中層に巣食う悪魔②
「あ、挟まれた」
どしり、と落ちてきた巨体が幹を揺らす。バランスを崩しそうになりながらなんとか堪えると、ニーナとシャンテはそれぞれの得物に手をかけた。
「もうこうなったらやるしかないわよね」
「いや、ダメじゃ。ワイヤーを使って下へ逃げるぞ」
「まだ逃げ続ける気? もう完全に目を付けられてる気がするんだけど」
シャンテたちが言い争っているあいだにも、二匹のゲパルは両手をだらりと下げつつ、じりじりと近づいてきていた。縄張りに踏みこんだ侵入者を排除しようとしているのか、それともただの興味本位で近づいてきただけなのか。いずれにしてもニーナにとっては脅威でしかない。
「こっちじゃ」
アレクが一足先にワイヤーを駆使して下へと降りる。
こうなってしまえばシャンテも渋々従うしかない。二人と一匹はアレクに続いて真下に見える足場へと続いて降りた。降りたあとに見上げると、ゲパルが二匹、並んでこちらを幹の上から覗き込んできている。ニーナたちとは空間を挟んで見つめ合う形となった。
「で、どうすんの? また別の道でも探すつもり?」
そうじゃ、と頷いて、アレクはまた歩き出す。ニーナたちもそのあとに続くが、頭上にいたゲパルたちもニーナたちに合わせて動き出す。先ほどのように飛び降りてくることは無いけれど、あとを付けられていることに変わりはない。それが不気味に感じてしかたがなかった。
「走るぞ」
アレクが足を速める。ニーナたちもそのあとに続くが、やはり頭上ではゲパルたちも動きを速めて追って来る。緩慢そうに見えて、意外にも動きは俊敏。とても振り切ることはできそうにない。前を走るアレクも同じように感じたのか、ゲパルの位置を確認したあと、諦めて一度立ち止まる。
「困ったのう」
肩で息をしつつ、アレクは額の汗を拭いながらそう言った。
「そう睨まんでおくれよ、お嬢ちゃん。わしもこうなるとは予想外なんじゃ」
シャンテの無言の抗議にアレクも困り顔だ。
「こうなったらもう戦うしかないわよね?」
「そうじゃなぁ。じゃが、その道も茨じゃぞ?」
「別に構わないわ。とにかく行けるところまで行ってみて、無理そうならフラウを呼んで箒で逃げちゃえばいい。また天候の良さそうなタイミングを見計らって再チャレンジするだけよ」
「そこまで割り切れておるなら、もうわしは何も言わん。お嬢ちゃんたちのやりたいことをサポートするだけじゃ」
「ん、じゃあ決まりね。とりあえずアタシと兄さんが先頭を歩くから、アレクさんは後ろからルートを指示して。ニーナは真ん中から杖でみんなのサポートを頼むわ」
「うん、わかった」
「いい返事ね。それじゃあさっそくだけど、あの二匹を杖で仕留めさせちゃって」
え、こっちから仕掛けるんだ、とニーナは目を丸くする。
「そうよ。挟み撃ちにされる前に攻撃しちゃった方がいいでしょ」
「わしも賛成じゃ。あやつらと近接戦闘は骨が折れるからのう。とはいえ仕掛けるなら一撃で決めんと仲間を呼ばれて不利になる。嬢ちゃんの頑張りどころじゃぞ」
「うっ、わかりました」
まったく自信ないですけど、二人がそう言うならやるしかない。
ニーナは頭上でニヤニヤしているように見える、二匹のゲパルを睨む。
「奴らは殺気に敏感じゃからのう。あまりそう睨むでない」
「そう言われても、よく狙わないと当てられる気がしないんですけど」
「適当でいいんじゃね? 狙ったところでどうせ真っすぐ飛ばない杖なんだしよ」
「ロブさんひどい」
「外したって、そこから曲げて当てちまえばいいんだぜ。つーわけで、とりあえず軽い気持ちでぶっ放してみれば?」
「もしうまくいかなかったらちゃんとフォローしてくださいよ?」
「おー、するする」
まあそういうことならと、ニーナはさっと杖を構えて、そしてすぐさま雷撃を放つ。
一撃目は見事命中。面食らうゲパルは何もできずに雷撃を浴びて、そのまま動かなくなる。
今日は調子がいいかもしれない。ニーナは続けて二発目を放つが……
「あっ」
雷撃は狙い通りの軌道でゲパルに向かっていった。しかし隣で仲間がやられたのを見て相手も学んだらしい。雷撃が命中する直前にゲパルはその場で大きくジャンプして、青白い稲妻を躱したのだ。
しかもゲパルは勢いそのままに、ニーナたちのもとへ飛び降りてくる。
それを見て、シャンテはニーナをかばうようにフレイムスピアを前へと突き出す。
けれどもニーナは外したあとも慌ててはいなかった。外したって、そこから曲げて当ててしまえばいい。ロブの言葉通り躱されても冷静に雷撃をコントロールし続けたニーナは、カクカクと、幹を一周ぐるりと回るような軌道を描きつつ、魔法をゲパルの背中にぶつける。完全なる死角からの一撃にゲパルは痙攣。そのまま落ちていく。
それを見届けたニーナは、ふぅ、と息を吐きだした。
「上手いもんだな、嬢ちゃん」
「俺のアドバイスのおかげだな」
「まあたしかに、外したあとも落ち着いていられたのはロブさんのアドバイスあってのことかもです」
「だろう? やっぱニーナはシャンテと違って素直だな」
すぐ調子に乗るロブ。シャンテは眉をひそめるが、当の本人はどこ吹く風である。
そんな感じで当面の危機を乗り越えたことを喜んでいたニーナたちだったが。
「え、何いまの?」
下方より、大気を震わす獣の声。
それは落下していったゲパルが仲間を呼ぶ声だった。




