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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
1章 ひよっこ錬金術師の旅立ち
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紳士に導かれて……?

 いきなり難航した家探し。二人はそろってため息をつく。朝方、あれだけはしゃいでいたのが嘘みたいに二人の表情は暗かった。元気出していこーぜ、とのんきな口調でロブが言うと、すかさずシャンテがげんこつを見舞う。無性に腹が立ったのだろう。なんとなくその気持ちがニーナにも分かった。


 朱に染まる街中を当てもなく歩いていると、噴水が飛沫しぶきを上げる広場が見えて、二人はその近くの空いているベンチに座った。重たいかばんは隣に置いて、上着のポケットから<小言うるさいガマ口財布>を取り出してみる。家を出た時と比べて少し痩せたガマガエルは、ちょっぴり寂しそうだ。


「これからどうしよう。もしこのまま住むところが見つからなかったら、私、この街から出て行かなくちゃいけないのかな?」


「ちょっと、いきなり弱気にならないでよ。調子狂うじゃない」


「でも……」


 せっかくみんなに背中を押してもらってここまで来たのに。

 ニーナは自分の不甲斐なさから胸が苦しくなる。帰りたくない。この街で頑張りたい。でもお金がないと、住む場所がないと、頑張ることもできない。諦めたくないと思っても、お金がなければ街から追い出されてしまうのだ。


「でも、じゃない! アタシはいずれまた旅に出るつもりだから、そのあいだぐらいなら宿に泊まってもいいけど、ニーナはこの街でずっと暮らしていきたいんでしょ? 家がないと困るんでしょ?」


「……そうだった。くよくよしてる暇なんてないよね。でも、どうすればいいのかな?」


「とりあえず今日だけは宿に泊まるとして、明日は朝から不動産屋巡りでもしてみましょ。こんなにも広い街なんだから、探せばきっと条件に合う家が見つかるわよ」


「──おや、もしかして住む家を探しているのですか?」


 会話の内容が聞こえていたのだろうか。

 ベンチに座るニーナたちのもとへ、タキシードを着た老人が声をかけてきた。口ひげを生やした白髪の紳士で、銀縁の眼鏡がよく似合っている。彼の両手の中指には、シンプルな金の指輪がさりげなく光っていた。


「アンタ誰?」


「ちょっと、シャンテちゃん!?」


 シャンテが初対面の相手にいきなり突っかかるので内心焦ったものの、気にしないでください、と男性は言ってくれる。見かけ通り優しい人で良かった。


「私の名前はムスペル。この街に長く暮らすしがない老人でして、かつては冒険者でもありました。いまは若者支援財団<陽だまりの家>の理事を務めております」


「若者支援財団? なんか胡散臭いわね」


「ははっ、正直なお嬢さんだ。ですが、やる気も能力もあるけれど、お金に困っている。そんな有望な若者が金銭面の不安から街を去るのはあまりにも惜しい。そこで私は財団を立ち上げ、若者が自分で生活できるようになるまで、せめて初めの数か月だけでも支援していこうと思い至ったわけです。いまこうして私があなたたちに声をかけているのも、それが理由なんですよ」


 シャンテの警戒心を解こうとしてくれているのか、ムスペルは丁寧な口調で語り掛けてくれる。

 それでもシャンテは訝しげな視線をムスペルに送っていた。


「有望な若者ねえ。なんで一目見ただけでアタシたちがそうだと思ったの?」


「それは長年の勘としか言えません。ですが、ここで暮らすのももう長いですからね、人を見る目だけはあると自負しています」


 ふーん、とシャンテは目を細めた。まったく信用していないみたいだ。

 ここは間を取り持つべきなんだろうか。迷っていると、ロブが勝手に喋り出す。


「ほほう。うちのシャンテに目を付けるとは、お前、なかなか見る目があるな」


「──なっ? いまの声は……?」


 数秒の沈黙。男は信じられないという目でロブのことを見た。

 まあ、そういう反応になりますよね。むしろ素っ頓狂な声をあげなかったムスペルを褒めたたえたい。


「ブタのことは無視して。それより、支援してもらうのに条件とかあるの? アタシは冒険者志望で、こっちは錬金術師だけど、いいの?」


「ええ、もちろん冒険者も錬金術師も、どちらも大歓迎ですよ。なんたってこの街は冒険者と錬金術師の頑張りに支えられて成り立っていますからね。条件も特にありません。支援を受けてくださるのであれば、住居の提供と、初め二か月分の家賃の無償化はお約束いたしましょう」


「そんなことまでしてくれるのっ?」


「ええ。ですがその代わり、もしも今後あなたたちが偉大なる発明を成し遂げたり、新種の生物の発見をするなどして大きな財産を手にすることがあれば、その一部を財団に寄付して頂きたいと思います。もちろん、それらのお金は次の未来ある若者への支援に当てさせていただくつもりです。決して私の私腹を肥やすためではないと、ここに誓いましょう」


「寄付ぐらい、アタシは別に構わないけれど……」


「他になにか気になることでも? そうそう、もしあなたが世界樹攻略を目指すなら、その支援もさせていただきますよ。持てる情報はすべて提供しますし。それに我々財団は熟練の冒険者や凄腕の錬金術師とも連携を取っていますから、そういった方たちと直接会う機会を作ることもできます。なかなか魅力的でしょ?」


