幸運のお守り
「はぁ……私はなにやっているんだろ」
新作づくりを始めてから早三日。白いお湯で満たされた湯船に浸かるミスティは一人、狭い浴槽のなかで小さく三角座りをしていた。
ここ数日は失敗が積み重なり、何もにもいいところを見せられていない。<ハイポーション>作りは失敗に終わり、<レモン香るピリ辛フルーツポーション>のレシピを教わって挑戦するも、こちらも失敗。新商品の開発もまったく進んでいない。無償で泊めてもらっているのだから、せめて料理ぐらいは手伝おうと思ったのに、お皿を落として割ってしまうという失態も犯した。
普段はこういった単純なミスはしないほうだと思っていたのだけれど。
慣れない土地での他人との同居生活ということもあって、やはりどこか緊張しているのだろうか。
「ニーナさんはすごいなぁ」
同じように新開発作りを始めたというのに、ニーナはもうすでにレシピを閃き試作に取り掛かっている。それ自体は失敗に終わってしまったのだけれど、調合段階に進めただけでもすごいことだと思う。まったく前に進まなかった自分とは大きな違いだ。
もちろん、初めから憧れの人と同じようにやれるとはミスティも思ってはいない。それでも同じ錬金術師として、どうしても自分と比較してしまう。しかも年齢も同じで、境遇だって似ている。錬金術を学び始めた年齢にこそ大きな差はあるけれど、それはこれまで環境を言い訳にして夢を諦めていた自分が悪い。
ミスティは自らの右手にはめた金色の指輪を見つめる。
これは出発の際に家族から渡されたもの──そうロブに訊ねられた際に答えたけれど、本当は馬車での移動中に偶然知り合った女性からもらったものだった。そのときミスティはクノッフェンの地に思いをはせながら、ニーナたちの活躍が詳細に書かれた新聞記事を読んでいた。巨大ゴーレム事件に関する記事が一面を飾る、あの日の記事だ。
すると隣に座っていた女性が話しかけてきて、もしクノッフェンへ行くつもりならこれをどうぞ、とお守り代わりとしてくれたのだ。たしか女性は自らを商人だと名乗っていた。恐らくこの指輪も本来は売り物なのだろう。
「頑張ってください、か」
指輪をもらったときに、そう言ってもらえた。知らない人だったけれど、応援してもらえて嬉しかった。もちろん両親からも家を出るときに背中を押してもらった。ニーナやシャンテからは言葉だけでなく、こうして住む場所も与えてもらえている。たくさんの人々に支えてもらっている。ちょっと失敗が重なったからと落ち込んでいる場合ではないと、ミスティは自分に言い聞かせる。
それにしても夢みたいだ。
同時に、自分の行動力に感心する。ここに来ることができて本当に良かった。
ミスティは、自分が慎重派だという自覚があった。何事を行うにもまずは熟考。失敗することが怖いから、よく考えてから行動する。行動に移すときは、頭の中で成功を思い描けるようになってから。真面目な性格は自分の美点であると思っている。
けれど、それでもなにかに失敗してしまったときは酷く落ち込む。自己嫌悪に陥る。自分はダメな人間なんだと思うとまた行動できなくなってしまう。すぐには気持ちを切り替えられない。だから真面目な性格は考え物だと思う。
ミスティは、そんな、ただ真面目なだけでなにもできない自分のことを、いつしか嫌いになりかけていた。
だからニーナに憧れた。辺境の村から都会にやってきた、似た境遇の少女をカッコいいと思った。あらゆる障害を軽々と越えてしまう、その行動力を羨ましく思った。自分もそうなりたいと願った。だから半年かけてお金を貯めて、生まれ育った村を出た。無謀な行動だということはわかっているけれど、まず行動に移すことこそが、憧れの人に近づく第一歩だと思ったのだ。
まさかこうして本当にクノッフェンへと来ることができるなんて、当時は思ってもみなかったけれど。
ミスティは再び右手のリングに視線を落とす。
そういえば、どうしてあのとき指輪をくれた女性は、自分が渡したものであることを内緒にしてほしいなんて言ったのだろう。
商人だから?
本来は売り物であるはずの指輪を無償で提供することはいけないことだから?
