FILE1:また会いたい
学校帰り。
なんとなく通った道で見つけた公園。
滑り台の下のトンネルに入って腰をおろした。
空気が冷たく流れて心地良い。
目を瞑って身を縮める。
しばらくそうしていたら、ぽつぽつと雨が降りだした。
丸く限られた外の景色が濡れていく。
薄暗いトンネルの中。
時間が止まって一生このままならいいのに、と思った。
「あれ、先客だ」
声が響いた。
視線を向けると、そこには小さな影が立っていた。
「入っていい?」
「……うん」
あたしは頷いたけど、本当は入ってきてほしくないと思っていた。
自分だけの空間が壊される気分だった。
でも、そんな子供みたいな理由認められるわけない。
「お邪魔します」
そう言って、その子は水を滴らせながら入ってきた。
全身ずぶ濡れだった。
「お姉さん、こんなとこで何やってるの?」
あたしが何も言わないで黙っていたら、向こうが話し掛けてきた。
「ひまつぶしかな」
あたしは適当に答えた。
できれば早く帰って欲しかったから。
「ここ、この滑り台以外何もないからつまらなくない?」
「別に、遊具で遊ぶわけじゃないから」
その子はへぇ、と相槌を打つ。
「じゃあ何でここにいるの?」
「……誰もいないからかな」
その子を見ると、その子はにっこり微笑んだ。
「お姉さん、僕と一緒だね」
綺麗な顔だと思った。
そして初めて、その子が男の子であることに気付いた。
「きみ何歳?」
今度はあたしが口を開いた。
「12歳だよ」
「中一?」
「小六」
「誕生日早いんだね」
「うん。四月生まれなんだ」
お姉さんは何歳?
少年は首を傾げた。
「15歳。高一ね」
「お姉さんは誕生日まだなんだね」
少年の髪から零れる水が床を濡らした。
手を伸ばして頬に触れてみる。
雨に体温を奪われたその肌は冷たい。
「キミはどうしてこんなところに来たの?」
自然と、あたしの口から言葉がこぼれた。
こんな時間に。
こんなに濡れて。
「家にいたくなかったんだ」
声変わりしてない澄んだ声がトンネルにこだました。
「僕の家、今知らない男の人がいるんだ。父親面して」
少年は続ける。
「しかも、その人子供がいて、僕の兄弟だよって言ってくるんだ」
血なんかつながってないのにねと、何も言えずに少年を見つめるあたしに少年は笑った。
「だから、家にいたくなかったんだ」
「……そう」
やっとしぼり出したあたしの声は擦れていた。
それ以上何も言えず、ただ沈黙が流れる。
ふいに、携帯が鳴った。
制服のポケットに入れているあたしの携帯の音ではない。
それは少年のポケットから鳴っていた。
「それ出なくていいの?」
「うん。どうせ家からだから」
「小学生のくせに携帯持ってるなんてなかなかだね」
「親が持たせてくるんだもん」
しばらくして、諦めたように携帯の電子音は途切れた。
「家の人、心配してるんじゃないの?」
「うんそうかも。そろそろ帰らないといけないかな」
雨はまだ降り続いてる。
少年はまた雨に濡れて帰るのだろうか。
「……ねぇ、メアド教えてよ」
あたしはポケットから携帯を取り出した。
「どうして?」
「だって、お別れしたらもう会えなくなるかもしれないでしょ?」
「……うん」
「キミとまた会いたい」
自分でも何を言ってるのかよく分からなかった。
でも、これで終わりにしたくなかった。
「不思議だね」
少年も携帯を取り出した。
「僕もそう思ってた」
しとしとと雨粒が落ちる音。
流れる空気は相変わらず冷たくて心地良い。
「お姉さん、名前は?」
「……ユカコ」
これが、あたしとシュンタくんとの出会いだった。




