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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
第16章 世界をあっと言わせる大発明を
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魔術結社ウロボロス②

 数日かけて登った険しい道のりもなんのその、ニーナたちを乗せたフラウの箒はわずか数十分でマヒュルテの森を横断する。


 気になっていることがいくつもあった。リムステラが解放されるかもしれないという話は本当なのか。そもそも、誰がどういう目的で魔女を救い出そうとしているのか。そして、そんなことが本当に実現可能なのかどうか。ニーナは邪魔をしてはいけないと思いつつも、無言で箒を操るフラウに疑問を投げかける。


「私にもよくわからないんですけどね、騎士団の副団長さんはとても深刻な表情をしていましたから、状況が良くないことは間違いないと思います」


「クリストフさんがフラウさんに、私たちを呼びに行って欲しいとお願いしたんですか?」


「そうです。箒郵便として依頼を受けて来たのですよ。……団長のアデリーナさんは会場内で警備していたそうなので、恐らくは他の人質たちと一緒に捕らえられているのだと思います」


 矢のような速さでクノッフェンの上空を切り裂いていく。フラウの後ろで身をかがめるニーナの目に、事件が起きた時計台の姿が入ってきた。


「なんですか、あの黒いの。動いているみたいですけど?」


 なにか巨大な黒い影が、時計台に巻き付いている。


「ウロボロスというそうです。事件を起こした魔術結社の名前ともなっている、蛇の姿をした伝説上の悪魔ですね。恐らくは本物ではなく人工の悪魔だろうと副団長さんは仰ってましたが、見るからに厄介そうですよね。街の人たちも恐怖を感じているみたいで、遠くに避難する動きもあるようです」


 そんなことを話しているあいだにも、ニーナたちを乗せた箒は早くも事件の爆心地へと到達する。辺りは騒然としており、周囲を取り囲む騎士と野次馬とがごっちゃになっているように見える。また箒に乗った魔法使いたちが上空をゆっくりと旋回しながら、辺りを警戒していた。


 フラウは現場の対応に当たっていたクリストフを見つけると、箒をゆっくりと降下させる。


「来てくれたか」


「はい。それで、いまどんな状況なんですか? リムステラは本当に解放されることになりそうなのですか?」


「順を追って説明しよう。まず事件が起きたのがいまから二時間前のこと。初めに会場内で爆発が起き、瞬く間にテロリストどもが現場を制圧。さらにその場にいた者たちすべてに呪いをかけることで、参加者全員を人質に取った。彼らの要求は魔女リムステラの引き渡し。あと二時間以内に開放されなければ、人質の命は保証しないとのことだ」


「仮に魔女を引き渡したとして、ちゃんと人質を解放してもらえるの?」


 シャンテがもっともな疑問を口にする。


「彼らは魔女の引き渡しを要求する際、既にパーティーに参加していた子供たちを解放している。だからある程度は信頼できるだろう。とはいえ、奴らも逃亡する際に人質を手元に残しておきたいはず。全員が無事に解放されることはないと、我々も考えている」


「本当に、リムステラを引き渡しちゃうんですか?」


「そうならないためにも、ぎりぎりまで交渉を続けるつもりだ。しかし、下手な動きをすると見せしめに人質を何名か殺されてしまうかもしれない。状況は厳しいな」


「そんな……」


「既に魔女は監獄を出て、こちらに向かっている。実際の引き渡しはまだ先になるだろうが、最悪の事態を避けるためにも、要求に従うことはじゅうぶんに考えられる」


「なにか打つ手はないのですか?」


「人質多数。見ての通り時計台は蛇の悪魔によって支配されており、式典が行われていた<黄金の間>には強力な結界が張られている。一階の広間には近づけるのだが、そこまでだ」


 つまりお手上げってわけね、とシャンテは時計台を見ながら言った。


「でもさ、アイツらはアイツらでどうやって逃げるつもりなんだろう?」


 それもそうだ、とニーナは思う。大勢の騎士たちが周囲を埋め尽くし、空も箒部隊が常に警戒している。まさか地下に穴を掘って、なんてことはさすがにないだろうし。でもだとすれば、いったいどうやって包囲網を抜けるつもりなんだろうか。


