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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
5章 ロゼッタお嬢様のわがままな依頼
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ロゼッタお嬢様からの依頼

 突然喋り出した猫。

 ニーナとシャンテは不意打ちを喰らったように呆気に取られてしまう。


 けれど当の本人|(本猫?)はすまし顔で家のなかへと入っていくと、テーブルの上に飛び乗り、勝手にくつろぎ始める。ニーナたちはその一連の行動を呆然と目で追っていた。


「あなた、いつまでわたくしをここに立たせておくつもりなのかしら」


「あ、ごめんなさい」


 赤いドレスの太った女性に問われて、ニーナは反射的に謝った。

 待たされてイライラしているらしい。よく通る綺麗な声だけれど、物言いはトゲトゲしく、太った外見と相まって、なんだか威圧されているようである。


「えっと、本日はどのような御用件で?」


 恐る恐る訊ねてみると、女性は不機嫌そうに眉をひそめる。


「わざわざ錬金術師の家を訪ねてきた相手に用件を訊く必要があるのかしら?」


「もしかして、私に依頼ですかっ!?」


 相手が依頼人だと分かったニーナは声を弾ませた。若干引き気味だった姿勢はむしろ前のめりになり、琥珀色の瞳を爛々と輝かせる。錬金術師として名が知られていることも、他ではなく自分を選んで依頼してくれたことも、どちらもすごく光栄なこと。ニーナは、さあさあどうぞなかへ、とさっそく相手を招き入れた。


 女性は白い肌をプルンと揺らしながら玄関の扉をくぐり、右手に持っていた箒を扉の近くに立てかける。それを見て、おや、とニーナは思う。いままで他のことに気を取られて気付かなかったけれど、箒を手にして訪ねてきたということは。


「もしかして、あなたは魔女なのですか?」


「他にどう見えまして?」


 そう言われると魔女にしか見えないのだけれど、なにぶん他のことが気になり過ぎて。体型とか、派手な服装とか、喋る猫とか。

 けれどこれで猫が言葉を話した理由も納得できる。つまりは、彼女の使い魔だったのだ。


「狭苦しいところですが、どうぞお座りください」


 ニーナは椅子を引いて、普段シャンテが座るところに腰かけてもらう。小さめの椅子は女性が座るとより小さく見えた。なんだか、みしみしと、椅子が悲鳴を上げているようにも感じられる。たぶん気のせいじゃなくて。


「アタシがお茶入れるわ。冷たいのでいいですよね?」


「ええ、お願いしますわ」


 よく見ると、女性は額に汗を掻いていた。

 さすが、シャンテはこういうところに気が付くからえらい。

 けれど、ここまで坂道を歩いて来たというのならともかく、箒に乗ってきたのに汗を掻いているなんて、よっぽど暑がりのようだ。やっぱり体型に問題あるんじゃないかな。


 ──とと、なにを考えているの私は。相手はお客さんだよ?


 ニーナは失礼な考えを頭の隅に追いやり、ひとまずはと、女性に名前を訊ねる。

 すると女性はまたも眉をひそめて言う。


「まずはあなたたちから名乗るのが礼儀ではなくて?」


 私のことを知ってて訪ねてきてくれたんじゃないの?

 ……と言いたくなるのを、ニーナはぐっとこらえる。相手はお客さん。これぐらいで怒っちゃダメだ。ニーナは顔に笑顔を張り付けて自己紹介する。


「私は錬金術師のニーナです。それから同居人であり、冒険者でもあるシャンテちゃんと、そこでボケーっと何考えているか分からない顔をしているのがロブさんです」


「ブタにさん付けするなんて、あなた変わってるわね」


「そう……かもしれないですね。あはは……」


 変なところが気にかかるんだなと思いつつも、ニーナは相手に合わせて愛想笑いを浮かべておく。

 女性は、ごほん、とわざとらしく咳払いをした。


「私はロゼッタ・フランドール。フランドール商会会長の一人娘よ。そしてこちらは私の使い魔であるシャルトス。今日は既に話した通り、あなたにお願いしたいことがあってきたの」


 ついに来た、依頼の話。

 ニーナはピンと背筋を伸ばす。


「それで、依頼したいこととはどのようなことなのでしょうか」


 ニーナが訊ねるとロゼッタはぱちんと指を鳴らした。

 すると何もないところから白いドレスが現れる。いまロゼッタが身を包む主張の激しめな赤いドレスとは対照的な、清楚で飾り気のない純白のドレスだ。衣装は腰の辺りがキュッとくびれており、明らかに細身の女性を意識して作られたのだと分かる。それがロゼッタの隣でふわふわと浮かんでいる。


