そのころのシャンテちゃん①
ニーナが<ハネウマブーツ>の調合に取り掛かるよりも少し前のこと。シャンテはロブを連れて出かけていた。ゴンザレスとの戦いで折られた槍を修理に出していたのだが、その修復作業が終わったとの連絡を受けて、街の北部にある鍛冶屋<アルケースミス>へと足を運んでいた。
遠く向こう、時折右手に見える海を眺めながら、なだらかな坂道を上る。足元の石畳はよく舗装されており、木組みの家は統一感がある。オレンジ色の屋根の上や軒下には<フクロウの置物>が見られた。
「しっかし、どこを見渡してもフクロウなのよねぇ」
世界樹の守り神として、この地域ではフクロウを祀る風習があるのだとニーナは言っていた。ニーナは世間知らずだが、こういったことについては詳しい。シャンテにとってクノッフェンはただの目的地であり、呪いを解くために訪れたに過ぎないが、ニーナは違う。田舎暮らしの新米錬金術師にとってここはまさに聖地。初めて訪れたときも、翌朝に散策したときも、ニーナは見るものすべてを愛おしそうに眺めていた。
──やる気だけは一人前の、ひよっこ錬金術師か。
それは一昨日のこと。ニーナは調合に挑戦して、そして失敗していた。それも二度もである。
イザークから調合に使用したクラゲの余り──正式名称は<チェリージェリーフィッシュ>というがシャンテはいちいち名前を憶えていなかった──をもらったニーナは、さっそくその日のうちに創作レシピに取り掛かり、そして見事に黒い煙をあげて失敗したのだ。
イザークの代わりに<海月美人>を錬成したときは、もしかしてニーナは凄い才能を秘めた錬金術師なのかもしれないと期待したのだが……あのときの成功は、すでに完成済みのレシピがあったから成し遂げただけのこと。初挑戦のレシピを成功させられるほど現実は甘くないということか。
──だというのに、今度は<ハネウマブーツ>の調合に挑戦すると言ってきかない。高級素材をムダにしないためにも一度で成功させる気満々のようだが、その自信は一体どこから来るのか、まったくもって謎である。せっかく大枚をはたいたのだ。同居人としては成功してもらわなくては困るのだが……
「どうした?」
思わずため息をついてしまった。隣をとことこと歩くロブが不思議そうに見上げる。
「うん、ちょっと考えごとをしてて。兄さんはニーナのことどう思う?」
「ちっちゃくて可愛い。あとほっぺたが柔らかい」
このエロブタが。もう少し訊き方を考えるべきだったとはいえ、その答えはないだろう。シャンテは兄に軽蔑の視線を送るが、いつものようにロブはどこ吹く風だ。
「そうじゃなくて、錬金術師としてどう思うかよ」
「あー、そういうことね。……熱心な子だよな。純粋で、前のめりだけど夢があって応援したくなる」
「前のめり過ぎよ。一緒に暮らしている身としては、もう少し他のことに気を配って欲しいわ」
「そう言いながらも昨日は欲しがってた素材を買ってあげてたじゃん。あれ、俺意外に思ったわー」
「自分でもそう思う」
シャンテがニーナと出会ってから実にいろいろなことがあったが、日数的にはまだ一週間も経っていない。それでもニーナが異常なほど錬金術に情熱を注いでいるのは知っている。好奇心旺盛。気になったものには目を輝かせて飛びついてしまう。閃いたレシピはたとえ失敗する可能性があろうとも試さずにはいられない。同じ錬金術師でも、あれほど猪突猛進な人物は珍しいだろう。
恐らくだが、その活力となっているのは錬金術に対する飢えだ。
そのことに早くも気付かされたのは、出会った初日。馬車に揺られているあいだや宿泊した宿で、ニーナは錬金術に対する想いをこれでもかと語っていた。同時に、いかに故郷が過疎地で、素材一つ手に入れるのに苦労したかも口にしていた。
リンド村では限られた素材しか入手できず、ニーナは月に一度の旅の商人がやってくる日をいつも心待ちにしていた。それまでにお小遣いをためて、<小声うるさいガマ口財布>を手に買い物に向かったらしいが、もし欲しい素材の値段が高くて手持ちのお金で足りなかった場合、ニーナはいつも母や姉に必死に頼み込んで買ってもらっていたと言っていた。
ニーナにとって、素材との出会いはまさに一期一会。次に商人が来るときに同じ商品が入荷しているかなんてわからない。もうこの機会を逃すと手に入らないかもしれない。実際、それで何度となくチャンスを逃してきた。あのとき買っておけばよかったと後悔したことも一度や二度ではない。だからお願いします、お手伝いでも何でもするから買って下さい、とニーナは何度だって頭を下げたそうだ。
昨日どれだけ説得しても意見を曲げなかったのは、そうしたこれまでの経緯があったからなのだろう。
シャンテも、実際に購入を決めるまでには色々と葛藤した。ニーナのお願いを突っぱねることも、もし調合に失敗したら家から追い出すからね、と脅して諦めさせることも考えた。
でもそうしなかったのは、頑鉄ジジイの家の前で語ったニーナの言葉が耳に強く残っていたからだ。
──私ね、黒い煙は<失敗の証>じゃなくて<挑戦者の証>だと思うんだ。失敗するとみんなからからかわれちゃうけど、本当は挑戦したことを褒めるべきだと思うんだよね。
その言葉を隣で訊いたとき、なるほどと思った。人によっては失敗ばかりの自分に対する言い訳に聞こえるかもしれないが、シャンテはそうは思わなかった。村を飛び出し本気で夢を目指す新米錬金術師が周りの目を気にすることなく、なりふり構わず挑戦しようとしている。だからこそ出会って間もないニーナのことを応援したくなるのだ。いまでもシャンテは稼げないうちから高い素材に手を出すことは間違っていると思っている。それでも今回買うことを許可したのは、この際だから盛大に失敗してもいいかと、それもまた良い経験となるだろうと、そう考えたからだった。
「……とはいえ、またアタシが貧乏くじを引いちゃったか」
ただ、問題は失敗したあと。挑戦を認めたからには成功するまで頑張ってもらいたいが、そのためには相応のお金が必要なのである。そしてそのお金を稼ぐのは自分の役割なのだろうなと、シャンテは自覚していた。
「あー、うん、なんかすみません」
日ごろ迷惑をかけている自覚はあるのか、ロブは申し訳なさそうな顔をする。
シャンテはクスッと笑って、もう慣れっこだからいいよ、と笑った。これまでの長旅で金銭のやりくりには慣れている。世の中お金さえあれば大抵のことは何とかなるが、そのお金がなくったって、手段を選ばなければ意外となんとか生きていけるものである。と、シャンテはこれまで旅してきたなかで感じていた。
「これから色々と大変そうだけど、まあお金に関しては何とかなるでしょ。ここはクノッフェンだから、探せばいくらでも稼ぐ方法があるはずよ。兄さんも少しは協力してよね」
「おー、まー、可愛い妹とニーナのためなら頑張ってみるかぁ」
武器屋<アルケースミス>が見えてきた。鍛冶師と錬金術師が共同で営む老舗店で、外観が厳ついのは鍛冶師の趣味なのだとか。屋根の上にとにかく派手な看板を掲げており、入り口の両脇には木彫りのフクロウが大きく翼を広げている。そんな二羽のフクロウに出迎えられる形で、シャンテとロブは店のなかへと入っていった。




