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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
7章 栄光は誰の手に?
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売り上げアップのヒントはすぐ側に③

 大勢の人でにぎわう大通りのなか、誰かに名前を呼ばれた気がして、ニーナは視線をあちらこちらへと向ける。


「こっちだよ、ニーナ!」


 また名前を呼ばれた。あどけない子供のような声だ。

 でもどこからだろう? ニーナが声の主を探してきょろきょろしていると、左の手首の辺りになにかがぶつかる感触があった。


 ──あれ、この光の玉と、細い糸のようなものは……


 ニーナはそれを知っていたが、だからといって何かできるわけじゃない。

 あっ、と思ったときには腕をぐいっと引っ張られて、ニーナの体は前のめりにバランスを崩す。それでもなんとか倒れるのは堪えたが、そのまま引かれるがままになってしまった。


 光る糸の先にいたのは──やっぱり、あの子か。


「よお、姉ちゃん! やっと来たか!」


 来たというか、連れてこられたというか。

 犯人は予想した通りレックスだった。アルベルの弟で、鋼線の錬金術師マクスウェルの息子である。そんな有名人の息子に、父親の作品である<ワイヤーバングル>で連れてこられたわけだけれど、ということはつまりここがアルベルのお店なのだ。


 ──どごぉ!


 兄が弟にげんこつを落とす。弟は涙目で、なんで、と言いたげに兄を見上げた。


「そんな強引なやり方をしたら危ないだろう」


「だって兄ちゃんの彼女が道に迷ってたから……」


 ──どごぉ!


「痛ってー」


「とりあえず迷惑をかけたことを謝れ」


 レックスは痛そうに頭をさすりながら、不服そうな顔でニーナを見る。


「なにが悪かったのかわかりませんが、ごめんなさい」


「気にしてないからいいですよ」


 素直じゃないなぁ、と思いつつも、ここはお姉さんとしての器の大きさを示しておく。


「すまないな」


「別にいいよ。ほんとに気にしてないから。それよりお隣の背の高い方はもしかして?」


「ああ、父だよ」


 その人はアルベルより背が高く、肩幅の広い人だった。息子たち同様に目つきが鋭く、というよりは息子たちが彼に似たのだろうけれど、目を細めるとなかなかの迫力がある。口元には口ひげが。掘りの深い顔にその整えられた口ひげは良く似合っていた。


 その人はニーナを見ると、しばし無表情だったが、ややあってニコリと笑った。


「君が噂のアルベルの恋人か。可愛い子を見つけたじゃないか」


「違うから!」

「違いますから!」


 二人は声を揃えて否定した。






「色々とすまない。普段はああいった冗談を言わない人なんだが」


 店の端っこに移動したところで、アルベルは気まずそうに目を逸らしながら言った。


「ううん、わかるよ。親って子供をからかうのが好きだよね。うちの親もそうだったんだ」


「そう言ってくれると助かる」


 アルベルは珍しく苦笑した。目を細める彼は、先ほどの悪戯っぽく笑った父親にそっくりに見えた。


「それにしても、本当に店に立ち寄ってくれるとは思わなかったよ。……いや、単に弟に引っ張られてきただけか?」


「ううん、迷ってたわけじゃないけど、でも探してはいたから」


「本当か? 気を遣わなくてもいいんだぞ?」


「だから違うって。それにほら、シャンテちゃんからもお金を預かってきてるし」


 ニーナはガマ口の財布から、金色に光るフクロウコインを二枚取り出した。一枚10000ベリルぶんの価値がある、両面にフクロウがあしらわれたコインである。それを見たアルベルはニヤリと笑って、それじゃあ遠慮なく売りつけてやるよ、と言った。


 そのアルベルが、商品が入れられたケースをニーナの前に持ってきた。小さなテーブルの上に置いたそれは、宝石店で指輪やネックレスが飾られていそうな高級感がある。収められているのはシルバーのリング。その腕輪には、エメラルドに似た輝きを持つ水晶体が取り付けられている。


