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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
1章 ひよっこ錬金術師の旅立ち
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七曲がりサンダーワンド①

「わ、私たちを騙していたんですか?」


 親切な人だって信じていたのに。

 すくみ上がりそうになる心をどうにか奮い立たせ、ニーナはムスペルに向かって叫んだ。


「ふふっ、バレちゃあしょうがありませんね」


 ムスペルはもう取りつくう気もないのか、紳士の仮面をあっさりと脱ぎ捨てる。穏やかそうな微笑みは消え去り、己の欲望に忠実な男の素顔がさらけ出された。


「ここクノッフェンは<工房都市>なんて呼ばれ方をしていますが、私にとっちゃ欲望に染まった薄汚い街でしかない。夢見がちな若者と、それを利用する悪い大人。つまり私は、若者たちの夢を食って金を儲ける極悪人ってわけだ。私に見つかってしまうとは運がありませんでしたね、お嬢ちゃんたち」


 怖い。ただただ怖くて、ニーナは杖をぎゅっと握りしめると、震える足で後ずさる。


「どうして私がこんなタキシードを着ているか分かりますか? それは、君たちみたいな若者の警戒心を解くためなのです。初対面の君たちに優しくしてあげたのも、すべて演技。親切で信用に足る人物だと思い込ませるためなのです。今回も途中までは上手くいってたんですけどねぇ。残念ですよ」


「企みが暴かれたというのに随分と余裕そうじゃない。こっちは二人。ろくな武器も持たないアンタなんかには負けないわよ」


 シャンテが気丈にも声を上げる。しかし、その声は心なしか震えていた。


「くくくっ。おかしいなあ、シャンテちゃん」


「な、なんで笑っているのよ!」


 シャンテはムスペルの喉元に槍を突きつけるが、それでもムスペルは薄ら笑いを浮かべたまま。勝てるという確信があるのだろうか。男が醸し出す余裕が不気味さに拍車をかけていた。


「二対一なら私に勝てるという認識なのでしょうが、残念。あらゆる意味で間違っていますよ」


 男が右手を掲げた。

 その瞬間、ニーナとシャンテの体を突風が襲う。それはまるで衝撃波のようで、ニーナたちはなんの抵抗もできないまま後方へと吹き飛ばされて仰向けに倒れた。またそのときの衝撃で、ニーナが抱えていたロブはさらに後ろへと飛んでいってしまった。


「間違いの一つ目。私はちゃんと武器を手にしています。魔法の指輪という形でね」


「くっ……!」


 シャンテが素早く上体を起こし、左手をムスペルへと向けた。すると人差し指の先から光る矢が現れ、ムスペル目掛けて一直線に飛んでいく。

 ところが、だ。ムスペルが今度は左手を掲げると、それだけで光る矢は上空へと逸れて消えてしまった。


「あなたが魔法の指輪を所持していることには気付いていましたよ。ですがこれまた残念。私が身につけている指輪は左右で別のものなんですよ」


 悠然とした笑みを浮かべるムスペルに、二人は翻弄ほんろうされっぱなしだった。

 それでも諦めてはいけない。ニーナとシャンテは立ち上がると、逃げるわよ、というシャンテの言葉を合図に、元来た道を全速力で引き返す。いまはただ、ムスペルから距離をとらなくては。


 しかし、数歩もいかぬうちに二人は足を止めることとなった。前方から、明らかに不審な三人の男が歩いて来たからだ。一人はターバンを頭に巻いた小柄な男。もう一人はマントを羽織り、薄ら笑いを浮かべる男。そして一番後ろを歩く、一際大きなタンクトップの男。目の焦点が合っておらず、口の端からよだれを垂らしているのが、なんとも不気味で恐ろしい。


(ど、どうしよう。挟まれちゃった)


 人気のない路地裏。周りを見渡してみても、ごみ箱や捨てられた粗大ごみがあるだけで、抜け道らしきものは見当たらない。助けて、と叫ぼうにも掠れた声しか出なくて、恐怖から呼吸も整わず、胸も苦しかった。


