフォンはここに強力な結界を張り安全を確保した後、自分自身を封印してしまったんです。魔族を倒す人が現れるまで起こさないで欲しいのですって言ってました」
「信じられん。剣が言葉をしゃべるのか?」
「一番に驚くとこってそこですかぁ? ええ、笑ったり泣いたりしますよ。あっ、彼女はそういうことあんまりしないかもです」
「彼女ってえと女なのか?」
「ハァ〜……ええ、まあ可愛らしい女の子ですよ」
ため息&半眼はやめてくれよ……女神様……。
「そしてそれからアンタら二人はずっと仲良くここに居たわけだ」
「はい。でもクテシフォンはずっと眠ったままでしたけどね」
「よくそんな長い間我慢してきたな」
「周囲の瘴気が思ったより濃くて出るに出られなかったってのもあるんですけどね。あはは」
そう言ってカラカラ笑うニース。三百年がずいぶん軽いな。本当はアホなのかな、この娘。
「もうひとつだけいいか」
「はい。なんでしょう」
「ここから抜けるにはどうしたらいい?」
オレはこの間ずっと胸像スタイルでニースを見上げながら話を聞いていた。オッサン胸像! 誰も買わねぇよ、そんなもん。
「あはは。そうですねぇ。とりあえず引っ張ってみましょうか」
そう言うやいなやグイッっとオレの手を引く。そこでオレは気付く。引っ張ったらダメなんじゃ。この部屋に入ったら出られなくなるんじゃ。だがそんなことお構いなしにニースはグイグイ引く。額に汗を浮かべ一生懸命歯を食いしばりながら。
その姿を目に焼き付けてしまったオレはその時何故か普段なら及びもつかない考えにたどり着いてしまった。ずっと独りで寂しさをこらえて生きてきたこの娘の頑張りに報いてあげたい、この娘の努力を無駄にしたくないと……。このところ森と洞窟での生活がメインだったため、頭のネジが数本いかれてしまっていたのだろう。
オレは引き上げようとするニースに呼応し四肢に力を込める。すると徐々にだが下半身が穴を通過していくのが分かる。もう少しというところでオレはそこにある唯一掴みやすい物体に手をかけ力を込めた。その時スポッと抜けた。
「抜けましたね……」
「ああ、抜けたな……」
ニースは表情や口調は冷静さを保っていたものの、その両手は驚きのあまり口元を抑えていた。おかげで手を離されたオレの下半身は当然元通り穴に勢いよくスッポリ収まってしまう。
だがその代わりと言っては何だが右手には青白い光を帯びた巨大な水晶の塊が掲げられていた。あれっ封印は? 誰だよ簡単に動かせないって言った奴は。
「マズイですね……」
「ああ、マズイな……」
とたん周囲の空気に、独特のあの重く粘り気が含んできたことを感じた。結界が解け瘴気が一気に侵入してきたのである。ここはブラマンテの森のど真ん中そして今は夜。しかも今日は瘴気が濃い日ときたもんだ。一重瞼、二重顎、三段腹に優るとも劣らない三重苦。
見上げるニースの顔にもいつもの軽薄さが一転、不安を滲み出している。
「すまん、ニース!」
「は、はい?」
オレは声を上げると右手に持っていた聖剣を地面に突き刺した。そして何度も地面に聖剣を突き刺す。すると思ったよりもすんなり周囲が崩壊した。
なにが起こったか解らずに落ち着きを失いながら、落ちてくるニースを受け止め着地する。周囲は所狭しと洞窟内を跋扈する魔獣の集団が、ゆらゆらと青く淡い光を帯びながら浮遊していた。しかし俺達が近づいたことで、その光が赤い警戒色に変わり明確な殺意を帯び始める。
ニースを壁際まで退避させ両手に握り直した聖剣を一閃する。剣の軌道上に淡い残光が残る。するとその淡い光に触れた魔獣が次々と霧散してゆく。
「こりゃあ凄え……」
四方八方から押し寄せてくる魔獣を、綿埃でも振り払うかのように蹴散らしていく。しかし数が数である。魔獣も徐々にではあるもののニースに肉薄してきた。このままではジリ貧だ。オレは両手にもった聖剣を右手に持ち替え左手で短剣を抜いた。そしてニースに近づきつつある魔獣めがけて普段のオレではあり得ない加速度をもって一気に詰め寄り短剣の一突きで魔獣を一体撃破する。
「後です! クーロンさん! 」
ニースの声に当てずっぽうで聖剣を後方に薙ぐ。魔獣が数体消失する独特の手応えを感じるも残った一体がオレへと飛びかかってきた。その魔獣を蹴りあげそこに聖剣を突き上げる。再度魔獣の集団へと足を向け聖剣と短剣で斬りつけあっという間にそこにいる数体を消滅させ、別の集団へと足を向け全滅、更に別の集団へ。
