巨大ナマズを釣り上げろ②!
「誰だ、このおっさん?」
「ちょっと、ダン!?」
ニーナの呟きを拾うかのように話しかけてきた男性は、ニーナもシャンテも見覚えのない人物だった。長袖長ズボンに帽子を被り目元はサングラスで覆っている。体格がよく、日にも焼けていて、シルエットだけならダンに似ていなくもないけれど、声色や顔の輪郭から歳は男性のほうがずっと上のように思われる。
「すまないな。<巨大ナマズ>という言葉が聞こえてきたもんで、つい話しかけてしまった」
そう言って男はサングラスを外して口の端に笑みを浮かべる。目つきは鋭く顔つきは厳ついものの、でも悪い人では無さそうだ。
「<巨大ナマズ>はいるって本当ですか?」
「ああ、俺もナマズを釣りあげようとしている一人でね。ここ数年、時間を見つけてはここにやってきて釣り糸を垂らす日々だ」
「そのあいだ、ずっと釣れずにいるんですか?」
「そうだ。だが奴は必ずいる。半年前に一度釣り針に食いついたことがあったんだ。これまでと明らかに違う食いつき。体ごと水のなかに引きずり込まれそうになるほどの衝撃だった。いくらリールを回そうとしたって相手の引きが強すぎてな。そこからは一進一退。気が遠くなるような時間を奴との死闘に費やしたわけだが──」
ニーナたちはごくりとつばを飲み込む。
「最終的には釣り糸が切れて逃げられてしまった」
「あぁ……」
思わず落胆の声が漏れ出す。いまなお追っているということは、つまりそういうことだとわかっていたはずなのに。
男が近寄ってきてニーナたちが持っている釣り竿を見る。
「……悪くはない。が、経験上、奴と戦うには厳しいな」
「おじさんの竿はこれより良いものなんですか?」
ニーナがそう訊ねると、男は少しばかりきょとんとしたような顔を見せた。
それから苦笑まじりに笑って言う。
「そうか、君たちから見たら俺ももう立派なおじさんか」
「あっ、いや、その、ごめんなさい」
「いや、いいんだ。昔から老け顔だとは言われていたが、十代からしたら三十五はもう立派なおじさんだ。それに名乗っていなかったのがそもそも悪いな。俺はケビン。君の名前を教えてもらってもいいか?」
ニーナは自分の名前と、友達を簡単に紹介する。
「そうか、ニーナか。ニーナさえ良ければだが、よかったら俺が知っている知識を君たちに教えようか?」
「えっ、いいんですか?」
「ああ、君たちみたいな若者が<巨大ナマズ>を釣り上げようなんて珍しいからな」
「珍しい? <巨大ナマズ>がいるって知ったら、みんな釣りに挑戦しそうなものなのに」
「ああ、昔はそうだった。釣りブームというものが確かに存在したんだよ。が、ここ数年は奴も警戒心を強めたらしく、まったくと言っていいほど釣り針に食いつくことがなくなったんだ。そうすると刺激が足りなくなったのか、森で狩りをするほうが有意義だと感じるようになったのか、釣り人はめっきりと減ってしまってな。いまでは見てもらっての通り、釣りはおじさんたちの娯楽でしかなくなったんだよ」
「なるほど、そうだったんですね」
「話が少し逸れたな。ナマズ釣りに関して俺が持っている知識を君たちに教えよう」
それからはケビンによるレクチャーが始まった。
ナマズは基本的には夜行性。
昼間は活動が鈍く、草木の陰でじっとしていることが多いそうだ。ただ、昼間でも問題なく釣ることができるらしい。夜の森は危険なので、日中に挑戦しようと思う。
ナマズを釣る場合、大きく分けてルアーを用いる方法とエサで釣る方法の二種類がある。
ルアーの種類は多岐にわたるが、ナマズを釣るなら<音が鳴るもの>がいいらしい。というのもナマズは目が悪く、目の前のルアーですら見逃してしまうこともあるほど。なので音を使ってアピールする必要がある。
餌で釣る場合は小魚や甲殻類、それから昆虫やカエルなどが有効だ。釣り針にチョン掛けする<ポカン釣り>という方法が昔ながらの釣り方なのだとか。
「それからリールを巻くときだが、ナマズは捕食が苦手でな、早く動かしすぎるとエサに食いつけないからゆっくりと巻くのがコツだ」
「大きな口を持っているのに食べるのが下手だなんて残念な特徴だなぁ」
「ははっ、確かにな。だがしつこくエサを垂らし続けると、あとから食いついてくれることもある。諦めないことが肝心だ」
やっぱ最後は気合が大事なんだな、とダンがニヤリとする。
