エピローグ ひよっこ錬金術師の羽ばたき
最終話です
ここまでお読みくださったすべての人々に感謝を
ありがとうございます!
ウロボロスが起こしたテロ事件から早くも十日あまり。工房都市クノッフェンはすっかり平穏を取り戻したものの、ニーナ自身は忙しい日々を送っていた。
事件後、アデリーナより事の顛末を聞かされた。驚くことに、事件の首謀者はまさかのモーゼス。財団の理事を務めるだけでなく、アルケミー賞の主催ともあろう人物がウロボロスと結託していたと知らされて、ニーナはただただ驚くばかりだった。しかも犯行の動機が「世界を驚かせてみたかった」という、いつもニーナが胸に秘めている目標と同じだと知り、なんとも言えない気持ちになった。
また今回の件には間接的にアレクが関わっていたと知り、さらに驚いた。幸いといっていいのかわからないが、アレクは計画の詳細を知らされておらず、ウロボロスとも一切かかわっていなかったそうだ。事件が明るみになるとアレクはモーゼスより受け取った金銭をすべて返上。ニーナたちに謝罪するとともに、一度故郷に戻り、これからも冒険家を続けていくかゆっくり考えてみるそうだ。
ニーナも近々故郷に戻ろうと思っている。もちろんこれからもクノッフェンの錬金術師として活動していくつもりなのだが、一度リンド村に帰って自分の成長を見てもらいたい。錬金術師を志すきっかけをくれたおばあちゃんの前で調合がしたい。それから、いつも支えてくれるシャンテとロブに、生まれ育った故郷を見せたいと思うのだ。
しかし、それもこれもまずはこの忙しさにひと区切りを付けてから。
あの日以来、ニーナのもとには取材の依頼が殺到していた。ちょうどいまも「事件を解決に導いた話題の錬金術師」として、女性記者より取材を受けている最中である。場所はニーナたちが暮らす家。互いに向き合うように椅子に座っている。テーブルの上にはシャンテが淹れてくれたアイスティーが。若くて綺麗な女性を前に、ロブはデレデレだ。
「つまり同居人のお兄さんのために<輝く世界樹の葉>を求めたというのに、お兄さんはブタの生活が気に入って、好き好んでこの姿でいるということですか?」
「あはは、そういうことになりますね」
ニーナは困ったように眉尻を下げる。
ロブにかけられた<アニメタモルの呪い>は無事に解かれた。いまはいつでも自由に変身が可能で、さらにいえばブタの姿のままでも魔法が使えるようになった。けれどロブは、人間の姿だと色々ちゃんとしないといけないから面倒だと言って、ほぼ一日中ブタの姿で暮らしている。毎日違う服を着るのがめんどくさいらしいのだ。
なーなー、とロブがつぶらな瞳で記者を見上げる。
「お姉さんがどうしても見たいって言うなら、俺、いまここで華麗に変身しちゃうんだぜ」
「えっ?」
「ほら、記事には写真も必要だろ? 俺の写真が欲しいっていうなら、いくらでも撮ってくれて構わないんだぜ。サインも欲しいなら」
──どごぉ!
調子に乗るな、とばかりにげんこつが炸裂する。
ニーナは苦笑しつつ、先に進めてくださいと記者に促した。
「旅の成果として<輝く世界樹の葉>をそれぞれ一枚ずつ手に入れられたとのことですが、一つは解呪薬として、もう一つは世界を救った杖の材料として使われたことと思います。では残る一枚は何に使ったのでしょう?」
「あぁ……えっと、実はですね、失敗しちゃいました」
「え、失敗?」
「いや、いちおう形にはなったんですけどね? さっき話した、おばあちゃんが調合した<天使のリュックサック>をまねて、オリジナルの空飛ぶリュックを作ろうと思ったんですよ。けどせっかく<輝く世界樹の葉>を使うなら、空飛ぶだけじゃなくて別の特性も盛り込みたいなぁと欲張っちゃいまして。自分で考えて空を飛び、自動で採取活動をしてくれる、そんなリュックを目指したんです」
「つまり、放し飼いのできるリュックサック、ということでしょうか?」
「あ、うまい例えですね。そうなんです。まさに放し飼いです。そして私が願った通り、自分で考えて行動してくれる魔法のリュックが完成したんです」
「おぉ、それはおめでとうございます!」
あれ、でも待って下さい、と女性は首を傾げる。
「たしか先ほど調合は失敗に終わったと仰ってましたよね?」
「そうなんですよ。いやあ、これがですね、自由奔放過ぎると言いますか、ちっとも私の言うことを訊いてくれないんです。この前もリュックを背負った私がなにも命じていないのに勝手に羽ばたき始めて、そのまま世界樹の頂上まで連れていかれちゃいました。箒郵便さんに迎えに来てもらえなければ、今頃どうなっていたことやら」
「それはとんだ災難でしたね……」
「ええ、まったく。しかもそれだけじゃなくて、採取活動も無茶苦茶なんです。植物図鑑を見せながら木の実を採ってきてと頼んだのに、いざ帰ってきてみたら、リュックいっぱいに虫を詰め込んできておりまして。蜘蛛やらムカデやらゴキブリやらがワラワラと這い出てきて、それを見たシャンテちゃんが悲鳴を上げる大惨事となったんです。シャンテちゃん、虫嫌いなので」
いやいや、あれは虫嫌いじゃなくたって悲鳴を上げるわよ、とシャンテが抗議する。それに記者も大きく頷いた。
そんな笑い話のさなか、玄関の扉が開いた。三馬鹿こと、オドとバッカスとジェイコブが、頼んでいたポーションを手にやって来たのである。ここに来る途中で出会ったというミスティと、その愛犬のマルも一緒だ。
「お仕事中にすんません。今月分のポーション持ってきました。それと、さっき空見上げたら姉さんの作ったリュックがこっち向かって飛んでましたよ? なんかもごもごと動いてましたが」
「またなにか採ってきてくれたみたいですね。今日はなんだろう? あ、記者さんも一緒に確認します?」
「えっと、そこは遠慮したいかな、なんて……」
女性は顔を引きつらせている。先に虫の話をしたのは失敗だったか。
そろそろお暇するという記者はニーナに最後の質問をする。
「翌月に控える青空マーケットへの意気込みを訊かせてください」
「はい。二度目の参加となる青空マーケットでは、今年こそ優勝を狙っています。昨年はなにもわからないまま準備に追われていましたが、今年は違います。大変好評をいただいている<絶対快眠アイマスク>や<夢枕ペアセット>をたくさんご用意してます。青空マーケット限定の特別価格での販売ですので、ぜひご来店のほどよろしくお願いします!」
「巨大ゴーレム事件でもニーナさんは話題の人となりましたが、そのとき活躍された<七曲りサンダーワンド>は販売されるのでしょうか?」
「もちろんです! 他にもたくさん、たーっくさんご用意しておりますので、色んな人に私の作品を見てもらいたいです。そしてそこで優勝して、アルケミー賞の代わりに新設されるという噂の賞を受賞する初めての人になって、歴史に名を刻みたいです。私の夢は世界をあっと言わせる発明を成し遂げることと、偉大なる錬金術師たちと肩を並べることなんです。なので今年はそうした一年となるように頑張りたいです!」
「そのうちの半分は今回の件で叶ったように思われますが?」
「いえいえ、私なんてまだまだ。あの杖も<輝く世界樹の葉>の力を借りただけに過ぎないので。もっと錬金術を学んで、みんなを幸せにする発明を成し遂げたいです!」
ニーナの夢は終わらない。
ひよっこ錬金術師はいままさに羽ばたき始めたばかりなのである。




