ひよっこ錬金術師は夢を語る①
うぅ、やっちゃった……
抱き合うようにして倒れたニーナと女の子。気まずさを感じながら恐る恐る顔をあげてみると、押し倒してしまった女の子と目が合った。いたた、と顔をしかめ、片目だけ開けてこちらを見ている。釣り目がちな赤い瞳。きれいな白い肌。同性でありながら可愛い女の子だなと、思わず見とれてしまう。
「重いんだけど、早くどいてくれる?」
ハッとなって、ニーナは慌てて女の子の上から飛びのいた。女の子は落ち着いた様子でゆっくりと立ち上がり、手でさっと服の汚れを落としている。藍色の艶めく髪で耳の上あたりに二つお団子を作った、ツインのお団子ヘアーがなんとも可愛らしい。
「あの、押し倒しちゃってごめんなさい」
「別に気にしない。わざとじゃないのは分かってるし」
女の子は見た目に反して、さばさばとした性格なようだ。服装はよく見ると大胆で、ノースリーブとマントが一体となったような、風変わりな衣服を身につけている。下はミニスカートにロングブーツ。背丈や年齢は自分と似ている。だから第一印象は可愛らしいと感じていたけれど、手足がすらりと長いからか、彼女は自分よりずっと大人びていて、それでいて凛々しくもある。……羨ましい。たとえ小柄でも、自分もこうありたいと願ってしまう。
「……なにジロジロ見てるの?」
「えっ、あっ、その」
「というか、当然だけどアンタ目立ってるわよ?」
言われて気付いた。乗客たちの目はみんなニーナへと向けられていた。大空を飛んで馬車に飛び乗ってきたのだから、当然と言えば当然だ。ニーナは特に意味もなくぺこぺこと頭を下げる。なんだか無性に恥ずかしかった。
頭を下げながら、ニーナはそれとなく周囲を見渡してみる。
ここは幌馬車の荷台部分。二頭の馬が引く馬車の後部にあたる場所で、長椅子が二つ、向かい合うように設置されている。雨風を凌ぐコの字型の白い幕が張られているものの、乗り降りするためか、一番後ろの端の部分が大きく開けたままになっていたので、おかげで飛び乗ることができた。
とりあえずこっち来て座ったら、と促されるままに奥の席へ。
するとそこには一人の、ではなく一匹の先客がいた。ミニブタである。
「おー、嬢ちゃん。なかなか良い飛びっぷりだったぜー」
「うひゃあ!?」
ブ、ブタが喋った!?
まさかの話しかけられると思わなかったニーナは、思わず変な声をあげてしまった。
なんだこのブタさんは。喋るなら喋ると先に言っておいて欲しかった。まあそのときはそのときで、びっくりして変な声をあげちゃうんだろうけど。
「そいつ人の言葉を話すの。珍しいでしょ。でも気にしないで」
ブタさんはかなり態度が大きかった。人間みたいに座面にお尻を付けて、背もたれに寄りかかってくつろいでいる。人の言葉を話すだけでなく、まるで本当に人間かのように振舞っているのだ。しかも、なんとなく気だるそうに見える。
その奥には槍が立てかけられていて、置き場所から見てそれは女の子の持ち物らしかった。穂先が美しい、見事な造りの槍だ。武器には詳しくないけれど、それでも一目見て価値のあるものだと分かる。女の子の服装も風変わりではあるものの上品な造りで、装備にはお金がかかっていそうだ。もしかして実はお金持ちか、あるいは有名な冒険者なのかも。でもブタと旅する少女の話なんて、噂でも聞いたことがない。
ブタの隣に女の子が座り、その隣にニーナも座らせてもらう。
「アタシはシャンテ。こっちはロブ。あなたは?」
藍色お団子ヘアーの女の子がシャンテで、ミニブタさんがロブ、と。
「ニーナです。先ほどは手を貸してくださりありがとうございました」
「気にしないで。それに年も近そうだし、そんなにかしこまらなくてもいいわ。それよりニーナは空を飛んできたけど、魔女だったりするの?」
「ううん、私は錬金術師。空を飛べたのも、おばあちゃんが作ってくれたこの<天使のリュックサック>のおかげなの。シャンテちゃんこそ魔女じゃないの?」
ニーナが訊ねると、どうして、とシャンテは眉間にしわを寄せた。ちょっとばかし不機嫌そうである。
「えっと、人の言葉を話すブタさんを連れているから、てっきりシャンテちゃんは魔女で、そのブタさんは使い魔なのかなと思って」
ニーナは会ったことがないけれど、優秀な魔法使いは使い魔を連れ歩くと聞いている。一般的には黒猫やフクロウが多いようで、主人と会話できるよう人の言葉を話せるのだとか。だからニーナはロブのことを使い魔だと考えた。
