ヌシが住む沼を目指して②
「どーよ、似合ってるだろう?」
もらったばかりの登録票を首からぶら下げて、ダンは満足げに笑った。相手のほうが背が高いからか、なんとなく見下されているような気がする。まだ白磁の見習い冒険者だけどね、なんて野暮なことは言わないほうがいいんだろうな。
「でさ、ニーナは銅等級まで上がったって話だけど、どうやって等級って上げるんだ?」
「そりゃあもちろん、コツコツと依頼をこなして、だよ」
ニーナは受付横の依頼が貼り出されてある掲示板を指さした。
「依頼の種類は様々だけど、ここは錬金術師の街だからね、一番多いのはやっぱり素材を採取してきて欲しいという依頼かな。私の場合は自分で使わない素材を交換に出したりしてるよ」
「素材屋があるのに、わざわざ依頼する人なんているんだな」
「うん、素材屋で買うより、直接冒険者から仕入れた方が基本的には安いからね。そのぶん素材屋は品ぞろえの豊富さや、この辺りでは採取できない素材を仕入れてくれたりするから、どちらを頼るかは人それぞれなんだと思う。素材屋の場合は欲しいときにすぐに買えるのも利点かな」
「なるほどな。ニーナはこの掲示板に依頼を貼りだしたことはあるのか?」
「私はシャンテちゃんがいてくれるから、欲しい素材は自分たちで採りに行くよ。特に最初の頃はお金がなかったから、自分たちの足で稼いでた。最近は三馬鹿さんたちに頼むことも多いけど」
特に強烈な異臭を発することで有名な<パンギャの実>の採取については任せきりで、フランベからフルーツポーションの錬成、瓶詰に至るまで、ほぼすべての工程をオドたち三人にお願いしている。ニーナがやることといえば完成品の品質を確かめたあと、商品を店に納品するだけだ。
もちろん、オドたちにはきちんと報酬を支払っている。シャンテはあんな奴らなんてこき使えばいいと言うけれど、ニーナが新作づくりに時間を割けるのはオドたちがポーションづくりを引き受けてくれるから。これからも末永くお世話になりたいからこそ、働いてもらった分のお金はちゃんと渡すようにしていた。
それからニーナたちは<風紋>と呼ばれる空間転移を利用するために、魔法陣が描かれた小部屋へと移動する。マヒュルテの森は広大で、端から端まで歩くだけでも一日がかりとなってしまうため、空間転移を利用して移動するのが一般的だ。この際に消費されるのは世界樹が生み出す膨大な<マナ>であり、だからこそ<風紋>を利用した空間転移は世界樹近郊でしか使えないとされている。
「なんだか物凄く複雑な模様だよね」
テッドはここぞとばかりにカメラのシャッターを切る。
「うん。それだけじゃなくて、この施設の地下には<風紋>を制御するための専用の仕掛けもあるんだって。神殿みたいなものらしいんだけど、それがあるから誰でも気軽に、魔力を消費することなく空間転移が可能らしいんだ。この仕組みを開発した人は本当に偉大だよね」
「僕もそう思う。ねえ、空間転移ってどんな感じ?」
「ふふん、それは自分で体験してみてのお楽しみだよ」
ニーナたちは揃って魔法陣が描かれた二重円の内側に入る。受付で登録票と共に受け取った<風紋の指輪>が淡い緑色に光り、それと同調するかのように魔法陣も光を帯びる。やがてその光は段々と強く輝きを増していき、ついには目を開けていられないほどになって──
◆
「ほら、着いたよテッド」
いつまでも眼鏡の奥の瞼をぎゅっとつむるテッドの肩を軽く叩くと、テッドは恐る恐るといった様子で目を開く。そして視線の先に存在する一際大きな存在を見上げた。
「うわぁ、これが世界樹……」
「どう? 近くで見るとより迫力が増すでしょ?」
「うん……」
口をぽかんと開けたまま、テッドは小さく頷いた。その隣ではダンも同じように口を半開きにした状態で固まっていた。
ここはマヒュルテの森の中央に位置するベースキャンプ。そして世界樹に最も近いとされるキャンプ地である。ここからでも世界樹までまだ距離があるのだが、それでもなお無視することなど到底できないほどの圧倒的な存在感を放つ世界樹を前に、二人は言葉が出ない様子だった。テッドに至っては、せっかく持ってきたカメラを構えることすらしていない。
「写真、撮らなくていいの?」
「へっ? あっ、そうだった」
慌ててカメラを手に取って、テッドはほぼ真上にそれを向ける。あまりにも被写体が大きすぎて、どうやって写真という枠組みに収めるべきか頭を悩ませていているようだ。
その隣でダンは、やっぱデケーな、と呟いた。
「冒険者で金等級になるには、この世界樹のテッペンまで行かなくちゃなんねーんだよな。こんなのどうやって登るんだよ……」
「えっと、世界樹の周りに絡みついているマナの木が見えると思うんだけど、あれを道に見立てて登るんだよ」
通称<エルフロード>と呼ばれる、世界樹に絡みつく複数のマナの木が螺旋階段のように続く道がある。その幹を通って上へ上へと登っていくことができるのだ。自然が生み出した道なので、鳥の巣のように絡まった幹が足場を作る個所もあれば、明らかに道幅が狭い場所も存在しているらしい。
「そんなの絶対途中で落ちちまうじゃねーか」
「かもね。でもそうならないために<ワイヤーバングル>を始めとした魔法の道具があるんだよ」
「なあ、誰かの箒に乗せてもらっちゃダメなんだよな?」
「そんなの当たり前だよ。……いや、私もどういう理屈か知らないんだけどさ、ちゃんと自分の足で世界樹を登りきらないと、錬金素材として非常に価値のある<世界樹の輝く葉>は手に入れられないんだ。それを手にして初めて、冒険者として最高の栄誉が与えられるからね。ダンも冒険者を目指すなら自分の足で登りきらないと」
「いや、別に俺は冒険者に憧れてただけで、なるわけじゃねーし」
「えぇ、いまからでも目指せばいいじゃん。それだけ大きくて立派な体があるんだし、頑張ればなれるんじゃない?」
ニーナからしてみれば、性別の違いこそあれど、ダンの身長は羨ましかった。
「簡単に言ってくれるなよ。それにもし俺が本気で冒険者を目指すとしたら、村の畑はどうすんだよ」
「あっ、そっか。おじさんたち困っちゃうよね」
ダンは小麦農家の息子であり、長男だ。いずれはあとを継いで農家を続けていかなくてはいけない。ニーナとは根本的に立場が違うのだ。それにテッドみたいに村にいながらできる職業でもない。平和な村では冒険者の力が必要とされることが稀だからだ。
「まっ、そういうことだからよ、世界樹の踏破は諦めるけど、その代わり巨大ナマズは絶対に釣り上げてみせるぜ。だから早くヌシが住む沼まで案内してくれよ」




