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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
第16章 世界をあっと言わせる大発明を
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老人の野心

 その夜、老人が所有する邸宅に一通の<魔法文>が届いた。そこにはあの邪魔な魔法使いと、その仲間たちの動向が詳細に記されていた。手紙によると、仲間の一人が負傷。魔法使いは窮地を脱するために魔力を解放したとのことだ。


 にもかかわらず旅が順調に進んでいることは、老人にとって喜ばしいことでは無いものの。しかし明日を迎えるにあたって最大の障壁となるであろう三人組が街を離れているのは幸いだった。


 といっても、そうなるように仕向けたのは、他の誰でもない彼自身なのだが。


「誰からです?」


 そう問いかけたのは、老人が屋敷に招いた男である。ワイングラスを片手にテーブルに肘をつく彼は、自宅にいるかのようにくつろいでいる。歳は三十台前半といったところ。いつもは無精ひげを生やしているだらしない彼も、今日は綺麗に剃ってきている。服装も爽やかで、いかにも好青年といった風貌に変身している。明日のパーティーに向けて早くも身だしなみを整えてきたようだ。


「魔法使いを監視している冒険家からさ」


「ああ、モーゼスさんが仕込んだ例の冒険家ですか」


 男の言葉に、老人は意味深に微笑んだ。


「で、手紙にはなんと?」


「残念ながら順調にいけば明日には戻ってきてしまうそうだ。できればことが終わるまで遠ざけておきたかったが、まあ問題はなかろう」


 できればあと一日予定が後ろにずれてくれていれば完璧だったのだが、天候の関係で思惑通りにはいかなかった。そのことを嘆いても仕方がないので、あとは冒険家が時間を稼いでくれることに期待しよう。できればもう一度魔法使いに魔法を使わせられたなら、憂いが一つ消えるのだが。


「あまり欲を掻きすぎてもいかんからな」


 窓にかかったカーテンを開けて、モーゼスは空を見る。魔力満ちたる赤い月が、工房都市を照らしている。


 手紙の差出人である冒険家は老人の仕込みだった。

 といっても冒険家はなにも知らない。彼に頼んだことは一つだけ。明日、あの三人組をクノッフェンからできるだけ遠ざけて欲しいとお願いした。「なんのために?」と彼は訝しんだそうだが、仲介人の話では大金を積んだら了承してくれたらしい。冒険家とは世界中を旅する者。常に資金繰りには困っていたそうだ。


 そのためだけに雇った男だから、計画のことはなにも知らない。知らないからこそ、時間稼ぎ以上のことを期待してはいけないだろう。それに仮に魔法使いが街に戻ってきたとしても、一度計画が始まってしまえば、いくら彼に実力があっても手が出せないはずだ。冒険家に頼んだことはあくまでも保険であり、上手くいかなかったとて、計画遂行には何ら問題ないとモーゼスは考えていた。


「いよいよ明日ですが、本当にいいんですかい?」


 男は椅子に座りながらモーゼスに問いかける。


「ああ」


「そうですか。いやしかし、この国でも有数の資産家であるモーゼスさんが、まさか自身が主催するパーティーを自らの手でぶち怖そうだなんて、誰も予想だにしないでしょうね」


「だろうな。実のところ、私が一番驚いているよ。もし過去の自分に<お前は未来で魔女のためにテロを起こすぞ>などと言っても、まず間違いなく信じないだろうな」


 モーゼスは肩をすくめておどけてみせる。


「俺はいまでも信じられませんよ。ま、金をもらっている以上はきちんと仕事させてもらいますが、しかしいったい何があなたをそうさせたのです?」


 男の言葉に、モーゼスは顎に手を当てながら考える。


 モーゼスは若い頃からずっと、錬金術の発展に力を注いてきた。元々裕福な家庭に生まれ育ったモーゼスは、若い頃は錬金術師を志していた。残念なことに才能には恵まれず、別の道を歩むことになったのだが、それでもモーゼスは錬金術師の役に立つ仕事がしたいと考えた。そしてその行動の結果として<黒猫印の箒郵便>や<素材屋バーニー>などを運営するに至った。それらの企業が錬金術師たちを大いに助けたことは言うまでもない。


 そうしたことから、モーゼスは有数の資産家となった。莫大な富を得ることになったモーゼスは、さらに錬金術師たちを支援しようと支援団体を設立。モーゼス財団として活動することとなる。明日に開催を控えるアルケミー賞も、モーゼス財団が主催するイベントである。すべては錬金術の発展のため。自身の功績をひけらかしたいだとか、もっと注目や称賛の声を浴びたいだとか、そうした欲とは無縁だった。これまでは──


