どっちも頑張る、じゃダメですか?
「……わかりました。やれるだけやってみようと思います!」
「ほんとう!?」
ロゼッタの顔にぱっと笑顔の花が咲く。それはニーナの前で始めてみせた喜びの表情であった。恥ずかしかったのか、すぐにすまし顔に戻ってしまうけれども、でもその嬉しそうな表情を見て引き受けてよかったとニーナは思う。
けれど、やはりというか、シャンテは反対のようで。きっ、と切れ長の瞳が向けられる。
「ちょっと、そんな安請け合いして大丈夫なの? なんとかなりそうなの?」
「そ、それは調合に取り掛かってみないとわかんないけど」
「<青空マーケット>はどうするの?」
「そっちも頑張る」
「二つを同時並行するなんて、そんな器用なことができる性格だっけ?」
「うっ……でもでも、ロゼッタさんが望む商品を開発できれば、それはそれで<青空マーケット>でも売れると思うんだよね。出店に向けてどのみちなにか新しい商品を開発しなきゃと思ってたし、ロゼッタさんの依頼の延長線上に<青空マーケット>があるんだと思えば、二つとも頑張るのは間違ってないと思うんだ」
そう訴えると、シャンテは唇を結んだまま黙ってしまう。シャンテとしてはロブのためにも<青空マーケット>に全力を傾けたいのだろう。その気持ちがわかるからこそ、ニーナは胸が痛かった。
もしかしたらこの判断は間違っていたのかもしれない。
ロゼッタには悪いが、やはり断ったほうが良かったのだろうか。
そう思い始めたところで、シャンテがなにかを諦めたようにため息をついた。
「……はぁ。確かにニーナの言うことも一理あるかもね。それにこうなったらもう、なにがなんでも依頼を受けるつもりなんでしょう?」
「うん!」
またもため息を一つ。シャンテはロゼッタのほうへと向き直る。
「どうしてニーナのことを選んだのかは知りませんが、この子はまだまだ新米錬金術師なんです。やる気は十二分ですけど、たまに空回りするというか、とにかくロゼッタさんが望む商品を作れるかどうかなんてわかりません。むしろ失敗する確率の方が高いかも。それでもいいんですか?」
シャンテはロゼッタに訴えかけた。
ところがロゼッタはそれでも構わないという。
「いいのよ。どのみち他の人にはみんな断られてしまったもの。たとえ発明が失敗に終わったとしても、私はあなた方を責めない。開発にかかった費用もこちらで補償しますわ」
「……報酬の話がまだでしたね。そこまで仰ってくれるのでしたら、前金として25万ベリル。依頼を見事に達成したら、さらに25万ベリルを上乗せして頂きたいです」
「ちょっと、シャンテちゃん!?」
いきなり何を言い出すの!?
勝手に契約金の話を進めたことにも驚いたけれど、それ以上に金額がおかしい。25万ベリルといえば出立前に家族からもらった金額とほぼ同じ額。<青空マーケット>で優秀店舗に送られる賞金よりも多い。贅沢しなければ二か月は余裕で暮らせるような大金を、しかも調合に成功したらさらに25万ベリルも上乗せして欲しいだなんて、そんな無茶な要求が通るわけ……
「それで構いませんわよ」
「ええっ!?」
思わず大きな声を出してしまった。
あれ、これ、私の感覚がおかしいのだろうか。
ニーナはわからなくなる。たしかロゼッタは自らを「フランドール商会の会長の娘」だと名乗っていたから、これぐらいは普通なのかもしれない。そしてシャンテは相手の素性を知ったうえで、この金額を要求したのかもしれない。
でも、本当にこんな要求をしちゃってもいいの?
「えっと、私はそんなにもいらないかな、なんて」
申し訳なくなって、ニーナは思わず本音を漏らす。もらえるものは欲しいけれど、でもなんだか悪いことをしているようで、いたたまれないのである。
するとシャンテはまた一つため息をついた。
「アンタねぇ。アタシは別に法外な要求を吹っ掛けたわけじゃないのよ? それに開発には元手が必要でしょ。錬金術は何かとお金がかかるのは、<ハネウマブーツ>の開発で身に染みて経験したじゃない。だからこそ研究費として前金を貰っておくことは大事なの」
「こちらの方の言う通りですわ。錬金術や科学の分野において先行投資は必要経費ですもの。舞踏会に出席するためなら、私はお金を惜しみません。これでは足りないというのであれば、いくらでも──」
「だ、大丈夫です! これだけ頂ければ十分ですので。はい、とにかく頑張ります」
「そう。それは良かったわ。それでは明日にでも前金を用意させるから、すぐにでもレシピ開発に取り組んで頂戴ね。……ああ、そうそう、依頼品はどのような形でも構わないと言いましたけれど、私は辛いものと苦いものと酸味が強すぎるものは苦手なの。もし薬のような口に含んで使用するものであれば、味は考慮してくださいましてね。それでは」
味は考慮しなくちゃいけないのか。それはまた難題だなぁ、とニーナは苦笑した。
ロゼッタが椅子から立ち上がり、玄関へと向かう。すぐにその後ろを使い魔であるシャルトスが追った。テーブルの上からぴょんと飛び降りて、そしてこちらを振り返る。
「せいぜい頑張ることだね。まあ、期待せずに待ってるよ」
な、なんて憎たらしい猫ちゃんだ!
