封印洞の決戦①
準決勝を終えた直後のホテルの食堂には、緩み切った雰囲気が漂っていた。三日間にもわたるお遊戯会も今日で終わり。ご馳走にタダでありつけるのも最後とあってか、みんな思い思いの料理を皿に盛り付けている。ロブも、屋台の軽食メニューを食べていたはずなのに、それとこれとは別腹とばかりに口いっぱいにご馳走を頬張っていた。
「ほんとよく食べますね」
「はらあへっへはひふははへきふはらな」
腹が減っては戦はできぬ、か。
むしろ食べ過ぎでお腹が痛くなったりしないのだろうか。それでなくともこの後のことを考えると憂鬱で、ロブの前に置かれた山盛りの料理を見ているだけでお腹いっぱいになる。
魔女たちの企みについては知っている。このあと行われる最後の試練にて、<封印洞>と呼ばれる洞穴の奥地に隠された秘宝を手に入れることになっている。
<封印洞>には色々と逸話が残っているらしい。その一つに古代の悪魔がここで封印されたとあるそうなのだが、その逸話を利用する形で、ニーナたちを人口悪魔が待ち受けている。悪魔といえば、ミスティの指輪に封じられていたガレハドという雄牛の姿をした黒い悪魔が思い出させるが、あれだけの力を持った存在を相手にするとなると、食事が喉を通らないのも無理はなかった。
──でもまさか、指輪を通じて奪われた幸運が今回の一件に関わってくるなんて思いもしなかったよ。
ルチルからもたらされた話によると、<マボロシキノコ>は奪われた幸運を利用して探し出されたものらしい。それもこれもロブをおびき寄せるため。どうせこれもリムステラが手近な男たちを使って探させたのだろうけれど、それにしたって手の込んだことをするものである。恨みがあるのもわかるけど、そろそろ諦めて欲しい。いや、そもそもの始まりが逆恨みなのであって、魔女に狙われること自体がおかしいのだけれど。
「……大丈夫?」
考え事をしていると、向かいに座るミスティが心配そうに訊ねてくれた。
「このあとのことを考えると食事を楽しむって気分にどうしてもなれなくて」
これにはシャンテも、わかるわ、とため息まじりに同意する。足元ではロブがもぐもぐと口を動かし続けている。
ニーナはそれとなく辺りを見渡した。なにも知らない参加者たちが呑気に雑談を楽しんでいる。このあとニーナたちを襲うはずの、あのちびっこ三人組もソーセージにナイフやフォークを突き刺しながら馬鹿みたいに笑っている。楽しそうにはしゃいでいるのを見ていると、心のなかにもモヤっとしたものが広がっていくような気がした。
また、相変わらず<マスカレードチーム>の姿はここにはなかった。メイドによると、食事は自分たちの部屋で行っているらしい。準決勝を終えた今となっても招待は謎に包まれていて、なんだか不気味だ。
心配事は他にもある。ルチルの家族のことだ。ここから遠く離れた別の大陸にある屋敷の中に、彼女の家族は囚われている。そして彼らの命はリオンの手に握られている。もしも戦いのさなか「抵抗すれば彼らの命を奪う」と脅されたなら、どうすればいいのだろうか。ニーナは未だに答えを出すことができずにいた。
この状況を好転できる可能性があるのは、それはフラウだけだ。
「……げぷっ。ちょっとトイレに行ってくるんだぜ」
「もう、やっぱり食べすぎなんじゃないの?」
とことこと歩く後ろ姿に、シャンテが呆れ半分、苛立ち半分の言葉を投げつける。いつも通りなのは良いことだけど、頼もしいような、不安なような……
そうして時間は過ぎていき、最後の試練のときが訪れる。ルチルとリオンの後ろをニーナたちが歩き、その後ろからお遊戯会の参加者たちもぞろぞろと洞窟の入り口まで付いてくる。試練の行方をみんなで見守ろうということなのだろう。
ほどなくして辿り着いた場所にあったのは巨大な横穴。木々やシダ植物に囲まれた岩壁にぽっかりと穴が開いている。幅も高さもじゅうぶんなので身をかがめる必要はなさそうだ。かなり奥まで続いているようで、暗くて先が見通せないが、所々に松明を灯してくれてはいるようだ。
最後のゲームの説明はとても簡単なものだった。行って、秘宝を手にして帰ってくるだけ。<封印洞>の中は暗いからと、二つ目のゲームのときにも使用した魔法のランプが渡されたが、今回はランプが割れたからといって失格にはならない。松明の灯りもあるので、そこまで気にしなくてもいいだろう。武器の持ち込みも許可されているから、ある程度のことには対応できるはずだ。
「それじゃあ準備はいい?」
珍しく真顔のルチルに、ニーナも真面目な顔して頷く。背中のリュックを背負い直し、杖を握る手に力を込める。
前を歩くロブと、後ろを守ってくれるシャンテ。
二人に挟まれる形でニーナは一歩を踏み出すのであった。
◆
ニーナたちが<封印洞>へと足を踏み入れる、少し前のこと。
ルチルは魔女の前に立っていた。ホテルの別館。橙色の灯りが照らす室内にて、魔女はいつものようにベッドに深く腰をかけて座っている。その膝の上では、金のウサギが震えながら大人しく彼女に撫でられていた。
「いよいよね。ここまで長かったわ」
感傷にでも浸っているのだろうか。どこか遠い目をしながら魔女は言う。
あなたはどうかしら、と魔女は傍らに佇むリオンに話を振った。
「僕の復讐は既に半分は成っていますから、特に何も想いません」
「そうよね。あなたのターゲットはあくまでもエストレア家であって、他には興味無いものね」
「まあ、はい」
「あなたは気が気じゃないんじゃない?」
今度はルチルの方を向いて魔女は言う。その口元に薄ら笑いを浮かべて。
「数時間後にはあなたのせいで何の罪もないブタさんたちが死ぬのよ。どんな気分かしら?」
「罪がないとわかっているのなら、いまからでもこんなこと止めにしませんか?」
「嫌よ。だってここからが最高に面白くなるんじゃない」
訴えを訊き流されたルチルは唇をかみしめる。
魔女を騙すための演技とは関係なしに、ルチルは悔しかった。知りうる限りの情報はレオナルドを通じてニーナたちに伝えたが、それでも彼女たちを死地に追いやることには変わりない。そんな選択を取らせてしまった自分の弱さが悔しくてたまらないのだ。
「ふふ、いい顔ね。それじゃあそのまま、あと数時間だけ無力な自分を呪いながら道化を演じなさい」
「そうすればみんなを解放してくれるんですね?」
「ええ、私は嘘はつかないわ」
微妙に引っかかる言い回しにルチルは目を細める。私は、と主語を強調するのは、このあとリオンが人質をどう扱おうと私は知らないとでも言い張るつもりだからだろう。家族の安全を確保できない限り、ルチルは彼女たちの言いなりになるしか選択肢はない。
だからルチルは無言のまま頭を下げて部屋を後にするのだった。