指輪を見つめながら考えてみるが、いくら頭を悩ませたところで理由はわからなかった。そればかりか相手の顔もイマイチ思い出せない。ミステリアスな黒髪の女性だったことはなんとなく覚えているのだけれど。
ミスティは会話の内容を思い返す。どこに住んでるのかは秘密にされたが、クノッフェンではないと言っていた。そして名前はそもそも訊かなかった。お互い名前を名乗らなかったから、そういう会話の流れにならなかったから、知ろうともしなかった。また、会えるだろうか。もし会えたなら、きちんと指輪のお礼がしたいのだけれども。
◆
ミスティがお風呂場から戻ってきたとき、ニーナはレシピブックと向き合っていた。なにが原因で失敗してしまったのか、レシピを見直していたのである。
今日取り組んでみたのは<全自動あわあわ>と名付ける予定の商品だ。これは<ヤギミルク>という慣れ親しんだ素材をベースに、泡が勝手に動いて体を洗ってくれたら便利だし面白いだろうな、という発想から作り始めたものだ。
他にも<妖精の粉>(四代元素に意思を与えることで、その力を借りることができるようになる素材。命令に応じて火力を自動で調節してくれる<ヴルカンの炎>や、靴に吹きかけると足の運びを楽にしてくれる<テクテクスプレー7777>などの素材として使用されている)に加えて、さらにいくつかの素材と一緒に錬金釜に投じて煮詰めてみたのだけれども。あえなく、調合は失敗に終わってしまった。
──まあ、今回はやる前から失敗するってわかってたんだけれどもね。
錬金術師の直感とでもいうべきか、なんとなく、実行に移す前から失敗しそうな予感はあった。それでもあえて時間を割いて調合に取り組んでみたのは、ミスティが側にいたから。失敗続きのミスティに、失敗してしまうのはミスティさんだけじゃない、私だっていつも失敗しちゃうんだよ、ということを知って欲しかったのだ。
もちろん、調合には本気で取り掛かった。
本気で臨んだうえで失敗してしまったのだ。それも盛大に、である。
──とはいえ、まさかあんな派手な失敗をしちゃうなんてね……
予定ではちょっと黒煙を上げて、失敗しちゃった、とお茶目に笑うつもりだった。
ところが<神秘のしずく>を垂らした途端、これまで見たことの無いような大きなキノコ雲が顔面を襲い、そのせいで顔は煤だらけの真っ黒けに。しかも錬金釜の中身は黒いぶよぶよになっただけでなく、それがどういうわけか泡状に膨張して溢れ出してしまったのだ。おかげで床を黒く汚してしまい、つい先ほどまで掃除に追われて大変だった。
ふと、足元のロブを見る。
エロブタはお風呂上がりのミスティに視線がくぎ付けである。長い黒髪をタオルで乾かす仕草や、白い首筋を強調するような姿勢を見ていると、たしかにいまのミスティは普段以上に色っぽく感じる。なるほど、これが湯上り美人というやつですか。
「もう、またミスティさんのことじろじろと見ちゃって。あんまり見つめているとシャンテちゃんに怒られちゃいますよ?」
ニーナは小声でロブにささやく。
「いや、そうなんだけどよぅ」
「どうかしました? ……はっ、まさか恋しちゃったんですか?」
「えっ、いや、違うよ。まあ告白されたら考えちゃうけどなぁ」
ロブはニヤニヤ、デレデレしながら鼻の下を伸ばす。
「だって付き合ったら毎日一緒に風呂に入れるんだろ? それを考えただけでうっひょーなんだぜ。それに恋人ってことはお触りしても怒られないだろうし……」
──どごぉ!
おおぅ。
今回は恐ろしく強烈な一撃だった。床にめり込んじゃうのではと思うほど。
「さっさと風呂に入って来い! それともアタシが直々に湯船に沈めてやろうか!?」
うん、間違いなく怒ってますね、シャンテちゃん。
けれどそんな二人の様子がおかしかったのか、ミスティはクスリと笑う。
「本当にお二人は仲がいいんですね」
いまのやり取りのどこをどう見ればそんな感想になるのか疑問だけれども、ミスティは笑顔である。
それだけでニーナは良しとすることにした。




