素材屋さんに行こう!
こんにちはー。お邪魔しまーす。
ニーナはシャンテとロブを連れて、木製のドアをゆっくりと押し開ける。
店内に入ってすぐ、おや、と店主がこちらに気付いた。
「えっと、君は確か昨日からこの街に住んでるって話してくれた……」
「ニーナです。今日も色々と見せてもらっていいですか?」
「熱心だね。もちろん大歓迎だよ」
そう言って店の主人であるフレッドは微笑みかけてくれた。
ここは素材屋バーニー。クノッフェンで五店舗を経営する街一番の素材屋であり、フレッドは若くして西支部の店長を任されている。デニムのオーバーオールを着たラフな格好の男性だ。
ちなみに本店は北にあり、世界樹佇むマヒュルテの森の、その入り口に建つ<ギルド会館>と呼ばれる建物のなかに店を構えている。ギルド会館は冒険者たちが依頼を受注する場所であり、手に入れた素材をやり取りする場所でもある。そのため建物の内部に店を構えた方がなにかと都合がいいのだとか。
ニーナは昨日も素材屋に立ち寄って商品を眺めていた。ただ昨日は食料品の買い出しなど他に予定があったため、心行くまで見ることができなかった。
しかし今日は違う。ちゃんと靴づくりという目的をもってやってきたのだ。
(それにしても、この独特な雰囲気は最高だなぁ!)
これでもかと並ぶ素材の数々。細々としたものから、大きな剥製まで。さながら博物館のようでもあり、実験室のようでもある。怪しさ満点。知らない人から見れば、黒魔術で人を呪い殺す怪しい魔女の家に迷い込んだと錯覚することだろう。けれどこれこそ素材屋のあるべき姿だよね、とニーナは興奮する。
これまでにも数回、おばあちゃんに連れられて別の街の素材屋を訪れたことがある。初めて訪れたのはたしか十歳を迎える前のこと。あのときは三つ年上のロマナも一緒で、魔法雑貨店、素材屋の順番で見て回った。魔法雑貨店を訪れたときはロマナも興味津々で商品を眺めていたけど、素材屋に入ったときは明らかに表情を曇らせていたことを、いまでもよく覚えている。
魔法の道具は、魔法を扱えない人々のあいだでも強く根付いている。難しい知識のいらない魔法道具は、生活に欠かせない必需品としての地位を確立している。だから魔法雑貨店には、ごく一般の人、たとえば専業主婦だって頻繁に訪れる。
その一方で、素材屋はまさに錬金術師たちのためにある店だ。冒険者も訪れるが、それは手に入れた素材を買い取ってもらうため。ここを客として利用するのは決まって錬金術師だけである。なにかを錬成するには、それ相応の素材が必ず必要になってくるのだが、素材屋とはいわば、錬金術師たちにとってのスーパーマーケット。つまり料理の食材を買うような気軽な気持ちで立ち寄る場所なのだ。
右手の棚に並ぶのは<鎧サソリのハサミ><翡翠鳥の羽><マッドゴーレムのコア><ワイバーンの鉤爪><ブルースネークの毒エキス>などなど。さらに視線を上げると、鹿やオオカミの剥製が飾られている。
左の棚には<黒ニンジン>や<マンドラゴラの根っこ>など、こちら側には乾燥保存された植物が瓶詰にされて並んでいる。これらはポーションや風邪薬などの原料として重宝されている。
他にも、錬成に必要な<錬金釜>や<マナ溶液>なども売られている。これらは一般の人も利用する魔法雑貨店ではなく、素材屋のほうで取り扱われている。
(さすがはクノッフェンにある素材屋さん。品揃えも豊富だなぁ)
ここは錬金術師にとって夢のような場所。例えるならおもちゃ屋さん。
けれど普通の人から見れば気味が悪いに違いない。あのときロマナが顔をしかめていた気持ちも理解できる。<ヤドクトカゲの内臓>なんて、錬金術師であるニーナが見てもちょっと気持ち悪い。しかし、これもれっきとした錬金術の素材。いずれお世話になるかもしれない。