利口そうだなと、良いように思っていたのに。こうなったら絶対にレシピを完成させて、あの生意気な猫を見返してやる。ふりふりと尻尾を振る猫の後ろ姿を眺めながら、ニーナは心に闘志の炎を燃やすのであった。
◆
ロゼッタたちを見送ったニーナは、すぐに出かける支度をする。目指すは素材屋。まずは十日後に迫る舞踏会に向けて、依頼品を調合するための素材を探しに行こう。リュックサックを背負い、ベレー帽を被り、<小言うるさいガマ口財布>の中身を確認してから、ドアに手を伸ばした。
「はい、待った」
「ひゃあっ」
ところで、首根っこを掴まれた。
「えっと、シャンテちゃん?」
どうして引き止められたのか分からず、ニーナは首筋を掴まれたまま振り返る。
「もしかして、いまから素材屋にでも行こうとしてない?」
「そ、そうだけど、だめだったかな?」
あれ、シャンテちゃんが怖い。
なにか怒らせるようなことしたかな?
それとも、やっぱり──
「ロゼッタさんからの依頼を引き受けたこと、やっぱり怒ってる?」
「別に怒ってはないわよ。よく考えてみれば、イベント当日までまだ約二十日あるけど、そのあいだ仕事しないわけにもいかないなってアタシも思ったところ。準備にだってお金が必要だということを考えてみても、ロゼッタからの依頼はちょうどよかったんじゃない?」
……よかった。依頼の件について意外と前向きに考えてくれているようで、ほっと心のなかで安どのため息を漏らす。
「そうだよね。でもだとしたら、どうして引き止めるの?」
「なんとなくだけど、甘いこと考えてるんじゃないかなと思って。ニーナのことだから<青空マーケット>の準備も、ロゼッタからの依頼も、どちらも全力で取り組もうとしてるんでしょうけどさ。ここはまず期日が近い依頼品の制作から速攻で取り掛かって、パパっと終わらせて、それから<青空マーケット>についてゆっくり考えよう……とか思ってない?」
「う、うん、そうだけど、なにか問題あるかな?」
「ええ、問題大ありよ」
えぇ、どうして?
期日が近い方から取り組むことは間違っていないように思うけれども。
ドアに伸ばしかけた手を下ろして、ニーナはシャンテの方にきちんと向き直る。
「あのさ、訊くけどさ、新商品の開発ってどれだけ時間がかかるの?」
「それはやってみないと分かんないよ」
「そうよね。アタシもそう思う。それじゃあさ、期日ギリギリまで完成しないことだってあるわよね?」
「うん、そうなる可能性はあると思う」
むしろ、期日いっぱいまで時間を使っても完成しない可能性の方が高いかもしれない。こればかりは取り掛かってみないと予測がつかないのである。
「もしそうなったらさ、<青空マーケット>の出店準備は舞踏会が終わってからの十日ほどしか時間がないけど、それで間に合うの?」
「それは……やってみなきゃわかんない」
「わかんないじゃダメでしょ。ちゃんと計画立てて実行していかないと」
そうだよね、とニーナは深く頷いた。今回のイベントは、ロブが人間に戻れるかどうかがかかっている。適当に取り組んでいいはずがなかった。
ただそれはそれで、どうすればいいかニーナはわからない。チラシは一通り読んだものの、イベントの規模も、年齢層も、客の好みもわからないのに、なにをどう計画すればいいのだろう。
感じた疑問をそのまま口にすると、たしかにね、とシャンテも悩んでしまう。
「それじゃあさ、<青空マーケット>や商品を売るコツを知るためにも、まずはメイリィのところに行って話を訊いてみるってのはどう?」
「あっ、それいいと思う! この街で長く商いをするメイリィさんなら色々とアドバイスくれそうだよね!」
「よし、それじゃあアタシも一緒に行くから、ニーナはメモとペンを用意しておいて」
そう言ってシャンテは羽織物を取りに二階へと上がっていった。これまでも事あるごとに協力してくれたシャンテだが、今回は気合の入りようが違う。なにせ幻の錬金素材を手に入れられるまたとないチャンスなのだ。なんだかんだ言いつつもシャンテがいつもロブのことを大切に想っていることを知っているからこそ、そしてニーナ自身もシャンテとロブのことが大好きだからこそ、今回のイベントはなにがなんでも成功させたい。ロゼッタからの依頼を半ば強引に引き受けてしまった以上、より一層頑張ろうと思うのだ。