「私のお願いは、来たる十日後の舞踏会に、このドレスが着られるように私の体型を改善することよ」


 えっと、それってつまり。


「痩せたい、ということですか?」


「まあ、端的に言えばそうですわね」


「やっぱり体型を気にしてたんですね」


「やっぱりって、それはどういう意味かしら?」


 しまった、と口元に両手を当ててももう遅い。

 ロゼッタは凄い形相でニーナのことを睨みつけていた。

 するとそこへシャンテがやってきて、どうぞ、と女性の前にグラスを置いた。水出しのカモミールティーである。ロゼッタはのどが渇いていたのか、すぐにそれに口をつけた。


「どうでしょう。安物ではありますが、お口にあいますでしょうか」


「ええ、美味しいわ」


 ロゼッタに笑みはないけれど、それでも出されたものには満足しているみたいだ。

 ほんと、ナイスタイミングだよシャンテちゃん。


「どうして舞踏会にそのドレスを着たいと思ったのか、理由を訊かせてもらってもいいですか?」


「それがなにか調合に関係するのかしら?」


「えっと、そういうわけじゃないんですけど」


「……まあいいですわ。理由はとっても単純。というのもね、私、恋をしているの。お相手は隣り町に住む貴族で、名前はグローメルさん。とても素敵な殿方なのだけれど……語り始めると止まらなくなるから、それはまた別の機会にお話するとして、とにかく私はグローメルさんとお付き合いがしたい。近くでお話がしたい。舞踏会で一緒にダンスを踊りたい。でも、この体ではさすがにダンスを踊ることが難しくて。だから必死に痩せようと努力したの。食事を一日五食から三食に減らしたり、食後のデザートも我慢してプリン一つだけにしたり、毎朝庭のなかを散歩したりね」


 あの、それって努力したうちに入らないんじゃ……

 しかしロゼッタは、これでも随分と痩せた方だと言う。


「理想体型には着々と近づいている。けれども、さすがに舞踏会までにドレスを着ることは無理そうだと私も焦っているのよ」


 でしょうね。十日後に白いドレスを着ようなんて絶対に無理だろうな。

 それこそ魔法の力でも借りない限り。


 ロゼッタがまたぱちんと指を鳴らした。次に現れたのは一枚の写真である。

 テーブルの上に差し出されたそれをニーナは覗き込む。


 白いドレスに身を包む少女の写真。これまた白い、つばの大きな帽子を両手で押さえてはにかんでいる。撮影場所はどこぞの海岸線。少女の美しさとも相まって、とても絵になる一枚だけれども。


「えっ、ここに映っている美少女って、もしかしてロゼッタさんなのですか!?」


「そうよ。面影がありますでしょ?」


 思わず叫んでしまった。けれど、そうしてしまうぐらい、写真に映っている少女と目の前の女性は別人だった。たしかに面影はあるけれど、なにも言われなければ同一人物だとは誰も思わないだろう。


 ニーナの言葉に反応したのだろうか、いままで話し合いにまったく興味を示さなかったロブがやってきて、ぴょんとジャンプしてテーブルにしがみつく。そして写真を覗き込んだ。


「うっひょー、これは確かに美人だなー」


 ロブがさっそく食いついた。このエロブタは美しい女性に目がないのである。

 シャンテが軽蔑の眼差しを兄に送るが、悲しいかな、ロブは写真に映る少女に夢中だ。


「えっと、この写真はいつ頃撮影されたものですか?」


「ちょうど十年前の私の誕生日、十六歳となったお祝いにドレスをプレゼントしてもらったときのことよ」


 えっ、これで十六歳!?

 なんとまあ立派な体つきなのでしょう。ニーナは途端に羨ましくなる。


 写真のなかのロゼッタはお世辞抜きに美人だった。このころはすらりと痩せており、それでいて胸元がざっくりと開いたドレスを着こなせるだけの豊満な胸もお持ちである。ブロンドヘアーも美しく、意味ありげな微笑がとても似合っている。ニーナと一つしか違わないというのに、随分と大人びてみえた。


 たしかに、このころの魅力的な姿に近づくことができれば、相手が誰であろうと目を引くことはできそうだ。そこから恋愛に発展するかどうかはロゼッタ次第だとして、美しくなりたい、相手に綺麗だと思ってもらいたいという気持ちならニーナにもわかる。


 ただ、それでもいくつか疑問は残るわけで。


「えっと、写真に映る理想の自分に近づきたいという気持ちは伝わりましたが、私の知る限り、変身魔法というのは時間制限のあるものがほとんどです。そう都合よく痩せてそのまま、というのは無理だと思います」


「それぐらいは私も魔女だから理解してるわ。だからあなたに望むのは、舞踏会が開かれる間だけでもいいから体型を変化させられるもの。形状は問わない。薬でも香水でも装飾品でも、なんでも構わないの」


「そうですか。ちなみに、ご自身の魔法では無理だったのですか?」


「それは真っ先に試したけれど、どうも上手くいかないの。思ったほど痩せないか、痩せすぎてしまうか。綺麗に痩せたと喜んだときも、よく見たら胸がペタンコになってしまってて。こんな貧相な胸ではグローメルさんに振り向いて頂けないと思って、錬金術師を頼ることにしたの」


 あはは……

 なんだか自身の慎ましい胸を全否定されたようで辛い。

 うん、とりあえずその怒りは抑えてね、シャンテちゃん。


「あなた以外の錬金術師にはみんな断られてしまったの。そんなのムリだって。あるいは、いまは時期が悪いから引き受けられないって。ねえ、とりあえず舞踏会のときだけでもいい。そのあと元の姿に戻ったとしてもいいの。そのうち自分の力で痩せて綺麗になってみせるから。だからお願い。あなたの錬金術の力を貸してくださらないかしら?」


 依頼を受けるべきか、それとも。

 テーブルの端に置かれた<青空マーケット>のチラシが目に入る。舞踏会は十日後。イベントはさらに十日後の週末だ。この依頼を引き受けると出店準備に時間をかけられなくなる。そしてロゼッタの願いを叶えるレシピが現時点で頭のなかに浮かんでいるかというと、それはノーである。


 シャンテとロブのためにも、<青空マーケット>の準備をないがしろにするわけにはいかない。依頼を達成する自信がないのであれば、ここはお断りするのが賢い選択なんだろうけれど……

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