俺の言った通りだったろ、とでも言わんとするかのようだ。
「最後は気合が大事かもしれないけれど、その前に準備することがたくさんあるよ」
「その通りだ。そのうちの釣り竿だが、それはよければ俺が貸そう。ちょうど家にまだ三本あるから遠慮する必要はない。ルアーと釣り糸も用意してやれるが、どうする?」
「うーん、素朴な疑問なんですが、これまでと同じ方法で釣れるんでしょうか? ケビンさんが長い時間をかけても一度しか姿を見せなかったナマズが相手です。せめてルアーだけでもなにか新しいものを用意しなければいけない気がするのですが」
「それはそうかもしれないが、新しいものとなると自作するしかないぞ?」
「大丈夫です。実は私、こう見えても錬金術師なので!」
そう言ってニーナはどんと胸を叩く。
さて、ルアーは創作を試みるとして、できれば釣り糸も切れないように改良を加えたいところ。ただ、あまり時間をかけすぎるとダンとテッドが村に戻らなくてはいけなくなる。悠長に構えてはいられないので、誰か詳しい人に話を訊いて調合のヒントとしたいけれど。
──切れない糸といったら真っ先にマージョリーさんの顔が思い浮かぶけど、釣り糸と洋服に使われる糸って全然違うよね。あっ、だったら……
◆
「なんだ、君か。それで、そんなに大勢で押しかけてきてなんのようだ?」
<巨大ナマズ>を相手にしても切れない釣り糸を開発するために、ニーナが訪れたのは鋼線の錬金術師であるマクスウェルの工房だった。
が、扉の奥から現れたのはマクスウェルではなくて、その息子のアルベルである。アルベルはニーナの顔を見るなり鋭い目をさらに細めた。
「突然だけど、釣り糸を自作したいの。どんな大物を相手にしても絶対に切れない強力な釣り糸を。そのためにも<ワイヤーバングル>で使われている鋼線のレシピを教えてもらえないかなぁと思って」
「は? 君は馬鹿なのか? 言うまでもなくレシピは錬金術師にとって命の次に大切なもの。そんな大事な秘密を教えるわけないだろ」
「むぅ、私だってヒントをもらいたいだけで、なにもそっくりそのまま真似したいわけじゃないよ。それにレシピは特許申請してるんでしょ? だったらなにも問題ないじゃない」
「だとしても教えるわけにはいかないな。それに父さんが作った釣り糸なら釣具店に納品しているから、そっちで買え」
「あれ、アルベルのお父さんて釣り糸も作ってるんだ?」
てっきり<ワイヤーバングル>以外は作っていないと思っていたから驚いた。
「なんだ、知ってて訪ねてきたわけじゃないのか。だったらなおのこと釣具店に行ってこい」
「うーん、でもいままでの釣り糸じゃあダメなんだよ。私たちが相手にしたいのはマヒュルテの森に生息する<巨大ナマズ>だから」
アルベルがピクリと眉を動かす。
「つまりお前たちは僕の父さんが作った釣り糸に不満があると?」
「え? いやいや、そんなこと一言も言ってないよ。それに今日話を訊いた釣り人のケビンさんが使用した糸が、マクスウェルさんが調合したものかどうかもわかんないし。ただ<巨大ナマズ>と戦った経験上、店で売られているような釣り糸の強度では少し心配だって言ってたから」
「……わかった。一日待て」
「え、わかったってなにが?」
「僕が世界中にあるどんな釣り糸よりも強力なものを作ってやる。採算が合わないからと封印したレシピを使えば、それが可能なはずなんだ。その代わりに、かかった費用はきっちりと頂くからな」
話がなんだかおかしな方向に向かっている気がする。
もともとは自作する予定だったのだけれども。
──まあいっか。アルベルもやる気みたいだし、それに共同作業って感じがしていいかも。
「うん、それじゃあお願いするよ。明日の夕方に取りに来たらいい?」
「ああ、そうしてくれ。それじゃあ僕はさっそくレシピの見直しに取り掛かるから」
そう言ってアルベルは返事を待たずに扉を閉めてしまった。
そんなやりとりの一部始終を見ていたダンが訊ねる。
「なあ、あいつとニーナってどんな関係なんだ?」
「どんなって、うーん……ライバル?」
「ふーん」
えっ、なにその返事。なんだか気になるんですけど。
まあいいか。いま考えるべきはルアーについてだ。ナマズが餌だと勘違いするような音を鳴らすことができればいいのだけれど、さて、どんなルアーを作ろうかな?




