力を合わせて
帰宅してからはすぐにレシピ開発に取り掛かった。思い返すのは、釣り人ケビンの言葉。ナマズは視力が弱く、音を頼りに餌を捕食するという。その音をいかに再現できるかがルアーづくりの成功のカギを握る気がした。
ニーナはメモした内容を見返す。
──餌となるのは小魚や甲殻類に昆虫やカエルなど。このなかで音を再現できそうなものといえば……
テーブルの上に用紙を置き、そこに理想とするルアーの外見をスケッチする。一つの角度からだけでなく、様々な視点から。こうして手と頭をフルに使ってイメージを固めるのだ。
こうしてイメージが鮮明にできあがったら、次はどんな素材を使えば実現できるかを考える。フレッドが営む素材屋で商品カタログをもらったから、家にいながらでも素材を見ながらレシピを構築できるけれど、そんなものを見なくても目をつむれば店内の様子がまぶたの裏に浮かぶほど、ニーナはこれまで素材屋に足繁く通っていた。
──<妖精の粉>と<人形素体>は必須として、あとは……
素材が決まったら、あとはそれらを揃えて調合に取り掛かる。幾度かの失敗を繰り返しながら、そのたびに黒煙が上がった原因を考え、レシピを見直し、そして再び挑戦する。
村で暮らしていたときは素材一つ手に入れるのにも苦労していたから、繰り返し挑戦することができず、失敗したらそれまでだった。そのたびに悔しい思いをしたけれど、いまは資金が許す限り挑戦を続けることができる。
そして日をまたいだ翌日の夕方ごろ。
ニーナは五度目の調合の最後の工程を迎えていた。
──ぼふんっ!
恐る恐る<神秘のしずく>を一滴投じたニーナも、錬金釜から立ち上る白い煙を見て表情をほころばせる。
やった。やっと形になった。喜びと、なんともいえない達成感が胸に込み上げてくる。完成したいまとなっては疲れや眠気もいとおしく感じた。
ニーナは錬金釜のなかの銀色に光る物体に手を伸ばす。
<カエルぴょこぴょこルアー>の完成だ。
◆
再び訪れた決戦の地、フレス湖。マヒュルテの森の東に位置するこの湖のどこかに、探し求める<巨大ナマズ>は生息している。
ニーナたちの手元にはケビンから受け取った特注の釣り竿と、アルベルに頼んで調合してもらった絶対に切れない釣り糸、そしてニーナが制作した<カエルぴょこぴょこルアー>が。これら三つの武器を駆使して、なんとしてもフレス湖のヌシを釣り上げたい。
「準備できたか?」
「はい!」
「それにしても変わったルアーだな」
今日は初めからケビンも一緒だ。
そのケビンが釣り糸の先に光るルアーに注目する。
「カエルの形を模したルアーというだけでも珍しいが、色も銀にしたんだな」
「この前見せてもらったケビンさんのルアーが白や銀色が多かったので真似してみたんです。これなら目が悪いナマズも見つけてくれるかなって」
フレス湖の水は黄緑色に濁っている。これは決して水質が悪いわけでは無くて、周囲を取り囲むマナの木の影響を色濃く受けているからなのだけれども、こうした透明度の低い水の中で目立つ色にしようと考えたのだ。ちなみに調合に使用した素材は<妖精の粉><人形素体><マナガエルの足><フック型の釣り針><虹色ペンキ>の五種類である。
釣りに挑戦するのは今日もニーナとダンとテッドの三人。シャンテやケビンたちは周囲に気を配りながら見守ってくれる。だからニーナたちは釣りに集中するのみだ。三人は湖のなかでも影になっている個所目掛けてルアーを投げ入れる。
「それっ!」
ぽちゃんと水に落ちたルアーは少しばかり水のなかに沈んだのち浮き上がると、そのまま思い思いに後ろ脚を使って泳ぎ始める。
ぐぐっと両膝を胴体に近づけ、それから一気に足を伸ばす。すいーっと水の上を気持ちよさそうに進む動きは、まさに本物そっくり。これを目にしたケビンは、おぉ、と感嘆の声を上げる。
「驚くのはまだ早いですよ?」
その言葉に不思議そうな顔をするケビンだったが、そのとき、ニーナのルアーがぴょこんと跳ねた。
ニーナが何かをしたわけでは無い。ただ釣り竿を握っていただけ。それなのにルアーが勝手に跳ねて、そして着水したのだ。
これこそ<カエルぴょこぴょこルアー>の最大の特徴である。普通ならルアーを投げ入れるときにしか発生しない着水音も、このルアーなら何度でも鳴らすことができる。身をひそめるナマズたちに繰り返し繰り返しアピールできるのだ。
水をかきわける音と着水音。
これらを交互に発生させるニーナのルアーは、さっそく効果をもたらした。テッドの釣り竿に早くも獲物がかかったのである。
「うわっ、ちょっと待って!」
派手な水しぶきと共になにかが食いついた。予想外の引きの強さにテッドは体ごと持っていかれそうになる。
「テッド! リール! リールを巻いて!」
「う、うん、わかった!」
テッドは懸命に踏ん張りながら必死にリールを巻きあげる。しなる釣り竿。ピンと張る釣り糸。左右にふれながらも徐々に獲物が近づいてい来る。
「頑張れ、あとちょっとだ!」
そのときに備えてケビンが網を用意する。ニーナとダンは固唾をのんで見守っていた。
そしてついに釣り針にかかった獲物が姿を見せる!
