仕掛けられた悪意
「皆さんを騙すつもりは無かったんです。ただ女性から<私からもらったことは秘密にしておいて欲しい>とお願いされたので、家族からのものだと嘘をついてしまいました」
そんなことよりっ、とシャンテが声を荒らげる。
「その指輪をくれたって商人の名前は? どんな人だった!?」
「え? えっと、名前は訊いてません。たまたま馬車に乗っているときに一緒になっただけで、会話の流れから名前を訊ねる機会が無くて」
「見た目は? 左右の瞳の色は?」
「黒髪の、髪の長い女性だったということ以外はちょっと……。瞳の色は金色だったように思うのですが、そういえば目元は髪の毛が覆っていたので片方の瞳しか見えなかったような気がします。すみません、よく覚えてなくて」
「ううん、こっちこそ矢継ぎ早に質問してごめん。でももう一つだけ質問させて。ミスティはその女とどんな会話をしたの? アタシたちのことでなにか言ってなかった?」
「えっと、そういえば会話のきっかけは、皆さんの活躍が記事となった新聞の切り抜きでした。車内で眺めていたときに、ちょうど向こうから声をかけてきて、私がニーナさんに憧れていることもそのときに話しました」
「やっぱり……。そういうことだったのね」
「あの、なにが<やっぱり>なのですか? 私、またいけないことをしてしまったのでしょうか?」
「ううん、別にミスティは悪くない。ただ、もう少し人のことを疑った方がいいかもしれないわね」
「それって……つまりこの指輪はもしかして身につけていてはいけない物なのですか?」
「恐らくは。そういうことなのよね、兄さん?」
訊ねられたロブが鼻をひくつかせる。
「いやあ、それがよう、なんとも確信が持てなくてな。いまの話を聞く限り怪しさ満点のはずなのに、どうもその指輪からはそんな感じがしないんだ」
「珍しいわね。そういうきな臭い事柄に鼻が利くところだけが兄さんの長所なのに」
そりゃないんだぜ、とロブはすぐさま抗議する。そんな二人のやりとりに、ニーナは思わず苦笑いを浮かべるけれども。
しかし、これは笑い事ではない。
この指輪が本当にニーナたちが思い浮かべる人物からのものだとしたら、このまま身につけていていいはずがない。いまさら外したところでなにも変わらないかもしれないが、それでも気味が悪かった。
「とにかく、指輪の出所が怪しいとわかったからには早く外してもらった方がいいんじゃないかな?」
「だな。両親からもらった指輪って話だったから俺もしばらく様子を見てたけど、もうそうする必要もないしな」
「そうね、ひとまず外して、それから詳しい人に鑑定してもらいましょ」
「……あの、皆さんは私に指輪をくれた人物に心当たりがあるのですか?」
一人だけ会話についていけないミスティが困惑の表情を浮かべる。
「ええ。そいつは恐らくはリムステラっていう魔女よ。ほら、前に兄さんの正体を話したときに、呪いをかけてきた魔女のことを話したでしょ? 推測でしかないけど、たぶん間違いない。違うのであればそれはそれでいいんだけど、とにかくその指輪を一旦外してくれる?」
事の重大さが伝わったのか、わかりました、とミスティは神妙な面持ちで頷いて、右手に嵌められた指輪を外そうとする。
ところが、どういうわけか金のリングは指にピタリとくっついて離れない。
「……あれ?」
ミスティの呟きに、ニーナは胸騒ぎを覚える。
「は、外れません……!」
◆
「やはり、この指輪には呪いがかけられているようだね」
「外せそうなんですか?」
「うん、外すこと自体はそれほど難しくないと思うよ」
解呪師からの言葉に、ニーナはほっと胸をなでおろす。
あのあと、すぐに騎士を呼んで事態の後処理を任せるとともに、フラウに来てもらい、解呪師のもとまで箒に乗せてもらった。いま目の前で指輪を注意深く観察する眼鏡の男性こそがその人で、名前を「スヴェン」という。つい先日も<ドッグイヤーパーカー>の件でお世話になったばかりだった。
「ただ厄介なことに指輪に何者かが封じられているみたいでね、呪いを解くと、そのまま封印も解いてしまいそうなんだ」
「何者かって、誰なんですか?」