 紳士は朗らかに笑った。眼鏡の奥の目が優しく細められる。


 ──世界樹。

 それはマヒュルテの森の奥に悠然と佇む、世界でも例を見ないほど圧倒的に巨大なマナの木である。高さ二千メートルを優に超え、頂は雲よりも高い。幹の太さだけでも相当なものだが、さらにその外側には世界樹に絡みつく別のマナの木が螺旋階段のように続いており、その幹を通って上へ上へと登っていくことができる。この道をエルフロードと呼び、鳥の巣のように絡まった幹が足場を作る個所もあれば、明らかに道幅が狭い場所も存在している。


 人々がこの世界樹に引きつけられる理由は、その巨大さだけではない。正しい手順で(箒などで空を飛ばずに)登頂に成功した者のみ<輝く世界樹の葉>を手にすることができるからだ。


 入手できるのは一度限りで、しかも一人につき一枚のみ。まるで世界樹に存在を認められたかのように、登頂の証として一枚だけ授けられる輝く葉は、錬金術の素材として、人々のあいだで非常に高値で取引されている。手に入れてから三日と経たずに枯れてしまうため、常に希少価値が高いのだが、どんな錬成でも成功させてしまうと言われるほど優秀な素材であるがゆえに、錬金術師はみんな喉から手が出るほど欲しがっている。実際、大金を積んででも手に入れようとする人は後を絶たないのだとか。もしも売ったとすれば、何年かは遊んで暮らせることだろう。


 昨日、宿で話を訊いた限りでは、シャンテは<輝く世界樹の葉>を求めていたはずだ。その輝く葉を手に入れたあとにどうしたいかまでは教えてくれなかったけれど、ムスペルの提案がシャンテにとって魅力的であることは間違いない。


「クノッフェンは厳しい競争に勝ち抜かなくてはなりませんから、お互い助け合う必要があります。決して脅すわけではありませんが、この街は実力だけでは生きていけません。なにより大切なのは情報と資金力。それらを提供できる私たちの話を訊くメリットは、あなたたちが考える以上にあるはずです。とりあえず一週間、お試しという形で構いませんから、財団の支援を受けてみてはいかがでしょうか?」


「うーん、でもねえ」


 シャンテはまだ気になることがある様子。

 けれど世界樹という単語を訊いてから、シャンテの目つきは明らかに変わった。まだ思うところがあるみたいだけれど、確実に興味をそそられているようだった。そしてもちろん、ムスペルの話はニーナの好奇心もくすぐっていた。


「ねえ、とりあえず住むところだけでも見せてもらおうよ。それにこの街のことももっと知りたいし、先輩錬金術師の話も訊いてみたい。だめかな、シャンテちゃん?」


「……そうね。せめて今日一日だけでも泊れるところがあればと思っていたところだし、お試しで構わないのなら案内してもらおうかしら」







 夕暮れ時。ムスペルの隣を歩くニーナと、その後ろから付いてくるシャンテ。ロブは例のごとくニーナの腕のなかにいた。この街は非常に坂道が多くて、一日中歩きっぱなしだったニーナはさすがに疲れを感じてしまう。けれどそんなことよりも、やっと家が見つかるかもしれないという嬉しさが勝っていたので気にならなかった。


 ムスペルはとても話し上手で、マヒュルテの森を探索していたときの経験談を面白おかしく、身振り手振りを交えて話してくれた。見かけによらずお茶目で、とっておきのエピソードを次々と繰り出しては笑わせてくれる。これにはシャンテも思わず笑みをこぼしていた。


 けれども、細い脇道のような場所に入ったところで、不意にシャンテが立ち止まった。ニーナもつられて足を止める。


「ねえ、まだ辿り着かないの?」


「もう少しですが、もし歩き疲れたのでしたらこちらのポーションをお試しください。我々の財団に所属する若者が創作した、疲れを吹き飛ばすとっておきの水薬ですよ」


 ムスペルはタキシードの内ポケットから透明な液体が入った小瓶を取り出してみせる。

 いったいどれほどの効き目なのだろう。見慣れないポーションにニーナは興味津々だったけれども。


「別に疲れたわけじゃないからいらない。そんなことより、どうしてさっきから人気のない路地裏ばかり歩いているの? どうして大通りを歩かないの?」


 シャンテの一言に、ニーナは急に不安を覚える。

 言われてみれば確かに、先ほどからまったく人とすれ違っていない。それにこの辺りに民家はなく、まるで放棄された工場地帯を歩いているような静けさを感じる。どうしていままで気づかなかったんだろう?


(あっ、そうか。ムスペルさんがずっと話し続けていたからだ)


 ついつい話を聞くのに夢中になってしまって、周りの状況が気にならなかった。この状況が異様だと気付けなかった。

 そしてこの状況こそがムスペルの狙いだとしたら……?


「ねえ、そのポーションには本当はどんな効果があるの? ちょっと自分で飲んでみてよ」


 シャンテの問いかけに、あれだけ雄弁だったムスペルは無言を貫く。

 その静けさが、ニーナの不安をさらに煽る。


「こ、答えてください、ムスペルさん!」


 たまらず、ニーナはムスペルに訊ねた。信用させて欲しい。騙してなんかいないと言って欲しい。

 しかし、現実は無常だった。


「……くくくっ。ただの世間知らずのガキかと思いましたが、意外と警戒心が強いですね。ここまで失敗したつもりもないのですが、感づかれたなら仕方がない」


 ゾクゾクと背筋に悪寒が走る。

 男は紳士の仮面を脱ぎ去った。

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