けれど、どうやら違うのか、シャンテの返答はなんとも歯切れが悪い。あぁ、うん……そんな感じ、と言葉を濁すのだ。
どうして曖昧な返事をしたのかニーナは気になったが、しかしそれ以上は深く訊ねなかった。なんとなく追及されたくない様子だったし、まだ相手は初対面だ。あまり深く立ち入ることは止めておこうと思った。
シャンテもそれとなく別の話題に変えてくる。
「それよりニーナは錬金術師だって自分で言ってたけど、この馬車に乗ったってことはクノッフェンに行く予定なの?」
「うん、そうだよ。もしかしてシャンテちゃんたちも?」
そうよ、とシャンテは答える。
ニーナはくりりとした琥珀色の瞳を輝かせた。
「目的は観光!? どれぐらい滞在する予定なの!? それとも、冒険者として世界樹に挑戦するつもりなのかな!?」
「ちょっと、ストップ、ストップ! そんなに矢継ぎ早に質問しないで!」
いくら憧れの地を旅することができるとはいえ、一人旅というのは心細くて、一人でも知り合いができてとても嬉しかった。しかも相手は年の近い女の子。だからついはしゃいでしまったのである。
ごめん、としょぼくれるニーナに、いいんだぜ、となぜかロブが答える。
「うちのシャンテは口調こそきついけど、根は良い奴だから仲良くしてやってくれると嬉しいんだぜ」
「勝手なこと言わない!」
どごぉ……!
とでもいう音が聞こえてきそうなげんこつを見舞われ、ロブは涙目だ。この一瞬で主従関係を垣間見たような気がした。
「そうね、旅の目的だけど、アタシは魔女……みたいなものだから、クノッフェンには情報収集を目的として行くの。ほら、あそこ、魔法に詳しい人が多く住んでるって噂じゃない」
なるほど、どうやらシャンテは自分が魔女という設定で話を進めるつもりらしい。ニーナはうんうんと相槌を打つ。
シャンテは魔法に関することだけでなく、クノッフェンの北部に悠然と聳える世界樹や、その周辺に生息する珍しい生き物にも興味があるようだ。魔女として知見を深めたいのだという。知識を得たあとどうするのかまでは話してくれなかった。
「つまり、しばらくはクノッフェンに滞在するんだね!」
「そうなるわね。……って、なんでニーナが嬉しそうなのよ?」
「だって嬉しいんだもん」
ニーナがストレートに感情を伝えると、シャンテは恥ずかしそうに頬をかいた。
「そ、そういうアンタはクノッフェンでなにする予定なのよ?」
「もちろん私は錬金術を学ぶためだよ。クノッフェンは工房都市と呼ばれるだけあって、すべての錬金術師たちにとって憧れの土地なんだ。そんな場所で、私は立派な錬金術師として独り立ちしたい。それがこの旅の目標なの」
「ふーん、なんだか凄そうね。ということは、その翼の生えたリュックサックのなかにも、いろんな魔法の道具が詰まってるわけ?」
「うん! <バケツ雨の卵>とか<マジカルミラーZ>とか……。あっ、そうだ!」
がさごそと、ニーナはリュックに手を突っ込み中身を漁る。これこれ、と取り出したのは真っ赤な液体が怪しく揺れる小瓶だった。
目が点になるシャンテ。ニーナは満面の笑みを浮かべて訊ねてみる。
「これ、私がレシピ開発から手掛けた<激辛レッドポーション>という名前の水薬で、ちょっと……ううん、すっごく辛いんだけど、よかったら試してみませんか?」
「えぇ……なんかすっごく怪しい色をしてるんだけど」
ニーナが小瓶を手渡すと、シャンテは訝しげながらも栓を開ける。
隣ではロブが「俺も俺も」というので、飲めるのかなと疑いながらも、栓を開けてからロブにもあげた。
「うぐっ!? けほっ、けほっ! ちょっと、これ、なにが入ってるの?」
シャンテは匂いを嗅いだだけで咽こんでいる。
でもここまでは想定内。村の人もよく咽ていたから気にしない。ニーナは強気で推していく。
「水に<イノノキ蛸の足>と<ニョッキダケのエキス>と<スロジョアトマト>を混ぜて調合したものなの! 毒は入ってないから、さあ、飲んでみて!」
「飲んでみて、じゃない! というか<スロジョアトマト>ってなに? 初めて聞いたんだけど」
「ミニトマトと唐辛子の仲間を掛け合わせた、まったく新しい野菜です! どう? 凄いでしょ?」
「別の野菜同士を掛け合わせたの!? 信じられない。なんて無茶苦茶な……」
あからさまに嫌そうな反応を見せつつも、シャンテは<激辛レッドポーション>を──




