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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
12章 ひよっこ錬金術師、先生となる
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アンラッキー・デイ③

 潮風が微かに漂うノスタルジックな街、クノッフェン。世界樹が間近で見られるこの街は古くから観光の名所として栄えており、マーレ海と面する南東部から北部へ行くにしたがって徐々に標高が高くなる、坂道ばかりの街としても有名だ。


 そんなクノッフェンの北西部で暮らすニーナの家からは、街の景色が一望できる。やや街外れに位置するために買い物に行くには少々不便ではあるものの、異国情緒あふれるオレンジ屋根の街並みを眺めながらのんびりと坂道を下る時間というのも悪くない。青空と海と、そして美しい建築物の数々。この街で暮らす誰もが、この光景を宝物のように感じてた。


 しかし、そんな美しい街の景色も、俯きがちのミスティの瞳には映らない。ミスティも初めてクノッフェンを訪れたときはニーナと同じように心揺さぶられたものだった。それはこの街で暮らすようになったいまも変わってはいないけれど、それでも美しいものを美しいと思う気持ちの余裕がいまはなかった。足早に坂道を下るミスティは、手のなかの財布を強く握りしめる。


 市場に到着してからの行動も早かった。ここでは野菜や果物、鮮魚、精肉、ワインなど、食材に関するものが一通り揃っている。地元で採れたものはもちろん、貿易によって持ち込まれたものもここに集まる。まさに食材の宝庫といった場所だ。月の二度の売り出し日には主婦たちの戦場ともなる場所だが、今日はそうしたイベントは開催されていないため、人もそれほど多くはない。それでも、すれ違う人々とぶつかってしまわないように注意をしながら、ミスティは頼まれた食材を店を回りながら買い揃えていく。そのあいだマルはずっと腕のなかで大人しくしていた。


 ──あっ、美味しそうなリンゴ……。ニーナさん食べるかな?


 メモにはないけれど、これぐらいなら買っていっても怒られることは無いだろう。それにもし食欲がなくても、程よい酸味のあるリンゴなら食べてくれる気がした。


「あの、リンゴを一つ……いえ、やっぱり二つ頂けますか?」


 一つだけだとロブが悲しむかもしれない。そう思って、ミスティは二つ買うことにする。


 メモを何度も見返して、買い忘れがないか確かめる。それからすぐに踵を返して来た道を戻ることにした。シャンテからは寄り道してもよいと言ってもらえている。きっと落ち込んでいる自分に気を遣ってくれたのだとミスティは分かっていたが、それでも外をうろつく気分にはどうしてもなれなかった。







「なあ、ほんとにやるのか?」


「なんだい、いまさらビビってるのかい?」


「そりゃあビビりもするさ! 人攫いだぜ? いままでやってきた<運び屋>の仕事とはわけが違う。いくら変装するとはいってもよ、誰かに怪しまれたらどうするんだ?」


「アンタねぇ、それでも男かい?」


「うぐっ!?」


 ちょうどみぞおちのあたりに強烈な一撃をもらったマカロフは、大きな体を丸めてうずくまった。


 マカロフとジェシーは、つい先日まで二人とも運び屋だった。運び屋といっても普通の運送業を営んでいたわけでは無い。商品は人。実行犯役が捕らえてきた若くて有望な人材を、特殊なルートを通じて金持ちどもに売り捌く、闇の仲介人であった。


 当然、違法な取引を請け負うこともあってそれなりのリスクはある。が、実行役ほど人目につくことは無く、仕事内容も簡単。商品の手足を縛って、目元と口元を布で覆い、箱の中にでも入れて商品として偽装したら、あとは馬車の荷台に乗せて運び出すだけ。さすがにそのまま街を出ようとすると検問に引っかかるが、意外と海路への警戒は薄く、海の向こうからやって来た荷物へのチェックはやたらと厳しいわりに、運び出す積み荷は素通りできることが多いことをマカロフたちは知っていた。