「おぉっ! おぉ……!?」
大きい! ……けれどもこれが巨大ナマズなの?
「立派なナマズだな。が、残念ながらこいつは探し求めているヌシじゃない」
テッドが釣り上げたナマズはニーナの足先から胸元辺りまで迫るようなサイズだった。ケビンが言うようにこれでもじゅうぶんに立派だけれども、ここのヌシはこれよりもっと大きいらしい。
狙った獲物ではないと知って少しばかり残念な気もする。けれど、ヌシと呼ばれる<巨大ナマズ>はいったいどれほどの巨体を誇るのか、期待は膨らむ一方だった。
などと思いながら余所見をしていたら……
「うわあ!」
それは突然の出来事だった。目を離しているあいだにもぴょこぴょこと跳びはねていたニーナのルアーに、特大の獲物が食いついたのだ。
あまりの強い引きに釣り竿がすっぽ抜けそうになる。ニーナはそれを離さないように咄嗟に握りしめるが、すると体は大きく傾き、湖に向かってダイブしかけて。
「おい!」
そんな前のめりになったニーナを、ダンがすんでのところで引き留めてくれる。危うく湖に引き込まれるところだった。
けれどほっとしている場合じゃない。そうしているあいだにも釣り糸の先にかかった獲物は暴れていて、ニーナが握る釣り竿には強い力がかかりっぱなしだ。
「ニーナっ、絶対に手を離すなよ!」
「わかってる……けどぉ……!」
ダンに支えてもらいながらも体は依然として前傾姿勢で、水のなかに引きずり込まれそうな状態だった。これではリールを巻き上げるどころでは無い。
「ダン! もっと強く体を支えて! これじゃ落ちちゃう!」
「そんなこと言ったってよ。おいテッド、お前も手伝え!」
「う、うん!」
二人によってなんとか体勢を立て直すことができたが、早くも両腕が悲鳴を上げていた。ニーナの細い腕ではあまりにも荷が重かった。それに気付いたダンが後ろから釣り竿を一緒に持ってくれる。
それからは長い格闘の始まりだった。
三人がかりで釣り竿を引くが、それでも<巨大ナマズ>は一向に弱る気配を見せず、ニーナたちを水のなかへ引きずり込もうとしてくる。少しでも油断したら逃げられてしまいそう。そうでなくても釣り竿は怖いぐらいにしなっている。ケビンが釣り上げようとしたときに釣り糸が切れて逃げられてしまったと言っていたが、それも納得の引きの強さだ。
そうして三十分以上は経過しただろうか。ニーナたちは息も絶え絶えになっていた。<巨大ナマズ>は変わらず暴れ続けている。相手も必死なのが釣り糸を通じて伝わってくる。
「負けるもんかぁ」
最後の気力を振り絞るようにニーナは叫んだ。
ダンとテッドもいま一度力を込める。
そんな三人の戦いぶりに、いつの間にか周囲に人だかりができていた。
これは大物だぞ。この引きは絶対に<巨大ナマズ>に違いない。誰もが釣り上げる日を夢見て、けれど誰も成しえなかった。しかし、ついにその日が訪れたかもしれない。みんなが注目するのも当然だった。
「嬢ちゃん、負けるんじゃねーぞ!」
みんなが応援してくれている。この声援を力に変えて、ニーナは懸命にリールを巻きあげる。額を伝って落ちてきた汗が目にしみるが、それすらも気にしていられない。
もうちょっと、あと少し。
ようやく長きにわたる死闘の終わりが見えてきた。
「ええいっ、いい加減に釣れろぉー!」
──ばしゃんっ!!!