 それらが六つ、二列に並んでいるが、どれも微妙にデザインが違うようだ。そのうちの一つをアルベルは手に取った。


「これが今年の最新モデルだ。見た目に大きな変化はないが、性能は去年のものと比べてかなり向上している。特に改善されたのが飛距離で、前作比の二割ほど遠くまでワイヤーが届くようになっている。ワイヤーの強度も220kgから向上し、最大245kgまで耐えられるようになった。このように出力は上がったが、反動はむしろ少なくなっているから、命中精度も上がるはずだ」


「良いところばっかりだね」


「ああ、自信作だからな。そしてなにより一番の違いが、ワイヤー射出後の軌道だ。口では説明しきれないから、いまから実演してみせるよ」


 アルベルは左右に一つずつ、慣れた手つきでバングルを装着した。右手が去年までのもので、左手が最新型のモデルらしい。


 アルベルは、実演するにはスペースが足りないので、空に浮かぶ不思議な赤い球体に向けてワイヤーを射出することで比較したいと言う。それはニーナが両手いっぱいに広げたぐらいの大きさがある、祭りを彩る装飾品で、朝方は仕事を終えた魔女たちがそこに座って休憩していた。


「まずは旧型モデルの方だが、こちらは君が前回試した通り、狙ったところに真っすぐ飛んでいく。ただ距離が大きく離れている場合や、風が強く吹いているとき、もしくはいまみたいに高いところを狙うと……このように、少しばかり湾曲する」


 たしかに放たれたワイヤーが描く軌道は完全な直線ではなく、わずかに弧を描いていた。頭上の球体までの距離はさほど離れていないが、この距離が遠ければ遠いほど、ズレは大きくなるのだろう。


「これは先端の吸着部分がある程度重さを持ったものであり、ゆえに重力に引きずられるからなのだが、こちらの新作は違う。先端が重さを持っているのは同じだが、まっすぐに放てば絶対に曲がることはない」


 そう言うと今度は左手で、同じ球体に向けてワイヤーを放った。それはまたも見事に赤い球体のど真ん中に命中し、アルベルと球体とをワイヤーが結ぶかたちとなる。


「どうだ、違いが分かったか?」


「えっと……」


 問われたニーナは答えに困ってしまった。たしかに真っすぐ飛んだが、言われてみれば違う、ぐらいの変化しかなかったのだ。


「ごめん。正直に言うと、そんなに変わらないかなって思っちゃった」


「……素直だな。いや、それでいい。べた褒めされるとわざとらしくて、君の本心を疑うところだった。それに本当に見せたいのはこの次だからな」


「次?」


「ああ。今度はここから、いま狙った球体の奥にある、黄色い球体を狙おうと思う」


「えっ? でもここからじゃ手前の赤が邪魔をして、黄色に届かないと思うんだけど」


 それこそ旧型の、僅かに弧を描くような軌道ならまだしも、最新型は真っすぐ飛ぶのが売りではなかったのだろうか。

 けれどそんなニーナの心配を余所に、まあ見てろ、とアルベルは自信をうかがわせる。


 ひゅんっ、という風を切るような音と共にワイヤーが真っすぐ飛んでいく。それは間違いなく手前の赤い球体に向けられたもので、黄色い球体にはどう見ても当たりそうになかった。


 ところが、ワイヤーの先端が突如として軌道を変えた。急に左に向きを変えたかと思うと、そこから大きくカーブを描き、本来ならあり得ない軌道を通って黄色い球体に命中したのである。しかも、命中したあとも軌道は残ったまま。ピンと張り詰めるように真っすぐになるのではなく、まるで針金のように、湾曲した軌道が固定されたままなのだ。


 アルベルが地面を蹴った。同時にワイヤーを巻き取ることで、アルベルは一気に上空へ。するとワイヤーの起動と同じ道を通りながら、アルベルは赤い球体に触れることなく、奥にあった黄色い球体の上へと登ってしまった。


 アルベルがワイヤーを垂らして降りてきた。そしてニーナにどうだったか訊ねる。


「うん、すごかった! ぐわんって曲がっただけじゃなくて、そのあとも曲がった軌道がそのまま残ってるところが特にすごかった。なんかいろんなことができそうで、夢が広がるよね!」


