成功を願う
──ばしゃん!!!
長きにわたる死闘の末、ついにヌシがその姿を見せ始めた。手繰り寄せられたナマズはがっちりとルアーを咥え込んでいる。まだ体の大半は水のなかだが、それでも顔の大きさを見ただけでわかる、さきほどテッドが釣り上げたものとは明らかに違う巨大さ。網を構えて待っていたケビンも、思わず固まってしまうほどだ。
「俺が水のなかに入って捕まえる。そこの背の高い少年も手伝え」
「……はいっ!」
網が役に立たないと判断したケビンは衣服が濡れることも厭わず水のなかに入り、ダンと二人がかりでナマズを掲げ上げる作戦に出た。
「アタシが釣り竿を持っとくから、ニーナは素材の回収を!」
「う、うんっ!」
シャンテに釣り竿を託して、ニーナはポシェットからハサミと小瓶を取り出す。
「やべえ、こいつは想像以上だ! なあテッド、写真撮ってくれよ!」
ダンとケビンが抱え込むように<巨大ナマズ>を掲げ上げる。二人がかりでも手に余るほどの大きさで、まだ体の下半分は水に浸かっている。ニーナの身長の二倍、いや三倍近くはあるだろう。通りで一人じゃ絶対に釣り上げられなかったわけだ。
ニーナは釣り上げたナマズの頭をなでる。ぬるぬるとした皮膚。こうして正面から見つめると愛嬌のある顔だなと思う。
それから無理やり口を開けて、食い込んでいた釣り針を丁寧に外す。
「ちょっとだけお鬚を切らせてもらいますね」
ナマズのヒゲはよほどのことが無い限り、千切れてもしばらくすれば再生する。解呪薬に必要な長さは先っぽのほうだけ切ればじゅうぶんだけれど、それでも一応、左右の髭を少しずついただいていこうと思う。
「すごい、すごいよ!」
ニーナがハサミを使うあいだもパシャパシャと、テッドは興奮気味にカメラのシャッターを切る。
「おい、俺の顔もちゃんと映してくれよ?」
「わかってるって! ほら、ニーナもこっち向いて!」
またしてもパシャリ。
それから釣り人にカメラを代わってもらって、三人でパシャリ。ロブやケビンも含めた六人でまたまたパシャリ。これ以上ない思い出が誕生した瞬間だ。
「それじゃあ名残惜しいけれど、そろそろ解放してあげようか」
いただくものはいただいた。<巨大ナマズ>をギルドに持ち帰ればみんなに自慢できるだろうけれど、なんとなく、そんなことはしたくなかった。これにはダンも、そうだな、と素直に頷いた。ニーナはじゃあね、と最後にまたナマズの頭を撫でた。
ヌシがまたあるべき場所に戻っていく。
すぐに姿は見えなくなってしまったけれど、静けさが戻った水面をニーナたちはしばらくのあいだ見つめ続けたのであった。
◆
「うしっ、それじゃあ帰るわ。色々とありがとうな」
「うん、元気でね。お姉ちゃんたちにもよろしく」
ついにこの日がやってきた。
ダンとテッドが訊ねてきてから早くも七日目の朝。晴れ渡る青空の下、二人は持ってきたリュックにお土産と思い出をいっぱいに詰めて、故郷であるリンド村へと帰る。
そんな二人の手にはヌシと格闘した証である釣り竿が。良いものを見せてもらった、とケビンがタダで譲ってくれたのだ。あのあとケビンは、次は自分の力で釣ってみせると力強く語ってくれた。それがいつになるかわからないけれど、その執念がいつか実ることをニーナは願う。
「はい、これ」
ニーナは二人に小さな紙袋を手渡した。
なんだろうと首を傾げるダンたちに、先日完成したばかりの<感電ビリビリレモンのど飴>だよと伝える。
「ラッピング専門店<ココ・カラー>でラベリングした完全版。店頭に並ぶのは明後日の予定だから、まだどこにも売られてないレア物なんだ。クノッフェンで活躍する期待の錬金術師の、まだどこにも発売されていない新作をタダであげるんだから、感謝してよね」