慌てることも取り乱すこともなく、まるで簡単な単純作業を繰り返しているかのように戦う。この体力も精神力も明らかに上乗せされた状態が聖剣を持つことの恩恵なのだろうか。この時すでに魔獣を何体屠ったのかわからなくなっていた。
どれくらいの時間魔獣と戦っていたのだろう。体は火照るが意識は逆に冷静さを留めているどころかだんだん冷たく鋭利に研ぎ澄まされていく。集中し意識の深い底に到達しそうな感覚を体感していた時、不意に妙に反響がかったなんとも可愛い少女のような声が頭の中に響き渡った。
【ワタシを片手で扱うとは無礼を知るのです。愚か者】
独特の反響音に風呂にでも入っているのだろうかと余計なことを考える。すると……
【お風呂になんか入っていないのです。たわけ者】
愚か者からたわけ者に格上げされてしまった。オレの心を読んでいるのか? 厄介なもん持っちまった。
しかしコレがなければここを乗り切ることは不可能、と言うかはっきり言って先日の魔獣の大発生を凌ぐ、いつ終わるともしれない魔獣の猛攻に聖剣をもってしても乗りきれる気がしない。
【失格なのです。まず苦戦するような状況ではないのです。次に厄介などとこれほどの恥辱を受けたのは初めてなのです。死んで詫びるのです、ウスノロ】
抑揚のない舌っ足らずな声で激しく罵倒してくる謎の声。いや謎というかほぼクテシフォンだが、それにしても初対面にも拘らず随分と辛辣だ。
【原因は自分にあるのです。胸に手を当てて考えてみるのです】
「せ、戦闘中なんだが……」
【例えで言っているのです、うつけ者。本当に胸に手を当てる人がどこにいるのです、ボンクラ】
罵詈雑言が激しさを増していく。そんなやりとりをしつつも魔獣と絶賛戦闘中である。大型の魔獣を一撃で下し一息つく。
【ニースの近くに魔獣が一体発生するのです】
振り返るとニースの肩口辺りが薄っすらと赤く光っている。オレはそこに聖剣を突き刺した。すると淡い光は揺らぎながらその明度を失っていく。
「ありがとうございます、クーロンさん、クテシフォン」
【ニース、何者なのですこの下賤の者は】
「クーロンさんです。どうやらあなたのマスターですよ」
【マスターは判るのです。どのような人間なのですか? 王族、貴族、それとも英雄や勇者と呼ばれし者なのですか?】
ニースは腕を組み困った表情を浮かべる。
「う〜ん、とりあえず傭兵ってことになっています。それとオッサン……ですかね。あはは」
【笑い事ではないのです、ニース。私は結界を張って再度我が身を封印する準備に入るのです。手伝いをするのです】
「そんなヒマないですよ。それにクーロンさんとってもいい人ですよ」
ニースが困り顔で仲裁に入る。
【ワタシの目的はカドゥケイタ様の敵を取ることなのです。こんな男にかまっているヒマこそないのです】
「わかったわかった! とにかく夜が明けるまでだ。ここを乗り切るまで付き合ってくれ。あとはそこら辺にでもぶっ刺してオレは帰る。封印でも何でも好きなようにしやがれ。町にこんなに目立つ物持って帰っても面倒なだけだしな」
オレは好き勝手ほざく、無礼な物言いの不思議な剣に悪態をついた。すると彼女の声の高さが一段上がる。
【ニース、このサルを今すぐ排除するのです】
「何なら叩き壊してやろうか? エセ聖剣、略してエセイ剣殿。それとも偽聖剣でニセイ剣殿か? はっはは〜」
ちなみに、今なお魔獣の猛攻撃は止むことなく襲い掛かってくる。それに応戦しニースを守りながらこのやりとりである。聖剣の力恐るべし。
「まあまあ二人共、落ち着いて下さい。ではこうするのはどうでしょう。私とクーロンさんでクテシフォンのマスターを探します。なので今は私たちに協力して下さい。それに私たちがいなくなってしまったらここに置き去りですよ。どうするんですか? 私に免じてここは何とかおねがいします」
【…………。ニースの頼みなら仕方がないのです。その代わり若くて高貴でイケメンのマスターを探すのです。妥協は許さないのです】
「ウィッス! 任せて下さい。きっといい人見つけますから」
そう言ってピッと敬礼をしたニースはオレに目配せをした。その口元は悪人がするように口角を上げ、してやったりという表現が一番妥当に思えるような表情を醸し出している。
「そうと決まれば二人共、朝まで頑張ってくださいね〜!」
アンタ女神様だろ。いいのかよそれで。
【ニース……騙したのですか?】
クッ……コイツまたしてもオレの心を読みやがったのか……