「間違いの二つ目。二対一ではなくて、二対四なんです。さあ、どうしますか?」


 男たちが近づいてくる。振り返るとムスペルもまた、ゆっくりと一歩を踏み出していた。


「来ないで下さい! これ以上近寄ったら、く、黒焦げにします!」


「ほう、そいつはまた物騒ですね」


 勇気を出して杖を向けた。けれどムスペルは余裕の笑み。本気にしていないのか、また一歩踏み出してきた。

 怖い。けれどここで戦わなくてはもっと怖い目にあうだろう。ニーナは意を決して男に雷撃を繰り出した。


 ほとばしる青白い稲妻。

 ジグザグと、不規則に揺れながらムスペルに向かっていくのだけれど──


「無駄ですよ」


 男が左手をかざすと、やはり雷撃は遥か上空へと逸れていってしまう。<七曲がりサンダーワンド>の雷はもともと、七回も勝手に曲がるものだから制御不能になることも多いけれど、いまのは明らかにおかしい。つまり魔法の指輪は、雷撃すらも軌道を捻じ曲げてしまうようだ。


「またまた残念。左手の指輪は使用者の身に降りかかる魔法攻撃を退ける力があるのですよ。いやぁ、錬金術ってのは本当に便利で金になりますね」


 許せない。錬金術を金儲けの道具に使おうとするなんて。

 でも雷撃が通用しないのでは、もうニーナはどうすることもできなかった。もともとはただの酪農家の娘。戦闘経験などあるはずもなく、かといって逃げようにも道は塞がれてしまっている。もう諦めるしかないのだろうか。


「ニーナ!」


 くじけそうになったそのとき、シャンテが叫んだ。槍の穂先に真紅の炎を纏わせて、この状況に抗おうという意思を見せる。


「ムスペルはアタシが倒す! だからニーナは後ろの三人を足止めして!」


「そんなの……」


 ──私には無理だよ。

 そう言いかけて、けれどニーナは言葉を呑み込む。

 弱音を吐いている場合じゃない。諦めちゃだめだ。私にはなにがなんでも叶えたい夢があるんだ。


「やれるだけやってみる!」


 ニーナはムスペルに背を向けると、杖を両手でしっかりと握りしめた。

 そこへターバンの男がいの一番に駆け寄ってくる。その手には怪しく光る銀のナイフが。


「来ないでっ!」


 ニーナは咄嗟に杖を向けて雷撃を放った。ここは両側には壁がある狭い道。とにかく左右の動きだけは最小限に抑えようと、それだけを意識した。


 ジグザグと縦横無尽に曲がりくねる雷撃。

 ところが、当たるかよっ、と男は横っ飛びでそれを簡単そうに躱すと、口の端に残忍な笑みを浮かべた。

 しかし、次の瞬間。


「ぐがぁあぁぁっ!?」


 一度は男の真横を通り過ぎた雷は、なにを思ったか急に方向転換すると、ほぼ真後ろから男の背中を急襲。不意を突かれた男は目を見開きながら絶叫すると、そのままバタリと倒れて動かなくなった。<七曲がりサンダーワンド>の攻撃は術者ですらコントロールが難しい、困った発明品だから、有り得ないことが普通に起きてしまうのだ。


(あ、当たった!? というか効いた!?)


 とはいえ、いまのは完全にまぐれ。何とかしたい一心で曲げたのが、たまたまうまくいっただけ。だから当てた本人が一番驚いていた。

 ただそれと同じくらい雷撃が通用したことにも驚いた。どうやらあの金色に輝く邪魔な指輪は、ムスペルしか身につけていないようである。だとすれば、あと二人、前方に構える男たちを気絶させられれば逃げ道を作れるかもしれない。


 たしかな希望を感じたそのとき、後ろでシャンテの声がする。

 振り返るといままさに、シャンテが突撃を仕掛けたところだった。


 迎え撃つムスペル。右手をかざし、突風を見舞うことでシャンテを吹き飛ばそうとする。

 が、しかし今度はムスペルの思い通りにならなかった。シャンテの槍の炎は穂先からだけでなく、その反対側、石突きと呼ばれる部分からも噴出しており、炎の推進力を得た突撃が今度こそムスペルを捉えようとしていた。


 眼鏡の奥の瞳が驚愕に見開かれる。

 ニーナはシャンテの勝利を確信するが──

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