「まさにそう、いろんなことができてしまうんだよ」


 アルベルは左右のバングルを外してケースに戻すと、今度は別にバングルを手に取った。それはなにやら手首の外側と内側の両方に結晶体が取り付けられている。どうしてなのか訊ねると、どちらからでもワイヤーを射出できるように改良したのだと説明してくれた。


「で、登場するのがこれだ」


「ナイフ?」


「そうだ。といってもここで振り回すと危ないから、こいつは模造刀だけどね」


 アルベルはこれ見よがしにナイフで自分の手を切りつけた。もちろんこれは模造刀、つまり偽物だから血なんか出ない。


「そして手首の内側からワイヤーを少しだけ伸ばして、ナイフの柄の部分と接続する。こうすれば……」


 アルベルがナイフを軽く下手投げした。ナイフはそのまま真っすぐ飛んでいくが途中で急に軌道を変え、くねくねと八の字を描いたあと、なにを思ったかニーナの方へと切っ先が向かってきた。


 ニーナは突然のことに驚いて、ひゃあ、と可愛らしく悲鳴を上げながら、その場で小さく身をかがめる。


「ははっ、すまない。ちょっとからかっただけなんだが、思ったより驚かせてしまったようだ」


「むうっ、やってることレックスと変わらないじゃない!」


「ああ、君の言う通りだ。反省してる。でも、やりたいことは伝わっただろうか?」


「うん、ワイヤーと組み合わせれば投げたナイフを自由自在に操れるんだね。まるで獲物をしつこく追い回す蛇みたいだったよ」


「いい、表現だね。このように使いこなすには鍛錬こそ必要だが、自在に操れるようになればできることの幅はぐっと広がる。新作モデルは使い手次第で無限の可能性を秘めていると思ってる」


 私もそう思う、とニーナは頷いて見せた。

 その表情を見てアルベルは、ニーナが満足してくれたと確信する。


「で、どれを買ってくれるんだ?」


 ニーナはケースに入れられた六つのリングを見る。今年と、去年と、それから一昨年のモデルが並んでいる。水晶体が手首の内側についているかどうかの違いも合わせて六種類。微妙に価格が違って、やはり最新モデルの水晶体が二つ付いたものが上限価格の10000ベリルと最も高い。


「せっかくだし私は最新モデルを買おうかと思うんだけど、シャンテちゃんはどれがいいのかなぁ……」


「なにか悩みでもあるのか? 価格交渉以外なら相談に乗るが」


「うん。えっと、このなかで魔力消費が一番低いのはどれになるのかな?」


「それなら去年のモデルだな。だが最新のものも、そうは変わらないぞ? よほどのことがない限り気にする必要はないと思うが」


「うん、そうかもしれないけど……」


 シャンテは魔力欠乏症で、普通の人と比べて魔力量が極端に少ない。それでも過去には<ワイヤーバングル>を手にしていた時期もあったそうで、旅の資金繰りに困って売ってしまったが、便利だからこの機会に欲しいと言っていた。ただ、以前も使用するときは魔力量に気を遣いながら、ここぞというときに限って使うようにしていたらしい。


 ニーナが迷っていると、それなら、とアルベルは言う。


「もしも使ってみて、思ったものと違うと感じたなら、イベント期間中に限り交換を受け付けているぞ」


「そうなんだ。それじゃあ最新のものを買っていこうかな。あっ、そっちじゃなくて、手の内側からもワイヤーが出るほうで」


「わかった。それじゃあ合わせて19500ベリル頂こうか」


 結構お高い買い物になってしまったが、今回のイベントでそれなりの売り上げが期待できるので問題はないはず。


「そういえば、通常の価格よりちょっと安いよね? 普段なら去年のモデルでも1万ベリル超えるって、シャンテちゃんから聞いたんだけど。たしか良いものは安易に安売りしないとか言ってなかった?」


「言った。けれど上限価格が決められているからな。それに<青空マーケット>は俺たち家族にとって特別なイベントだから、毎年このときに限って少し安く販売してるんだ」


 たしか記念すべき最初のイベントで優勝したのが<ワイヤーバングル>だと、素材屋の店主であるフレッドが言っていた。


「それはそうと、そっちの店はどうだ? 入賞できそうか?」


「うわ、それをいま訊いてきますか」

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