episode 11 折損
「もうそろそろ限界かもな」
オレは右手に握られた長剣を翳し独りつぶやく。それにしても今日は多い……。
肌に感じる瘴気も濃い。まあこうなることは昨日から予想はついていた。
瘴気の濃度にはある程度法則がある。しかし月齢・風向き・気温・湿度・天候等々……様々な条件が煩雑に絡み合い、自慢じゃないが七の段すら怪しいオレには難しすぎて理解不能である。難しいよね七の段……。ニースなら解るんだろう。アホだけどアイツ結構頭いいからな。ただとにかく濃い瘴気はそれだけ多くの魔獣を呼び寄せる。
洞窟の結界を出てもうかれこれ二時間は経とうとしている。ここまで連戦に次ぐ連戦を重ねてきたが、その行程は思ったほど悪いものではなかった。慣れてきているのかもしれない。それはそうだ、毎日毎日独りで森に入り魔獣を相手にしているのだから。いや違う。取り戻してきているのだ、あの頃の血なまぐさい感覚を。
まるで空に浮かぶ雲を斬っているかのように切れ味が軽い。剣の軌道が頭の中に描かれたそれとぴたりと一致する。オレは日に日に整ってきている剣筋を実感していた。
ここ数日で頬も痩け体も引き締まってきた。ズボンも下着もゆるゆるである。携帯食中心の単価は高いがひもじい食生活にも原因があるのだろう。スッキリした腹回りを見渡す。チッ、まるで本物の見すぼらしい傭兵だ。
同時に数体の魔獣の襲撃も、二振りの剣を器用に操り危なげなく森を進む。すでに魔獣の攻撃を受けることがなくなっていた。すうっと間合いに入り斬る。または最小限の動きで魔獣の攻撃を避け反撃をする。
オレは昔ジジイに仕込まれた体の捌きと、研ぎ澄まされた精神とが蘇ってきているのを感じとっていた。
集中すればするほど湧き上がってくる恍惚にも似た高揚感。たった数日で何と猟奇的な人間になってしまったのだろう……トホホ。自分はさておきそんな奴がいたら、オレは決して関わろうとはしないだろう。
調子がいい。どれだけでも戦っていられそうな錯覚を覚える。しかし得てしてそういう時ほど、落とし穴はぱっくり口を開けて待っているものである。
同時に三体の魔獣を相手取る。難しいことは何もないとばかりに二体を難なく斬り伏せ残り一体に刺突をかます。何の抵抗も感じることなく魔獣の中心部に刃が吸い込まれていく。しかしその時、僅かだがぬかるみに足を取られてしまった。一気に増加する抵抗感。直後、鈍く乾いた金属音が耳に届いた。霧散していく魔獣から鈍色の物体が落下していくのが見える。そしてオレの右手には使い込まれて薄汚れた柄だけが握りしめられていた。
道半ば引くも進むも微妙な位置に少し悩むも、すぐ結論に達した。水も携帯食もまだ余裕がある。オレはいい言い訳ができたとばかりに洞窟に戻ることにした。
先ほどまでとはうって変わって必要最低限の魔獣だけを相手取り逃げの姿勢を貫く。本来の森の抜け方はこうすることが基本となっている。先ほどまでのオレは過激すぎたのだ。
程なくして洞窟にたどり着いた。松明に火を灯し辺りを警戒しながら先へと歩みを進める。薄闇でもオレの動きは変わらず冴え渡った。避ける動作を多用する今の戦い方は、狭い洞窟では不利でしかない。だが、それすらものともしなかった。
魔獣が二体、いや三体、何もない虚空からその姿を現した。即座にオレは集中を余儀なくさせられてしまう。間断なく次々と襲いかかる禍々しい赤い光。魔獣の集団の猛攻をものともしない動きで、オレはかわし続けた。
しばらくそうしていると急に殺気と瘴気が消えた。集中を解く。辺りの魔獣は姿をくらまし、その代わりにニースがオレを迎えてくれた。どうやら気づかぬうちに結界へと到着してしまったようだ。
「どうしたんですか? 戻ってきて」
「コレもんだ」
オレは肩をすくめ例の柄を取り出した。ニースは「何その謎の物体? 」とばかりに眉をしかめて凝視していた。
何と言うのかなコレ……長剣っていうのかな……。いやコレは元長剣っていうんだな……。
「今日はどうも日が悪い。魔獣がわんさかだ。帰るのは明日にしたいんだが」
「そうですね。明日になれば少しは瘴気も晴れるでしょう。どうぞ」
ニースはにこやかにしながらも、いつものように顔を赤らめ奥へと歩き出した。いい加減慣れてくれないかなあ。こっちが恥ずかしくてかなわん。
「ここはなぜ魔獣が襲ってこないんだ」
今更感満載の質問を投げかける。ニースは両腕を組み「う〜ん、う〜ん」と唸りながら首を左右に何度もかしげる。なにそのわざとらしい仕草。かわいい……。
「いや言えないことならいいんだ。忘れてくれ」
「ウィッス!」
ニースはピッと敬礼を行う。いやいやいや、そこは違うでしょ! 「仕方ないですね〜もう」って感じで秘密を打ち明けるもんでしょ! なおもオレは食い下がる。
「い……いや、ちょっとだけ教えて欲しいかな〜なんて……」
またニースは「う〜ん、う〜ん」唸りだした。いいよ、もうそれは。疲れるよ。
「あはは。冗談ですよ。別にいいですけどあまり人には言わないでくださいね。たぶんこの国くらいなら簡単にひっくり返ってしまう代物ですから」
「ほ、本当か?」
「マジで」
キラーンと目が光る。なんだか楽しそうだな、おい。
突き当りに到達するとニースはもぞもぞ何かを探し始めた。とうとう出るのか古代機械。オーパーツ。オレはゴクリと生唾を飲む。
「あったあったコレです」
そこには天井から吊るされた縄梯子があった。こ、このなんの変哲もないような縄梯子が王国をひっくり返すと……。何とも言いがたい。いやそうではない。古代機械とはこういうものかもしれないのだ。
「この上にあります。クーロンさん、入れますかね〜」
え〜……ただの梯子でした……。まあ一億年程前のものならオーパーツになるかもしれない。でも考えてみろ。ここに来て初めてまともに人の手が加えられた物体だ。人間の進歩を垣間見た気が……しない。
梯子の先には子供なら入れそうな穴が開いてあった。今まで気づかなかった。
そしておもむろに梯子に登ったニースは、その穴に体を突っ込み足をばたつかせている。そこでオレはハッとする。ニースはいつものワンピース姿だ。梯子とワンピース。完璧な組み合わせだ。おれは松明を手に取りそ〜っと梯子に近づいていった。松明を持つ手に汗が滲んでいる。そして灯火を高く掲げたその時、ニースはスポッと穴の中に入ってしまった。
「クーロンさ〜ん、こっちですよ〜」
な……何も見えなかった。これが神の御業か……それとも人に与え給う神の試練か……。気を取り直しオレはニースの後に続いた。狭い穴に無理やり上半身を滑りこませる。だがしかしここまで。引っかかって先に進めなくなってしまった。
「あらら、やっぱり無理でしたか〜。あははは……」
そりゃあアンタは引っ掛かるところが、とてつもなく少なそうだ。にこやかに見下ろすニースをオレは見上げる。辺りを見るとそこは1メートル四方の狭い空間があった。周囲は変わらず岩肌に覆われている。しかしその中心には緩やかに輝く水晶のような巨大な物体が鎮座在していた。
「クテシフォンです。聞いたことあると思うんですが」




