魔女の謀略を超えて
これは一種の賭けだった。
これまでロブの変身は一日に一度だけ。呪いに抗って変身する際に膨大な魔力を消費してしまうため、一度変身を解いてしまうと、すぐにもう一度変身というわけにはいかなかった。これはロブにとって唯一の弱点であり、だからこそリムステラも回りくどいことにしてまでロブが変身しなくてはならない状況を作り出し、魔力が枯渇するのを気長に待ち続けたのだろう。
でもだからこそ、もう一度変身することができたなら。
魔女を欺き、一撃でも良いから魔女に魔法を当てることができたなら、きっと形勢は逆転する。ロブが昼食を何度もおかわりしていたのも、魔女の裏をかくため。決して食いしん坊だからではなく、この時に備えて少しでも多くの魔力を蓄えるためだった。
そしてその目論見は見事に成功しようとしていた。
「まさかっ!」
気付いた時にはもう遅い。ロブは一瞬にして氷の刃を無数に展開。それらを躊躇うことなく一斉に魔女へと向けたのだ。
これにはさしもの魔女も怯み、手で顔を覆いながら目を背けるしかなかったのだが。
「あぁ……!」
賭けに勝ったと思いたかった。
けれどもそう上手くはいかなかった。
あと少しというところで氷の刃は砕けて、魔女を貫くことなく消えてしまったのである。
「……まったく、あなたたちって本当にムカつくわねぇ!」
魔力に呼応するように黒髪を逆立たせながら、放つ風の魔法でロブを大きく吹き飛ばす。
ニーナはなんとかロブを受け止めるが、力を使い果たしたロブはぐったりとしていた。もうロブに頼ることはできない。今度こそ絶体絶命だった。
ちっ、とシャンテは舌打ちを鳴らしながら立ち上がり、足元に絡みつく植物の蔓を切り裂いて、そして一度魔女から距離をとる。唇を噛みしめながらも、シャンテはまだ諦めていない。
「その目も本当にムカつくわね。いい加減諦めたらどう?」
「アンタに屈するなんて絶対に嫌。そうなるぐらいなら舌を噛み切って死んでやるんだから!」
「弱いくせにほんと生意気ね。もういいわ。リオン、やってしまいなさい」
リムステラがリオンに命じると、彼は杖を掲げて何事かを呟き始めた。
その次の瞬間、ニーナは手首にちくりとした痛みを感じる。
「……っ!? いまのなに?」
「ふふっ、すぐにわかるわよ」
「なにを言って……え?」
何かを言いかけたシャンテだったが、その途中でふらりと揺れて、そして片膝をついてしまう。
そしてニーナもまた全身に力が入らずに、その場に座り込んでしまった。
「威勢が良かったのもここまでね」
「ア、アンタたち、いったい、なにを……?」
「神経系の毒針を腕時計に仕込んでいたの。死にはしないけれど、体に力が入らないでしょ? 舌を噛み切ることもできなくなって残念ね」
そう言いながら魔女は一歩前へと踏み出してシャンテへと近づく。その距離はもうあとわずかだった。
「お待ちください」
そこへ待ったをかけたはリオンだった。
「まだ彼女たちの目は死んでいません。迂闊に近づかれるのは危険かと」
「……そうね。もう反撃の手段なんて無いと思うけれど、万が一ってこともあるわよね」
あぁ、最後の策も通じなかった。このまま油断してくれれば、本当はまだ動けるシャンテが、最後に一撃を魔女に浴びせられたかもしれないのに。
リムステラがシャンテに指先を向ける。
シャンテは跳ね上がるように立ち上がり、隠し持っていたナイフを投げつけた。
しかしこれをリムステラは冷静に、風の魔法で軌道を逸らして防いでしまう。そして再び蔓を地中から呼び寄せて、瞬く間にシャンテの四肢を拘束してしまった。
「うあっ!?」
「ほんと油断ならない子ね。でももうなにもできないでしょ?」
「くっ、離せ……!」
大の字になって宙づりにされたシャンテを見てリムステラが笑う。
「シャンテちゃんに近づくな!」
「……あなたも動けるなんていったいどうなってるのかしら?」
ニーナはリムステラに向けてありったけの魔力込めて雷撃を放った。けれどもこれをリムステラは手で軽くあしらうように払いのけると、雷撃は一直線にニーナのもとへ。ニーナは自身が放った一撃をまともに浴びてしまい、今度こそ、その場に倒れ込む。
「ニーナ!」
「ふふ、お友達がピンチよ? 助けなくてもいいのかしら」
「クソッ、クソッ!!」
「あはは! いいわ、そうやって最後までみっともなく……っ!?」
そのとき、どういうわけかリムステラはシャンテの目の前で動きを止めた。そして魔女は手を後ろに回して、首筋にそっと手を振れた。かと思えば、魔女はその場に崩れ落ちた。
「魔女様!」
え、何がどうなっているのかわからない。
ニーナたちが事前に用意した策はすべて通じなかった。だから追い詰められた状況を逆転することもできず、あとはなすがままにされるはずだった。それなのに、どうして魔女は突然倒れてしまったのだろうか。
「お前達、いったいなにをした!?」
「わ、私たちはなにも」
「そんなはずは……うっ!?」
そしてどういうわけかリオンもまた痛みに顔を歪め、脱力したようにその場で膝をついてしまった。




