巨大ナマズを釣り上げろ①!
「おっ、見えた! こいつが<フレス湖>か!」
森の小道を抜けた先に広がる大きな湖。向こう岸が見渡せないほど広大な面積を誇るこの湖のどこかに、お目当ての<巨大ナマズ>がいるはずとされている。ニーナたちは小道を下り、開けた場所へと出る。
「ナマズが住む沼だって訊いてたから、もっと濁ってるのかと思ってたぜ」
視界いっぱいに広がる水の色はちょっぴり濁った黄緑色。けれども水をすくってみればちゃんと透明で、どろどろとした感じはまったくしない。ダンが想像していた沼地とは大きく違っていた。
「それにしても広いな。水と森と曇り空しか見えねぇ」
「だね。でも海はもっと広いんだよ?」
「そんなの俺だって知ってるぜ。ここに来る途中で海に立ち寄ったからな」
どうだと言わんばかりのダンだが、そこへテッドがそんなに威張ることじゃないでしょ、と言う。
「馬車を乗り間違えて港町に着いちゃっただけだよ」
そういえば家に押し掛けてきたとき、乗り継ぎに失敗して一日無駄にしてしまったと言っていた気がする。
「まっ、細かいことは気にすんな。それより俺たちも早く釣りを始めようぜ。じゃないと他の人に釣られてしまうかもしれねー」
湖の側ではニーナたちの他にも釣り人の姿がちらほらとだが見える。そのほとんどが男性で、数人で釣りを楽しんでいる姿もあれば、一人で胡坐をかいて水面に向かっている姿もある。なかにはボートに乗って釣りをしている人も。
そう簡単にヌシが釣れるとも思わないけれど、たしかに他の人に目の前で釣られたら悔しいので、早く準備を済ませてしまおう。
シャンテが借りてきた釣り竿は三本。それぞれニーナとダンとテッドが釣りに挑戦することになっている。シャンテとロブはもしものときのために、周りを警戒してくれるそうだ。
もちろん釣り竿だけでなく、釣り糸や釣り針も買ってきてくれている。ルアーは悩んだそうだが、店の人と相談して試しに三つ、違う種類のものを購入してみたらしい。なにせここ数年、姿だけは確認されているものの、沼のヌシを釣り上げた人はいない。そのためどんなルアーが効果的なのか釣具店の人もわからないそうだ。だからとりあえず一般的なナマズ釣りで使用されるルアーを用意したらしい。
「他にもエサを用意して釣る方法もあるってシャンテちゃんが」
「へー。で、エサはどこだよ?」
「そりゃあ……」
ザクザク、とスコップで足元の土をひっくり返すと、土のなかからミミズが現れた。ニーナはそれを手のひらに乗せて二人に見せる。ダンとテッドは覗き込むが、その後ろではシャンテが顔を少しばかりしかめている。相変わらずシャンテはクモを始めとした虫が苦手なのだ。特にこの森に生息する虫は他と比べて一回り大きいから尚更である。
「ナマズってなんでも食べるらしいから、ミミズやカエルをエサにすればいいんだって」
「なるほどな。それじゃあ色々と試しながらヌシ釣りに挑戦するとしますか」
ダンはルアーのなかから一つを直感で選ぶ。銀色をした流線型の魚型のルアーだ。その先端のわっか部分と釣り糸をきつく結んで手早く準備を済ませる。
「できた! 先に始めるぜ!」
ダンはそう言って後ろに下がると、軽く助走を付けてから大きく竿を振った。びゅんと風を切る音と共に、ルアーは綺麗な放物線を描きながら遠く向こうの水面へと落ちた。
「おぉ、すごいじゃん」
遠くへ飛ばせばいいというものでもないのだろうけれど、それでも見事なものである。少なくともニーナにはまねできないことだった。
ニーナはせっかくなので先ほど捕まえたミミズをエサに選んでみる。
「えいっ!」
無理せず、そう遠くない位置へ釣り針を投げ入れる。
やや遅れて、テッドも同じようにルアーを水面へと投じた。
「あとは待つだけだね」
「うん、それにしてはやけに真剣な顔してるよね」
ニーナとテッドは二人してダンの顔を覗き込んだ。さすが、男と男の勝負だと言っていただけあって、いつになく真面目な表情で水面を睨んでいる。そんなに力を入れたって釣れるわけじゃ──
「おぉっ、ヒット!」
えっ、うそっ、と思ったが、確かに釣り竿はしなっており、なにかが食いついたようだった。
こいつは大物だぜ、とダンは興奮気味にリールをぐいぐいと巻いていく。
