ハネウマブーツは跳ね馬でじゃじゃ馬
んぐぐ……
んぐぐぐぅ……
な、なんでこんなことになっちゃったんだろう。
というか、いつまでこうしてなきゃいけないの?
いや、これは予想すべきだった。私が作る発明品はいつも、良くも悪くも性能が尖り過ぎている。だからこうなる可能性を考えて、初めから力いっぱい跳ぶなんて愚かなことは止めておくべきだった。好奇心に負けてしまった自分がいまとなっては腹立たしいというか、情けないというか。
「──ねぇ」
耳に入ってくる女性の声。
この声は……!
「た、助けてぇー!」
「やっぱりそれ、わざとじゃないのね」
ため息まじりの言葉が聞こえる。顔は見えないけれど、呆れられているんだなというのが声色で伝わってくる。
ニーナはフリフリとお尻を振った。これが精いっぱいの「助けて」の合図。
というのもいま、ニーナは頭から煙突に突き刺さって身動きが取れなくなっていた。<ハネウマブーツ>の性能を確かめるために真上に高くジャンプしたつもりが、扱いが難しすぎて、あろうことか煙突に突き刺さってしまったのである。
少しばかり待つ。シャンテが苦労しつつも屋根の上によじ登ってくる音が聞こえる。なんでアタシが、って文句を言ってる。ごめんなさい、と素直に謝る。返事はため息だ。
「今から引き抜くけど、慌てずにね。ここが二階の屋根の上だってこと忘れないでよ?」
「うん、お願いします」
腰に手を回してもらって、引っこ抜いてもらって、そうしてようやく青空を見ることができた。実に一時間以上ぶりの、明るい空の下である。シャンテが戻って来てくれなければ、いつまでもお尻を突き出す恥ずかしい姿勢でいなくてはいけなかった。時折風が吹いてスカートがひらひらしてるのが分かっていたので、ずっと顔を赤らめていた。
「あ、ありがとうございます」
「どうも。……で、おそらく原因はその靴なんでしょうけど、なにをどうすれば煙突に頭から突き刺さるのか説明してくれる?」
「えっと、<ハネウマブーツ>は跳ね馬でじゃじゃ馬だった」
「ちゃんと説明しないと、もう一度煙突に突き刺すわよ」
「ご、ごめんなさい。きちんと説明させていただきますと、<ハネウマブーツ>の性能は私の予想をはるかに上回ったのですが、ちょっと魔力の込め方に失敗するだけであらぬ方向に跳んでしまうじゃじゃ馬のような発明品に仕上がっておりまして。真上に高く跳んだつもりがあっちへぴょーん、こっちへぴょーん。木にぶつかったり壁に激突しているうちに屋根より高く跳んでしまって、気付いたら手と頭がすっぽりと煙突のなかに入ってしまった次第です」
「止まる機能は付いてないの?」
「ううん、本当はどれだけ高く跳んでもピタって着地できるはずなんだけど、私は焦ってしまって止まれませんでした」
「なるほどね。まあとりあえず降りて、顔を洗って着替えなさい。アンタ、煤だらけよ」
あはは……
そうだよね。だって手のひらも真っ黒だもん。そりゃあ顔も煤だらけだよね。
ニーナは<ハネウマブーツ>を脱ぐと、シャンテの手を借りつつ家のなかへと戻った。汚れていたのは顔だけでは済まなかったので、結局全部脱いでシャワーを浴びることにした。お気に入りの朱色の上着は途中で脱いでいたため汚れずに済んだけれど、それでも洋服は真っ黒だ。これ、ちゃんと汚れが落ちるか心配だなぁ。
髪を乾かし、シャンテが作ってくれた昼食をいただく。メニューはウサギの肉を使ったトマト煮込み。シャンテは<マッスルウサギ>に逃げられたことを根に持っているのか、あの日以来たびたびウサギの肉が食卓に並ぶようになった。
ねぇ、と食べ終わったころシャンテは言う。
「あの靴、アタシも試してみてもいい?」
「いいけど、すごく扱いづらいよ?」
自分の口から失敗作だとかガラクタ品だとは言いたくない。
けれど、あれで完成品だとも言えない。どう考えても改良が必要だろう。
