あの日の真実②
「ねえ、なにか秘密があるんでしょ?」
ステラは質問を続ける。
「それとあのブタさん。彼がどうして人の言葉を話せるのか、とっても気になるわ」
別に隠すほどのことでもないが、いまは大切な調合中である。下手に話に乗って、集中力を欠くようなことがあってはいけない。そう思って、無視を決め込もうとするけれど。
「あのブタさんが誰かの使い魔だとすると、ニーナさんは錬金術師だし、ともすれば、あの性格の悪そうなお嬢さんが魔女なのかしら」
「シャンテちゃんは決して性格が悪くなんてありません!」
つい、ニーナは言い返してしまった。すぐ側でステラがクスクスと笑う。
なんだかからかわれているような気がする。ここはやっぱり完成するまで無視することにしよう。ニーナは小さく息をついて調合に集中しようとする。
「そういえば雨を降らせた元凶である、あの三人組。彼らがどういう人間で、なぜあなたたちの店を狙ったのか知ってるかしら?」
狙った?
ニーナはステラの言葉に引っ掛かりを覚える。あれはあくまでも偶然かと思ったけれど、ステラの話しぶりはまるで、狙われる理由があったと言わんばかり。
──ダメダメ。いまはそんなことより調合に集中しないと。
「どうして私がここに、このタイミングであなたと二人きりなのかわかるかしら」
「それはあなたが私に依頼したいことがあるから……」
「いいえ、違うわ。私ね、あのブタさんと正面から戦うのが怖いの。だから瓶を隠し、タイミングを調整して、調合前のあなたに会いに来た。私とあなたがいまここで二人きりなのは決して偶然じゃないのよ」
この人はなにが言いたいんだろうか。
疑問に思ったそのとき、花の蜜のような甘い香りがしたかと思うと、いつの間にかステラが真横に立っていた。
ニーナはびっくりしてステラの顔を見る。ステラは微笑みながら、飲みかけの紅茶が入ったグラスを手にしていて。
「えっ?」
そのグラスを、錬金釜の上でひっくり返した。
「なっ、なにしてるんですかっ!」
ニーナは声を上げたが、もう遅い。
不純物が混じった<錬金スープ>はみるみるうちに濁っていき、焦げたような匂いを漂わせ始める。ニーナは<かき混ぜ棒>を握りしめたまま呆然としてしまった。
──ぼふんっ!
たちまち上がり始める黒い煙。もくもくと立ち込める黒煙が視界を埋め尽くしていく。ステラが勝手に<神秘のしずく>が入った小瓶を手に取り、釜のなかへと垂らしたのだ。
ニーナはたまらず後ずさりして、この煙が煙突の向こうへと消えていくのを瞼を閉じて待っていたのだが。
再び目を開けたとき、ニーナはえっ、と声を漏らした。
ステラが身につけていた純白のワンピースは、黒い煙に染まったかのように漆黒の色へと。服の形状も異なっている。奥ゆかしさを感じた微笑みも妖艶なものへと変わり、黒い髪によって隠されていた右目があらわとなった。
──赤い……!
左目と異なる赤い瞳。
ニーナはハッと息を呑む。
「そういえばあなたに一つ謝らなくてはいけないことがあるの。私の名前なんだけどね、本当はリムステラというの。嘘をついていてごめんなさいね」
「えっ……?」
戸惑うニーナの前で、リムステラはどこからともなく杖と、そして三角のとんがり帽子を取り出して被る。なにもないところから道具を取り出す術は、まさに魔法。
ということは、つまり。
「もしかしてあなたは魔女?」
「そうよ、私は魔女。でも、あなたって相当鈍いわよね。いつまでもそんなところで突っ立ってていいのかしら?」
その瞬間、背筋にぞくりと寒いものが走った。
ニーナは走って部屋の隅に立てかけてあった<七曲がりサンダーワンド>を手に取り、リムステラへと向ける。
──そうだ、この女だ。この女がロブさんを呪った張本人なんだ。
両足は震えている。体は強張り、呼吸もうまく整わない。
けれど、弱いところを見せちゃダメだ。ニーナは両手で杖を握りしめながら、なけなしの勇気を振り絞って相手を睨む。
「ふふっ、いいわねぇ。そんな目で見られるとゾクゾクしちゃうわ」
「いったいなにが目的なんですかっ!」
「言ったでしょ。プレゼントをしたいの。あの兄妹の記憶に焼き付くような、とっておきのプレゼント。そう、例えば彼らの大切なお友達の両手両足を切断したら、どんな顔をするんでしょうね」
なにを言ってるか理解できない。でもとにかくこの人は危険だ。
ニーナは恐怖から<七曲がりサンダーワンド>をリムステラへと向けた。
そして雷撃を繰り出そうとしたのだが、それより一瞬だけ早く、魔女は杖を真横に素早く振るう。
すると次の瞬間、ニーナの右の頬が赤色に染まった。
──ぼとり。
吹き出す鮮血。頬に真っ赤な液体が付着する。
足元を見れば、腕のようなものが転がっていた。
まさか、そんなはずは。ニーナは右腕へと視線をやった。
しかし、そこにあるはずのものがなくて。
「あっ、あっ……!」
──腕がない……!