「おっ、おおっ、おおおっ……あれ?」
食いつきに負けないように必死になってリールを巻いたことが功を奏したようで、ダンは見事に獲物を釣り上げた。
が、釣れたのはナマズでは無くて別の魚。しかもそこまで大きくもない。決して小さくはないのだけれど、期待が大きかっただけにちょっぴり残念である。
「ま、まあ、こういうこともあるよな。うん、幸先は悪くねえ。この調子で釣りまくるぜ!」
「量より質。目的は<巨大ナマズ>だよ?」
「わかってるって。さっ、次だ次! お前らも気合入れろよ?」
気合で釣れるとは思わないけれど、実際にヒットしたのはダンの釣り竿だけ。案外馬鹿にできないのかもしれない。
周りを見渡してみると、獲物が食いついていないときもくるくるとリールを巻き、最後まで巻き終えるとまた水面に投じることを繰り返している。常に動かしておいた方がナマズにエサの存在をアピールできるということなのだろうか。
──釣りって実は難しいのかもしれない。シャンテちゃんに任せるだけじゃなくて自分でも釣り方を調べてみるべきだったかも。
ただ待っているだけなのもつまらないので、ニーナもゆっくりとリールを巻いてみる。そして巻き終えるとまた釣り針を投げ入れて、静かに待ち、少ししたらまた巻き取る。たまにエサを取り換えて、ルアーも試してみる。
「あっ、なんか来た!」
反応あり。だけど、これはナマズでは無さそうだ。
とはいえせっかくなので釣ってみる。<ワイヤーバングル>を使っての釣りはセオドア島にて経験したことがあるけれど、釣り竿を使って行うのは何気に初の体験だ。
強い引き。しなる釣り竿。
いま、魚と一対一で戦っているんだっていうのが腕に伝わってくる。
あと少し、もう少しで──
「よしっ、釣れた!」
水しぶきと共に姿を見せた魚を掲げてみる。自分の顔ぐらいの大きさの魚だ。ダンが釣ったものよりも小さいけれど、それでも自分の力で釣れたのは素直に嬉しい。
「すごいね」
「ふふんっ、釣れますようにって念じたからね!」
「まったく、ニーナまでダンみたいなこと言うなよ」
そう言ってテッドは苦笑まじりに笑う。まだテッドの釣り竿に魚が食いつくことはないけれど、それでも楽しんでくれているようだ。
ニーナは後ろを振り返る。
「シャンテちゃんとロブさんは暇じゃない? 見張り代わろうか?」
「ううん、遠慮しとく。見えてる魚をワイヤーで釣るのは得意なんだけど、そうやって気長に待つのは性に合わないのよね」
たしかに<フレス湖>の水は濁っているから、ここからでは魚の姿が見えない。
それならばと、リュックのなかから淡いピンク色の縁をした眼鏡を取り出してみる。
その様子を不思議そうに見ていたテッドが、ニーナって目が悪かったっけ、と訊ねてきた。
「ううん、これは<見通し眼鏡>といってね、マーレ諸島に遊びに行ったときに作った魔法の品だよ。こうやってかければ、岸辺に立ちながらでも水面の反射に邪魔されることなく、水のなかの様子を眺めることができるんだ。手元にある素材で自由気ままに作った発明品だから効果にはそれほど期待できないけれど……」
ニーナは眼鏡の奥の目を細める。
「うーん、やっぱりいまいち見えないや」
セオドア島の海は透き通っていたから海底まで見通せたものの、ここでは数メートル先を知るのがやっと。かけないよりはましだけど。
「……ナマズの姿は見えないなぁ」
それでも近くに魚の群れが見える。
ニーナはそこへ目掛けて釣り針を投げ入れた。思ったところから少し外れてしまったものの、リールを巻きながら、体ごと移動して魚の群れの真ん中へとエサを移動させる。
「あっ、食いついた!」
意外にもあっさりと食いついてくれた。ニーナは急いでリールを巻き取り、釣り上げる。先ほどよりもさらに小さいけれど、これで二匹目だ。この<見通し眼鏡>さえあれば、釣るだけなら案外難しくないのかもしれない。
「調子いいね」
「いまのはちょっとずるしたんだけどね。でも釣りたいのは<巨大ナマズ>なんだよ。本当にここにいるのかな?」
「──いるぞ。ここに必ずな」
いまの声はいったい?
振り返った先にいたのは、見知らぬ通りすがりの男性だった。