「なにかいいの見つかった?」
ニーナと同じように瓶詰の素材を眺めていたシャンテが訊ねてきた。両手にはロブを抱きかかえている。ロブはこう見えて優秀な魔法使いなので、なにか知恵を貸してもらえないかなと期待してついて来てもらっていた。けれどブタの姿だと人の目線を考えて並べられた商品を眺めることが難しいため、こうしてシャンテが抱きかかえているのである。
「うーん、まだなにも」
ニーナが作りたいと思っているのは「坂道を楽々登れる魔法の靴」である。
ただ、問題は楽々の部分。どう楽ができるのか。どんな魔法を靴に込めれば快適なのか。その具体的な部分が決めかねているので、素材も決まらないのである。こうして眺めていればアイデアも浮かぶかと思ったけれど、色々と目移りしてしまって意外と考えがまとまらない。
「ロブさんはどうかな?」
「俺か? そうだなぁ。とりあえず靴づくりなら、動物の皮だけでもなにを使うか決めて、それを軸に他の素材を考えるといいと思うんだぜ」
ロブはのんびりとした口調ながらも、なかなかいいアドバイスをくれた。
そうだよね。革靴を作るんだし、まずはどの動物の皮を使うか決めないと。ニーナはそうしたものが売られている棚の前に立ち、端から順番に眺めていく。牛革、鹿革、蛇革、ワニ革、鮫革、そして……
「馬革……」
ニーナはラベルの文字を眺めながら呟いた。
「あの、なかを見てみてもいいですか?」
「もちろん。実際に触って確認してみてくれて構わないよ」
フレッドは商品の瓶を手に取って、後ろの机に中身を取り出す。<拡縮自在の魔法瓶>に押し込められていた馬革が綺麗な状態で広げられた。ニーナはさっそく手に取って、手触りを確認する。
「思ってたより薄いですけど、でもしっかりとした強度のある生地ですね」
「うん、まさにその通りだよ。馬はやっぱりよく走るからね。余分な脂肪が少なくて、皮が薄く、軽くて柔らかい特徴があるんだ。皮の薄さの分だけ牛革と比べて強度では少し劣るけど、でも同じ厚みなら馬の革の方が強いよ」
「軽くて柔らかくて、そして丈夫なんですね」
「そうなんだよ。ただ一口に馬の革といっても色々と種類があるからね。気になるものがあったら遠慮なく触って確認してみて」
商品棚へと視線を戻す。たしかに馬の革にも多くの種類があるようで、馬の品種の違いや、それから部位によっても特徴が異なるそうだ。特にお尻の部分は「コードバン」と呼ばれており、希少部位に当たるのだとか。お値段もそれ相応に高くて、とても手が出そうにない。
そのまま端から順に眺めていたニーナだったが、ふと、とある瓶のラベルに視線が釘付けとなる。
「<メーデスの人喰い馬の革>……」
「あっ、やっぱり気になったかい?」
フレッドが視線の先にある瓶を手に取り、先ほどと同じように机の上にそれを広げた。
ニーナは恐る恐る革の質感を確かめる。
「あっ、凄い……!」
触った瞬間に感じた。さっきとまるで違う。革について詳しいわけではないけれど、それでも一瞬で違いが分かる。それほど質感が異なっているのだ。
なんといっても軽い。繊維もきめ細かで、それでいて強靭な強さも感じる。
これだ……。ニーナは直感した。この素材があればきっとすごい靴が作れてしまう。そんな予感をひしひしと感じたのだ。
ただ問題はお値段が恐ろしく高いということ。<メーデスの人喰い馬>はマヒュルテの森にのみ生息する珍しい生き物で、しかも滅多に姿を現すことがない。それでいて気性が荒く、人を襲うこともあるので、市場に出回ることが極端に少ないと聞く。そうした理由でお値段の方も相応に高い。
この素材が欲しいと言ったら、シャンテちゃんはなんていうかな?