「それは僕もわからないが、恐らくは悪魔的ななにかだ」
え、マジで? と、これにはロブも驚きを隠せない。そもそも悪魔とは自然界には存在せず、人の悪意や欲望が生み出した超常的な存在なのだが、そんな力あるものが封じられているようには全く思えなかったと言うのだ。
「そう、そこがこのリングの一番すごいところだ。もう何年も解呪師をやっている僕ですら、一目見ただけでは感じ取れなかった。ほら、君たちが持ってきた怪しい杖があるだろう? このリングに封じられている力は杖から感じる禍々しいオーラに匹敵するんだけど、それが巧妙に隠されてしまっている。恐らく並みの解呪師なら気付かぬうちに解呪してしまって、そのまま封印も一緒に解いていただろうね」
あの杖、とは誘拐犯が所持していたもので、ジェシーにかけられた呪いが解けるのかどうかを調べるために一応持ってきたものだった。
ちなみにスヴェンによると解呪はできるそうだが、いくつかのアイテムを揃える必要があるのと、魔力満ちたる満月の日を待つ必要があるらしい。満月はつい三日ほど前に過ぎてしまったので、およそひと月もの間は老婆のまま。節々の関節痛に耐えながら生きなければならないとのことだ。
スヴェンの言う通り、呪いについて人並み程度の知識しかないニーナですら、杖が纏う妖気のような禍々しいオーラを感じ取ることができた。杖を向けられたときは背筋に寒いものが走ったが、あれと同等の力が指輪に秘められていたなんて驚きである。
「さて、解呪すると封印も解けてしまうが、どうしようか? このまま身につけていても所持者をすぐに呪い殺すような、そんな危険なものではないから、もう少し万全の準備を整えてからでも僕は遅くはないと思うけれど」
「そもそもなんですけど、この指輪ってどういう効果があるものなんですか?」
「詳しいことは製作者に訊くしかないけれど、どうも<所持者とその周囲の人物の幸運を吸い取る>という性質があるみたいなんだ。ひと月以上身につけていたなら、恐らくもう何度か被害を受けたと思うんだけど、身に覚えないかい?」
あはは……
あります。ありすぎます。ウサギに蹴られて水のなかに落っこちたり、階段を踏み外したり、調合中にくしゃみをしてしまって素材を床にぶちまけたり。思い返せば他にも色々やらかしていた。そのどれもが些細なことで、まさか指輪の力が招いた不幸だとは疑いもしなかったのだ。
「それじゃあミスティさんが誘拐犯に目を付けられたのも、その誘拐犯の身に災難が立て続けに振りかかったのも、全部指輪の力が影響したってことですか?」
「可能性としてはあり得るね。だから早めに捨てちゃうに越したことはない」
だったら今すぐにでも外してしまおう。
そう提案したのは、いつの間にか変身していたロブだった。指輪に仕掛けられた悪意を見抜けたかったことに責任を感じているのか、今回は早くも本気モードである。
「あなたが、ロブさんなんですか?」
ミスティが目をぱちくりとさせながらロブを見る。
普段はめんどくさいから、もとい、力を温存するためにブタの姿で日常を過ごしているため、ミスティの前で人間の姿に戻るのはこれが初めてだった。
「そうだ。色々と気付くのが遅くなって悪かったな。でももう大丈夫。指輪に秘められた悪意ともども、俺が責任を持って処理する。そういうわけだからさっそく解呪をお願いしたい」
大魔法使いの力に間近で触れて、これなら何が起きても対応できると悟ったのだろう。
スヴェンは頷き、解呪の儀式に取り掛かる。床にチョークで大きな六芒星を描き、重なり合う二つの三角形の頂点に蝋燭を置く。灯る炎の色は淡い緑色。ミスティは指示に従って六芒星の中央に立つ。
スヴェンが杖を片手に解呪の言葉を唱える。その文言はニーナの知らない言葉で、なにを言っているのかはわからない。ただ、唱え始めてすぐ、指輪に変化が見られた。うっすらと黒い靄のようなものがリングから漏れ出しているのである。ミスティは戸惑いと困惑が入り混じった表情でニーナのことを見た。見守るニーナはぎゅっとこぶしを握り、大丈夫です、と力強く頷いた。
金の指輪から現れたる者は……?