「そうね。というか、イザベラのために開発を始めたはずなのに、どうしてあんなじゃじゃ馬が生まれたのかしらね」
「あはは……。<メーデスの人喰い馬の革>を手にしたとき、どこまでも高く跳べる靴を思いついちゃって、気付いたらこうなってました。閃きに身を任せてしまう、私の悪い癖です」
「なるほど、その悪癖の結果が<七曲がりサンダーワンド>や<激辛レッドポーション>というわけか」
「うぅ、おっしゃる通りです……」
「まっ、それでいいんじゃない。アタシはそんなニーナの発明品に興味があるし。というわけで借りるわね」
「あっ、私もいくっ」
食器をシンクに置いて、それからシャンテのあとを追って外に出る。シャンテは既に履き替えており、靴の感触を確かめている。これにはロブも興味があるのか、珍しく自分から家の外に出てきた。あるいは妹が怪我をしてしまってはいけないと、さりげなく見守るつもりなのかも。もしそうだったら素敵だな、とニーナは秘かに思う。
「ねえ、これ使い方は?」
「足の裏に魔力を込めるだけだよ。シャンテちゃんに使ってもらうつもりで開発したから、ごく少量の魔力で反応するようにしてみたんだけど、ちょっと反応が過敏すぎるから気を付けて」
「りょーかい。それじゃあ試してみるわ」
シャンテは少しだけ膝を曲げて、そして軽くジャンプする。
ところが、それだけでニーナの身長を軽く超えてしまった。これにはシャンテも目を丸くする。
「えっ、これすごい!? ほんとに少ししか魔力込めてないのに、こんなにも跳べるの?」
「でしょ!? すごいでしょ!」
「うん、これは初めて試したときに焦っちゃうのも無理ないかもね。だからって煙突に突き刺さるのは意味わかんないけど」
「うぅ、それは言わないでぇ」
シャンテは軽口を叩きながらも、その場でぴょんぴょんと軽快にジャンプを重ねる。それから右足、左足と、片足ずつ交互に試してみる。するとあっちへふらふらー、こっちへふらふらー。
「これ、足の裏にまんべんなく魔力を込めなくちゃいけないから難しいわね。気を抜いたら全然意識しない方向に跳んでっちゃうわ」
「でも、シャンテちゃん上手だよ。私のときと大違い。なにかコツとかあるの?」
シャンテは<ハネウマブーツ>の扱いに苦労しながらも、大きく崩れることなく、両手でしっかりとバランスを取りながら跳び続けている。藍色の髪をなびかせて無邪気に跳ねまわる姿は、まるで踊り子のようだ。
「うーん、どうだろう? やっぱり魔力欠乏症が関係してるのかな。普段から少ない魔力を無駄にしないために、魔法を使うときも最小限の魔力だけを込めるように意識してるからさ、たぶんそれが良いように影響してるんだと思う」
「そっか。だからコントロールが上手なんだ」
「そういうこと。よしっ、段々と慣れてきたし、ちょっと高めに跳んでみようかな」
シャンテは一度しっかりと着地すると、一つ深呼吸をして、そして両足で踏み切り大きくジャンプ。屋根の上まで悠々と到達するほどの垂直跳びを見せた。空中での姿勢もバッチリである。
そのままシャンテは頂点の辺りでくるりと反転すると、空に身を投げ出しながら街の景色を一望する。
いま、シャンテの目にはどんな光景が映っているんだろうか。やっぱり窓から見るよりも素敵に思えるんだろうな。
「ニーナ!」
「どうしたのっ?」
シャンテが高いところから降りてくる。ぴょん、と一度では衝撃を殺しきれずに軽くその場でホップしたものの、それでも見事な着地である。
「どうだった、街の景色は?」
「それどころじゃないっ! 街が燃えてるんだ! なにかおっきなものが暴れてるんだよ!」
「えっ、おっきなものって?」
「たぶんだけど、あれは──」
ニーナは絶句した。
信じたくない。だって、そんな、まさか……
シャンテが口にした暴れまわるものの正体。
それは頑鉄ジジイの家だった。




