世界樹の守り神と頂きの景色①
自分でもなぜ、この状況で空を見上げたのかはわからない。でも確かに予感したのだ。ヘイグルなんかよりもずっと大きな存在がニーナたちの目の前に現れるって。
「オオユグルド!」
上空より舞い降りたのは世界樹の守り神たる巨大なフクロウ。それは一瞬にして翼竜の背後を取り、鋭い爪を胴体に食い込ませて鷲掴みにする。ヘイグルは翼をバサバサとはためかせて抵抗するものの、オオユグルドは決して獲物を離さない。そして、あっ、と思ったときには別の一羽が同じように急降下して翼竜を捕獲していた。まさに一瞬の出来事だった。
ヘイグルは人をも喰らう獰猛な魔物だ。
しかしこの森に君臨する絶対的な存在を前では、散り散りになって逃げるしかなかった。
そうして思わぬ形でヘイグルの脅威は去った。二羽のオオユグルドも獲物を捕らえたまま、ニーナたちの視界から消える。その姿が見えなくなるまで、ニーナは無言で見送った。
知らず知らずのうちに止めていた息を吐きだす。心臓はまだバクバクとやかましく音を立てている。また助けてもらっちゃったな、と空を見上げたとき、ゆらゆらと揺れる灰色の大きな羽がニーナの胸元へと落ちてきた。
──あ、これ、<オオユグルドの羽>だ。
かつて一度だけ手にしたことのある、滅多に手に入れることのできない貴重な素材が、いままたニーナの手のなかに落ちてきた。これは偶然? それとも何かのお導き? この街で長年暮らす者ですら触れたことの無いような珍しい素材を再び手にできたことに、ニーナは運命めいたものを感じずにはいられなかった。
ニーナはそれを失くさないよう魔法瓶の中に大事にしまう。初めて手にした<オオユグルドの羽>は、ロブの呪いを解くための素材と交換してしまった。ニーナはそのことを後悔したことなんてなかったけれど、でももう二度と手にすることはないんだろうなとも思っていた。それなのに、またこうして羽を授かることができた。大切に使おう。自分のためではなく、誰かの助けとなる発明品のための素材としよう。ニーナは魔法瓶をかばんにしまいながら、そんなことを想う。
そしてニーナたちはまた上を目指す。最後の気力を振り絞って、少しずつでも進んでいく。ニーナとシャンテは互いに手を取り、支え合い、励まし合いながら登っていく。二人とももう色々といっぱいいっぱいだったけど、苦しくても自然と笑みがこぼれてきた。
「ニーナ、あと少しだ」
「うん、頑張ろう」
最後に待っていたのは、まるで人為的に作られたかのような階段状の道だった。それは間違いなく世界樹が作り出した窪みなのだけれど、それが小さな段差となって螺旋状に続いているのである。ここまで辿り着いた、愚かでも勇気のある者たちを迎えるために用意された特別な階段のように、ニーナには思えた。
アレクがニーナたちに先頭を譲る。ニーナとシャンテは手を繋ぎながら、一歩一歩確かめるように階段を踏みしめる。滴る汗を拭うこともせず、ふらふらの足に懸命に力を込めて、登る。登っていく。断続的に吹き付けてくる冷たい風にも負けず、ニーナたちは足を動かし続けた。
そして、ついに──
「ここが、ゴール?」
「うん、やっと辿り着いた。アタシたち、ついにやったのよ……!」
そこは間違いなく世界樹の頂上。一番高いところ。どこを見渡しても、遮るものの無い青空が視界いっぱいに広がっている。これを絶景と呼ばずして、なんと呼ぶのだろう。眼下では深き緑の森が周囲を取り囲み、そこから少しずつ目線を上げていくと、オレンジ屋根の異国情緒溢れる街並みと、その奥に続く大海原、さらにその先の水平線まで一望できる。
すごい。
本当にすごい。
それしか言葉が出てこない。
高いところからの景色なんて見慣れていると思っていたけれど、自分の足で登った果ての頂きから見る景色は、これまで見たどの光景よりも素晴らしいものに思えた。
そんな世界樹の頂上は、意外にも塔の上のように平らだった。もちろんまっ平というわけではないのだけれど、ニーナたち四人が同時にそこに立っても、足元には少し余裕がある。
そんな不思議な場所の真ん中では、ひょろりとした若木が伸びていた。まるでそこから新たな世界樹が芽吹いているかのよう。高さでいうと、ちょうどニーナの顔の辺りまでしかない。生い茂る葉っぱも青々しい。
ニーナはその葉を見て、これが探し求めていた<輝く世界樹の葉>なんだろうかと首を捻る。生えている場所が場所なだけに、若木からは神々しさや神秘性といったものを感じるけれど。でも話では、初めて登頂に成功した者に一枚だけ与えられる特別な素材だと訊いていた。こんなにもたくさん生い茂っているけれど、これが本当に探し求めていたものなのだろうか。
「えっと、ここから一枚もらってもいいってことですか?」
「いんや、これはただのマナの葉っぱじゃ。お目当てのものはこれから現れる。この若い木の幹に、そっと触れてやるんじゃ」
ニーナは言われた通り、手のひらで優しく若木に触れる。なぜだかちょっぴり温かいように感じられるのは気のせいだろうか。
などと思っていたら──
「あ、すごい……!」
ニーナの目の前で、いままさに新たな葉っぱが形作られていく。まるで早送りの映像を見るかのように、急成長を遂げる若葉。目の前で繰り広げられる生命の神秘にニーナは目を奪われた。しかもそれはどういうわけか淡いオレンジ色の光を帯びており、明らかに他の葉とは違う力を感じた。
「これが<輝く世界樹の葉>……!」
「そうじゃ。さあ、手を皿のようにして差し出すといい。そうすれば授けてもらえるよ」
ニーナは両手で受け皿を作る。すると、ぽとりと、小さな手のなかに生まれたての若葉が納まる。世界樹の枝から離れてもなお輝きを放ち続ける、特別な一枚。じんわりと、温かい。
「やったわね、ニーナ」
「……うん!」
零れ落ちた一筋の涙を拭いながら、ニーナは満面の笑みを返した。