そう認識した途端、切断面から激痛が走る。
「うあぁぁああっ……!」
痛くて痛くて、ニーナは声のかぎりに叫んだ。
そして腕が斬り落とされたショックと、言いようのない恐怖とで視界は暗転し、その場に立っていられなくなった。
「あら、もうお終い? それなら」
膝から崩れ落ちたニーナに向けて、リムステラがもう一度杖を振るった。
するとまたしても血が噴き出た。今度は左腕だ。持っていた杖ともども床に落ち、ニーナは声にならない叫びを上げ続ける。瞳からは大粒の涙がこぼれ落ち、いまや見るものすべてが歪んで見えた。
痛い。
怖い。
助けて。
近寄らないで。
ニーナは顔中を涙と鼻水とで汚し、表情をぐちゃぐちゃに歪ませた。
──ぱちんっ。
リムステラが指を鳴らした。
するとなにかが変わった。目の前には、落としたはずの<七曲がりサンダーワンド>が。そしてなんとか両足で床を踏みしめている。どういうわけか腕もある。ニーナは恐る恐る左手で右腕の様子を確かめて、それから頬に触れてみる。……血の感触がない。つい先ほどまで噴き出た血が頬にべっとりと付着していたはずなのに。
時が、巻き戻った……?
ニーナはわけがわからないままリムステラへと視線を向けた。
「ふふっ、ほんとひどい顔ね。悪い夢でも見たのかしら?」
「ゆ、め……?」
ニーナはその言葉を初めて耳にしたかのように、たったの二文字を繰り返す。
「そう、夢。私の右目の義眼は錬金術師に作らせた特別製でね。相手に夢を見せることができるの。幻覚と言ってもいいわ。だからさっきあなたが見たものは幻なの。でもね」
リムステラがまた杖を横に振るった。
すると怯えるニーナの足元に亀裂が走る。
「さっきのは夢だったけど、実際にあなたの腕を切断することぐらい簡単なの。試してみる? 今度はもっと痛いわよぉ?」
ニーナは肩をびくりと震わせる。
怖い。たまらなく怖い。
脳裏に焼き付いた痛みと、圧倒的な恐怖とが、ニーナから立ち向かうための勇気を奪っていた。
「もう抵抗は終わり? つまらないわ」
そういってリムステラはまた杖を横に振ろうとする。
「いやぁああっ!」
ニーナは手にした杖からデタラメに雷撃を放った。それは窓ガラスを破り、テーブルを抉り、床や天井に穴を開けた。
しかし心が乱れているからか、相手はすぐそこだというのに、魔女にだけはどうしても攻撃が当てられない。
「いやぁ、いやぁあ!」
それでも杖を向け続けるが、うまく呼吸が整わず、魔力を正常に送ることもできなくなってしまった。先端の結晶体が弱々しく光るだけで、もう魔法を飛ばすこともできない。
魔女がまた、杖を振るった。
「あぁぁ……!」
鮮血が飛ぶ。
右腕に鋭い痛みが走り、ニーナは杖を落とした。恐る恐る右腕を見るとどうにか腕はくっついていた。派手に血が飛んだわりには傷は浅いようだ。
けれどもうニーナの心は限界だった。足に力を込めることができず、幻のなかと同じように、その場に崩れ落ちてしまう。
そこへリムステラが静かに杖を向けてきた。
口角を吊り上げる魔女。体が淡い光に包まれる。すると見える景色がまた変わっていく。今度はなにもかもが大きく見えるようになった。恐怖から頭はまるで働かないが、それでもニーナは自分の体が小さくなってしまったのだとすぐに理解した。
そんなニーナのことを魔女は指先でつまみ上げた。ニーナは助けて、と弱々しく声を上げるが、魔女は意地悪く微笑むだけ。
そうして口の広い透明な瓶に入れられ、ニーナは閉じ込められてしまうのであった。