「ははっ、言うじゃねーか。けどまあリンド村までは早くても三日はかかっちまうからなぁ。そのときにはレアものじゃなくなってるのか」
「そんなことないよ。どうせどれだけ売れたって村に流通するのはまだまだ先だろうし。それに……あっ、ちょうど来たかな?」
ニーナは遠く向こうの空に視線をやる。
何事かと振り返った二人が見たのは、箒に乗る小さな魔女がこちらへ真っすぐ向かってくるところだった。
「はい、とーちゃーく。いつでも、どこでも、ひとっとびっ。真心こめてお届けします。黒猫印の箒郵便、配達員のフラウです。本日のお届け物はこちらのお二人ですか?」
「えっ、ニーナ、どういうこと?」
テッドは目を丸くしている。
「こちらは私のお友達で箒郵便のフラウさん。荷物と一緒に人も乗せて運んでくれるサービスを昨日のうちに頼んでおいたんだよ。もちろんお金はかかるけれど今日中には村に帰れるから、食費や宿泊費が浮くぶん、むしろ節約できるんじゃないかな」
「そこまでしてくれたんだ。なんだかこっちにいるあいだずっとニーナにお世話になりっぱなしだったね」
「かもね。でもこのアイデアを出してくれたのはシャンテちゃんとロブさんだし、実際に運んでくれるのはフラウさんだし、私はなにもしてないよ」
考えたくはないけれど、ニーナとかかわったことで二人がリムステラに狙われてしまうかもしれない。だからのんびりと馬車で帰るのは危ないのではないか。そう考えたシャンテたちがフラウに頼むことを提案してくれたのだった。
「なんだよ。半日で行き来できるなら、たまには村に戻って来いよな?」
「確かにそうだよね。……うん、そのうち。でもいまは錬金術にかかわれるのが楽しいから、当分はこっちで頑張るよ。近いうちにちゃんと私の作品を村まで流通させてみせるから」
「そっか。まっ、頑張れよ」
「あれ、<そんなの無理だろ>って、いつもみたいにからかわないの?」
ニーナが顔を覗き込むと、ダンは少しばかり恥ずかし気に頬をかく。
「まあな。村を出ていくまではニーナが錬金術師として活躍するなんて夢にも思ってなくて、出ていったあともどうせすぐに村に帰ってくると思ってたんだよ。けどなかなか戻ってこないから不思議に思って、それで様子を見に来てみたらさ、なんかちゃんとやれてるみたいだし、店にもニーナの商品が並んでるしで、もう<ガラクタ発明家>なんて言ってからかえねーよ」
「だね。だからニーナがリンド村に商品を流通させてみせるって言うのなら、僕らはそれを信じるし、素直な気持ちで応援させてもらうよ。成功を願ってるから頑張って」
「うわぁ、二人ともぉ……!」
まさかの言葉をかけられて、ニーナは思わず涙ぐみそうになる。
そこへダンが、そこんところは変わんねーな、と髪をわしゃわしゃとしてくる。
フラウが荷物をパパっと魔法の風呂敷に包み、びよんと箒を伸ばして、そこにまたがるようダンとテッドに促した。
「すげー、この旅でまさか箒に乗れるとは思ってもみなかったぜ。これもニーナ様さまだな」
「確かにね。僕も小説に空飛ぶシーンを入れてみようかな?」
「おぉ、いいじゃん、面白そう! 今度会う日までに小説を完成させといてよ」
「簡単に言ってくれるなぁ。でもまあ、ニーナに負けないように僕も頑張るよ」
「ふふっ、良い感じにまとまったところで、そろそろ出発しますねー」
二人を乗せた箒がふわりと宙に浮かぶ。そしてすいーっと滑るように動き出して、そのまま青い空に溶けていく。
「またねーっ! 私、こっちで頑張るからーっ!」
三人の姿が見えなくなるまで、ニーナはずっとずっと手を振り続けた。
爽やかな風が吹き抜けて、ココア色の髪を揺らす。暑い夏。まだすべては始まったばかり。気持ちの良い朝と、晴れ渡る青空に、なんとなく新しい予感を感じたニーナは、もっともっと多くの人に認めてもらえるように頑張ろうと決意するのであった。