「見当がつかない、というのが正直なところだ。単純に我々よりも速く飛んで逃げる手段があるのか、あるいは空間転移を可能とする魔法を扱えるのか。ただ一つ言えるのは、魔法は常に進化しているということ。どれだけ対策を練っても、そのすべてに対応することは不可能だ。我々も逃げられることを想定して、あらかじめ魔女に探知追跡を可能とする魔法をかけておくことになっているが、それもどれだけ効果があるのかわからない。対策班の方でも、この状況を打破できる魔法の道具はないか検討しているが、いまのところ良い報告は上がってきていない」


 そこで、とクリストフはロブに目を向ける。


「偉大なる大魔法使い殿に知恵と力をお借りしたいと思っているのだが、どうだろうか?」


 期待の眼差しがロブに集まる。

 ロブは険しい表情で時計台を見上げた。


「結界と悪魔、どちらかだけなら俺の力でじゅうぶん対処できるとは思う。けどよ、さすがにどっちもってのは厳しいし、ましてや人質に危害が及ぶ前に一瞬で制圧するなんてのは、いくら俺でも無理なんだぜ。それに俺の呪いを解く契約をしてた解呪師も、このパーティーに参加してたはずだからなぁ」


「そうか。ロブくんをもってしても力押しが通じないとなると、別の方法を考えるしかないが……」


 口元に手を当てて考え込むクリストフの隣で、自分にも何かできないかとニーナも思考を巡らせる。そんなニーナの目に、見憶えるのある少年の姿が映りこむ。……目が合った。少年が一目散にこちらに駆け寄ってくる。


 ──どんっ。


 いきなりぶつかってきたかと思うと、少年はニーナの胸元に顔をうずめて泣き始めた。ニーナは突然のことに戸惑いながらも、なるべく優しい声で少年の名を呼ぶ。


「えっと、レックスだよね? どうしたの?」


「……みんな捕まった。父ちゃんも母ちゃんも、兄ちゃんも、みんな。俺だけが助かって、それで、俺……!」


 ニーナははっと息を呑んだ。彼は鋼線の錬金術師マクスウェルの息子で、アルベルの弟だ。<ワイヤーバングル>を発明した功績を称えられて、家族全員でパーティーに招待されていたのだろう。そしてそこでテロにあって、彼だけが先に解放された。不安と心細さ。家族のことが心配でたまらないのだろう。彼のすすり泣く声が、ニーナの心をぎゅっと締め付ける。


 どうしてこんな悲しい事件が起きてしまうのだろうか。今日だけじゃない。ニーナはこの一年だけでも数々の事件に巻き込まれてきた。その多くはリムステラの仕業であるけれど、奴隷商人や海賊など、犯罪行為に手を染める者たちが世の中にはたくさん潜んでいることを、嫌というほど知らされしまった。


 なんで? どうして? みんなそんなにもお金持ちになりたいのだろうか? なにがそんなに欲しくて罪を犯すのだろうか? 他人を傷つけてまで得たものに、いったいどれほどの価値があるというのだろうか? 次々と湧き上がる疑問の答えをニーナは知らない。わかりたくもなかった。


 でも、考えなくちゃ。


 ニーナは改めて問う。どうして犯罪はなくならないのか。

 リムステラが関わってから?


 ううん、たぶんそうじゃない。

 リムステラが関係していなくとも、きっと悲しい事件はなくならない。怒りや悲しみや、湧き上がる衝動が、人々を犯罪に駆り立てるのではないか。欲望が、他人を傷つけてでも願いを叶えたいとする欲が、人々に罪を犯させるのではないか。


 だとしたら、欲を持つことは悪いこと?


「……たぶん、それも違う」


 何かを成そうとするとき、欲望は力になる。言ってしまえば「世界をあっと驚かせたい」というニーナの夢だって、欲だ。でも欲があったからここまで頑張れた。欲のない人生なんてつまらない。好きな服を着て、好きなところに行って、好きなものを食べて、好きな人と一緒の時を過ごす。これも全部欲だ。欲が人の生活を豊かにする。欲がなければきっと、寝て起きて寝てを繰り返すだけの怠惰な人生となるだろう。


 それはつまらないだけじゃなくて悲しいことだと、ニーナは思う。


 考えてみたところで、ニーナには何が正しくて何が間違っているのかわからなかった。

 でもわかったこともある。欲は何にも勝る力となる。何かを成し遂げたいと願う気持ちは、きっと何よりも強い。


 だから──

 

「私、やるよ」

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