関わったのが運の尽き②
互いに壁を背に、距離をとった状態で見合うこととなったニーナたち。相手は背の高い男と、小柄でブロンドヘアーの女の二人組で、ミスティはというと、背後に回る女にナイフを突きつけられた状態であった。よく見れば足首の辺りをロープでぐるぐる巻きにされており、隙をついて逃げ出すことは難しそうである。どうにか女の手からナイフを奪い取らなくてはいけない。
「一応訊くけど、どうしてここがわかったんだい? まさかその犬がアンタらを連れてきたわけじゃないんだろう?」
「ふふん、そのまさかですよ!」
ニーナは見せつけるように、くいっと、フードの端を手で掴んで持ち上げるような仕草をする。
「なんと、この<ドッグイヤーパーカー>を着れば犬の言葉が理解できちゃうんですよ。どう、すごいでしょ?」
「ちっ、なるほど、誘拐の手助けをしてくれるのが魔法の道具なら、アタシたちを追い詰めるのもまた魔法の道具ってわけかい。……それにしてもアンタのその服、酷い見た目だねぇ。真夏の暑さにやられて溶けちまったブルドックのつもりなのか知らないけど、製作者はデザインの勉強をやり直した方がいいんじゃないかい?」
「み、見た目のことはともかく! 大人しく彼女を解放して!」
不覚にも女の例えに感心してしまったが、制作者本人の前で頷くわけにはいかない。
「ふん、馬鹿言うんじゃないよ」
「この状況で逃げられるとでも?」
「逃げる必要なんかないさ。むしろアタシたちにとっちゃ好都合。貴族どもに売りつけるにしても、せめてあと二人ぐらいは欲しいと考えていたところさ。よく見りゃアンタら二人とも可愛い顔してるし、きっとそれなりに高値で売れるだろうね。さあ、マカロフ、逃げられる前に捕まえちまいな。抵抗するようなら足の骨ぐらい折ってもいいよ」
女に命じられた男が一歩前に出る。
「……犬とブタは?」
「そいつらには用がないけど、逃がすと面倒だからね。殺して構わないよ」
わかった、と男は短い返事を返すと、懐からなにやら怪しげな液体を取り出す。小瓶のなかでゆらゆらと揺れる液体の色は濃い黄色。このタイミングで取り出すということは恐らくストレンジ系のポーションだ。
どんな効果がある水薬かはわからない。
けれどそんなことよりも、ニーナはポーションの色が気になった。
「ねえ、それ、原料はなに? まさかと思うけど<デゼディシレーション>と関係があるの?」
人攫いと薬。その二つの事柄はニーナにムスペルのことを思い出させる。初めてこの街を訪れたときに出会った敵のことを、決して忘れてはいない。
そんなニーナの問いかけに、へえ、と女が感心する。
「こいつを知ってるとはね。そうさ、これは錠剤型から改良された、即効性に優れた<デゼディシレーション>さ。効果時間が短いという欠点はあるものの、副作用はほとんどなし。リスクを負うことなく、手軽に鋼のような肉体を手に入れられる強化薬なんだよ。言っとくけど、この薬を飲んだマカロフにはそんじょそこらの攻撃は通用しないからね、覚悟しておくことさ」
マカロフが薬を喉に流し込む。すると瞬く間に男の筋肉が膨れ上がっていった。特に血管が浮き上がる両腕は丸太のように太くなり、それに従って衣服もビリビリと破けてしまう。同じ人間とは思えないほどの体つきへと一瞬で変貌してしまったのだ。これがリスクなしだなんてとても信じられない。あとから絶対に体に負担がかかるように思うのだが、戦う場面でリスクが現れなければ、それで良しという考えなのだろうか。
とはいえ、だ。男の変貌ぶりはたしかに驚異的だが、彼のような相手とはこれまでにも何度か戦ったことがある。薬の効果も、主に筋力増強と痛覚麻痺の二種類であることも知っている。ロブがいれば抑え込むことはそう難しくないはずだ。それよりも面倒なのは、ミスティにナイフを突きつける女のほう。どうにかして二人を引き離したいところだけれど……
しかし、考えがまとまる前に男が動き出す。態勢を低く構えたかと思うと、猛然とタックルを仕掛けてきたのだ。来るとわかっていても迫力はすさまじく、うっ、とニーナは気圧されるように体をこわばらせた。
ところが──
「えっ……!?」
メキメキメキッ! と、物凄い音がしたと同時に踏み出した足が床に埋まり、続けて下半身までもが一気に飲み込まれた。あまりに一瞬のことでなにが起こったのかわからなかったが、どうやら衝撃に耐えかねて木床に穴が開き、そのまま沈み込むようにして埋まってしまった、ということらしい。薬で巨体化した体が仇となってしまったようだ。
とはいえ、さすがに一歩踏み出しただけでこうはなるまい。これもロブの魔法のなせる業なのだろう。ニーナは感心して隣を見た。
ところが、なぜかロブはブタの姿のまま。
「あれ、これってロブさんの魔法じゃないの?」
「いんや、俺はなんもしてないよ」
ということは、単なる相手の自滅?
たしかにこの家は老朽化が進んでいそうな感じはするけれど、まさかこのタイミングで床が抜けるとは。
これには相手も予想外だったようで、間抜けな男に対して女が激怒してる。早く戦いなさいよ、と乱暴に指示を出すものの、うまいことすっぽりとハマってしまっているようで、なかなかどうして抜けだすことができないようだ。
「ちっ、こうなったら!」
女は自分が戦うしかないと思ったのか、ミスティのことを強引に引き倒して時間を作ると、部屋の隅に立てかけてあった杖に手を伸ばす。
その、二人が一瞬離れた隙に、シャンテが女と距離を詰めにかかった。
「させないよ!」
女は振り返りざまに、シャンテの足元目掛けてナイフを投げつけた。が、シャンテもそれをしっかりと躱す。けれども女からすれば、一瞬の隙を作りだすことができればじゅうぶんで、その間に杖を手にしてしまった。先端部分に動物の骨があしらわれた、なんとも禍々しい妖気をまとう、まさに人を呪うためだけに作られたような杖を向けられて、ニーナは生唾をごくりと呑み込む。
「この杖は消耗品だからあんまり使いたくないんだけどねぇ」
「なんなのよ、それ」
「何が起こるかはお楽しみに。自分の身をもって味わいな!」
放たれる眩いばかりの黄色い閃光。
ニーナは片目をぎゅっとつむる。
ところが、またしても予想だにしないことが起きた。あろうことか魔法が逆噴射して、女に直撃したのである。