「……きっかけは魔女だろうな。魔女の言葉が、彼女の問いかけの一つ一つが、私の心を揺さぶったのだよ。そして先日、彼女が捕らえられたという知らせを受けて、私のなかで野心が生まれた。計画を思いついたのはそのときだよ」


 無欲な老人を変えたのは、偶然出会った魔女のリムステラだった。風に乗ってやってきた彼女に魅了され、つい屋敷の中に招き入れてしまった。たしかあのときも夜空には赤い月が浮かんでいた。


「あなたってつまらない人ね」


 リムステラの言葉を、モーゼスはいまでもはっきりと覚えている。抱えきれないほどの富を持ちながらも贅沢を好まず、無欲であり続けるモーゼスの生き方を、リムステラはつまらないと感じたらしい。


「早くに奥さんを亡くしてからずっと独り身なんでしょ? 子供もいない。使用人とも体の関係を持っていない。あなた、なにが楽しくて生きているの?」


「たしかに私には妻も子供もいない。だが、決してつまらなくはない。私はこの街が好きだ。錬金術と共に発展していく街の成長を見届けることに、私は生きがいを感じているのだよ」


 その言葉に嘘はなかった。モーゼスは心からそう感じていたし、だから胸を張って魔女の問いかけに答えることができた。錬金術の発展に人生をささげることこそ、最上の喜びだと信じて疑わなかった。


「ふーん、そう。他人のために生きるのがそんなにも楽しいなんて、あなた、変わってるわね。私には理解できないわ」


「君は違うのか?」


「ええ、私は違う。私は自分のためだけに生きている。誰かに縛られることが、私はなによりも嫌いなの」


 そう言ってリムステラは自身の過去を語り始めた。貧民街で生まれ育ったという彼女は、いつも空腹に飢えていた。親を早々に亡くした彼女の人生は壮絶だった。盗みや殺しは当たり前。生きるためなら体も売った。仲間を裏切り、得た金で服を買い、身だしなみを整え、金持ちの男性を魅了して、そして大金を奪い取る。そうして生きていくうちに、自身の才能に気付いた彼女は夢中で魔法を学び、ようやく彼女は自由を得た。だから彼女はなによりも自由を好むのだ。


 生まれた環境があまりにも違うから、人生の価値観も当然違ってくる。

 だからだろうか。自分とは全く異なる人生を歩んできた彼女の生い立ちに、モーゼスは強く惹かれた。


 そしてその日を境に、モーゼスは自分のために生きるとはどういうことなのかを考えるようになった。リムステラもたまにふらっと屋敷に立ち寄って、夕食を共にするようになった。リムステラの目的は会話を楽しむことでは無くて金目のものだとわかっていたが、モーゼスはむしろ好都合だと思った。彼女が望むものを与え続ければ、彼女はまた自分に会いに来てくれる。魔女が数々の犯罪行為に手を染めていると知りつつも、モーゼスは彼女を拒むどころか、彼女に会える日を心待ちにするようになっていた。


 けれど、そのときはまだ多くを望んではいなかった。何か月かに一度、彼女と会って話せればそれでじゅうぶん。彼女を自分のものにしようなどとは考えもしなかった。彼女がなによりも大事にしている自由を奪ってはいけないと思っていた。


 ただ、もしも彼女が騎士に捕まってしまうと色々と困ったことになる。自分との関係が明るみになるのを恐れたモーゼスは、忘却術の使い手を騎士のなかに送り込み、万が一に備えることも忘れなかった。


 ところが、いざリムステラが騎士に捕らえられたという知らせを受けたとき、モーゼスのなかで一つの野心が芽生えた。もし彼女を獄中から助け出すことができたなら、彼女を自分のものにできるのではないか。彼女が自由を大事にしているのは知っている。しかし命の恩人として、それぐらいの見返りを要求してもいいのではないか。もしも拒まれたとしたら、そのときは彼女の記憶をすべて消して、人形のようなまっさらな彼女を飼うのもいいかもしれない。これまで与えてきた施しのことを考えても、それぐらいのことをする権利が自分にはあるのではないか。


 犯罪者を脱獄させようなんて、どんな理由があっても考えてはならない。そんなことはモーゼスもよくわかっている。けれど一度きりの人生をつまらないものにしてはいけないと思った。世界中に迷惑をかけることになったとしても、自分の欲求に従ってみたいと思ってしまった。だから許されないことだと理解しながらも、魔女を脱獄させるための計画を練った。




 明日の正午零時。アルケミー賞の授賞式に集まった参加者たちを人質に、魔女の解放を要求する。それがモーゼスの考えたシナリオだった。

最終章の予定。頑張ります!

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[一言] ここで1日前倒しにしたのがどう響くのか! 果たして事件までに帰って来れるのか? 期待して見届けよう
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