 そうして比較的安全に、それなりにまとまった金を稼いできたつもりだったのだが、最近そうもいかなくなってきた。というのも、ここのところ相次いで実行役が騎士たちに捕まり、さらには一番の取引相手だったブラッドリー海賊団が壊滅したこともあって、商売がうまくいかず、途方に暮れていたのだ。


 それでも、取引先ぐらいは探せばいくらでもある。いつの時代でも奴隷を買いたいという貴族たちはいるものだ。


 しかし、買ってくれる人はいても、商品が用意できなければ意味がない。運ぶものが無ければ稼ぐことができない。これを機にまっとうな運び屋として犯罪行為から足を洗うことも考えたが、いまさら汗水垂らして小銭を稼ぐ日々なんて馬鹿らしいとジェシーは言う。確かに、三十を過ぎてろくに学もない自分が普通のやり方で生活していけるとはとても思えなかった。だから、自分たちで実行役をやるしかないという結論に一度は至ったのだが……


「まったく、いつまでそうしてうずくまってんだい? ほんとはそんなに痛くないんだろ?」


「いやいや、いまのは本気で痛かったんだって……」


 そう言いつつもマカロフはみぞおちの辺りを撫でながら立ち上がる。こちらを睨みつけるように見上げるジェシーの背丈は、マカロフの胸元辺りまでしかなかった。


 マカロフは見た目に反して臆病な性格だった。背が高く、決して筋骨隆々ではないものの力には自信があった。むしろ取柄は力だけ。昔から頭が弱く、常に誰かを頼って生きてきた。こうした状況に陥ったいまでも同じ運び屋業を営むジェシーに依存しきっている。ジェシーがいなければ生きていけない自信がある。


 ただ、意外にも告白は向こうから。

 気の強い彼女のアプローチによって、二人は半年前から恋人同士であった。


「なあ、やっぱり考え直さないか? 君とならお金がなくったって幸せになれると思うんだ」


「アンタはホント臆病だねぇ。一度悪事に手を染めちまったアタシたちが、いまさら普通なんて目指しちゃいけない。いいかい? アンタはいままで通りここでアタシが獲物を連れてくるのを待っていればいいのさ。なーに、バレないようにうまくやるから心配いらないよ」


 そう言って力強く胸を叩くジェシーは、確かにどこからどう見ても若い女ではなく、しわがれた老婆にしか見えなかった。


 ジェシーが描く筋書きはこうだ。

 まず小柄なジェシーが、如何にもか弱そうな老婆に変装する。年寄りが好みそうな服に身を包み、グレイヘアのウィッグを頭につける。顔は特殊なメイクで。声は<タイムトリップドロップ>という、少しのあいだ自分の声だけを歳を取らせる魔法のアメでしわがれた声に変声し、仕上げに<おばあちゃんちのかぐわしい香り>という一風変わった香水で体臭で誤魔化せば、そう簡単には見破られないはず。錬金術師たちが作成したいたずら用の調合品を使って、老婆になりきるのだ。


 そうして変装したジェシーが、街で見かけたターゲットとわざとぶつかってケガをしたフリをする。そして言葉巧みに相手を誘導し、マカロフが待つ廃屋へと連れ込むというのがジェシーの計画だ。狙うは錬金術師か、もしくは若くて綺麗な女。見た目が良ければそれだけで金になる。


 ちなみにここは以前から使っているアジトの一つで、実際に二人が暮らしている家はまた別にある。かなり古い家屋で、ろくに掃除もしていないので埃っぽい。歩くたびに床は軋み、天井にも蜘蛛の巣がかかっている有様だ。一応周りから怪しまれないように、家の外観だけはきちんとしてある。


 計画の成否はジェシーの演技力にかかっている。ターゲットだけでなく、待ちゆく人に怪しまれてもアウト。臆病なマカロフは愛しい恋人が騎士に見つかって犯罪者として捕まってしまうのではないかと心配で仕方がなかったが、どうしても説得することができず、ひらひらと手を振る彼女の後姿をただ見送ることしかできなかった。

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