ニーナはちらりとシャンテの横顔を窺う。
「もしかしてこれを買おうと思ってるの? ダメよ。決まってるでしょ」
うぅ……。そうだと思いました。
でもほんと容赦がないな、シャンテちゃんは。
「だいだい、靴づくりが成功したあとは雑貨店と契約したいんでしょ? だったら量産することも考えて、原価はできる限り抑えるべきじゃない」
「そ、その通りなんだけど、でも、凄い発明品が生まれそうな予感がするんだよ」
「そりゃあ貴重な素材を手にしてるんだから、予感の一つや二つは感じるんでしょうけど、大切なのは雑貨店と契約できる商品づくりでしょ。目的を忘れちゃダメじゃない」
「でもこれがあればきっと、シャンテちゃんが目指す世界樹攻略に役立つと思うんだけどなぁ」
「うっ……いやいや、そんな誘惑されても、ダメなものはダメだから」
「移動が楽になれば素材採取も捗るだろうから、効率も上がると思うんだ。世界樹攻略だけじゃなく、解呪薬の素材集めにも絶対役立つはずだし」
「おー、なるほどなぁ。テキパキ素材を集められたら、その分儲かりそうだもんなー」
ニーナが熱弁すると、ロブも同意してくれる。
「ほら、ロブさんもこう言ってくれてるし、ここは先行投資ということで一つ、お願いできませんかっ?」
シャンテは眉間にしわを寄せて考え込む。きっと頭のなかでいろんな数字がひしめき合っているのだろう。
ニーナのお金は昨日シャンテに預けたばかりだった。共同で管理して、そこから食費や月々の家賃を払った方がいいだろうと話し合った結果、シャンテが預かることになったのである。
「ねぇニーナ、欲しいのはそれだけ? どうせ他にも混ぜるんでしょ?」
「おっしゃる通りです……えっと、<メーデスの人喰い馬の蹄>と<マージョリー製の切れない糸>と<風の結晶体>も欲しいなぁ、なんて」
「それ、とりあえず机の上に並べて。あと計算するための紙とペンも貰って」
はい、と素直に返事して、すぐに行動に移す。集中しているシャンテに余計な口を挟んではいけない。そんな雰囲気を感じ取ったからだ。
「まったくもう。こういう高い買い物は普通、まともに稼げるようになってからするものじゃない。これ、錬成に失敗したらどうするつもりよ」
シャンテはぶつぶつと文句を言いながらもペンを走らせる。
「というか、成功しても次の開発費が残らないわよ、これ。それでも挑戦する気?」
「うん」
「ほんとによく考えた? 意地になってない?」
「うん、なってない。……あのね、シャンテちゃん。私ね、昨日メイリィさんに褒めてもらえてすごく嬉しかったの。私が作ったポーションを契約してもらえることになって、お店に私の商品が並ぶんだって思うと、泣いちゃいそうになるぐらい嬉しかった。だからね、また契約してもらえるように頑張ろうって。今度はもっともっと褒めてもらえるように、うんと凄い発明をしようって、そう思ったんだ。だからお願いします。私一人のお金じゃないことはよく分かってるけど、挑戦させてもらえないかな?」
視線と視線がぶつかる。ニーナは向けられた眼差しを正面から受け止める。
ややあって、シャンテはゆるりと息を吐いた。
「……わかった。これもアンタの夢への一歩だと思って、今回は買うことを許可します。その代わり、やるからには必ず成功させなさい」
「うん! ありがとう、シャンテちゃん!」
「ちょっ、こんなところで抱き着くなぁ!」
嬉しさ余って抱き着いて。シャンテは恥ずかしがるけど気にしない。
こんなにも珍しい素材を扱うことができるなんて、リンド村にいたときには考えられなかった。クノッフェンに来てよかった。そしてシャンテと友達になれて本当によかった。
ただ、今回は素材を買うことを許可してくれたけど、本当は納得していないはずだ。
でもだからこそ、お金を出してよかったと思ってもらいたい。シャンテをあっと言わせる発明を成し遂げたい。そうニーナは思うのだった。
「皮」と「革」の違いは、動物の皮をはいでなにも加工していないものが「皮」で、生皮をいつまでも腐らないように加工してあるものが「革」というそうです。




