ガラクタ発明家の新作発表会
「おおーっ、ここがニーナの家か。けっこう立派だな」
「でしょ? 広くはないけれど綺麗だし、食器や家具なんかも初めから揃ってるところを借りたんだ」
扉をくぐるなり、ダンとテッドは興味津々といった様子で辺りを見渡す。まさに自分も、イザベラに紹介してもらったときはこうだったなと、ニーナは初めてこの街を訪れた日のことを思い出していた。
「当たり前だけど錬金釜もあるんだね。これはニーナの家にあったものとは別物?」
「そうだよ。さすがにこの大きさは持ち運べないからね」
いまでこそフラウと知り合えたから無人島に錬金釜を持っていくこともできるけれど、当時は黒猫印の箒郵便を呼ぶことはしなかった。まさかこれほど速くて便利で、荷物だけでなく人も箒に乗せて運んでくれるとは知らなかったから、あくまで最後の手段と考えていた。宿泊費などを考えれば、黒猫印の箒郵便を頼る方が費用もずっと安く済んだだろうなと、いまなら思う。
しかし、もしも過去に戻ることができたとして、それでもニーナは馬車での移動を選んだだろう。そうでなければシャンテたちと出会うこともなかったからだ。宿泊施設の窓から飛び降りたことで、ニーナたちは知り合うことができたのである。寝坊したことも含め、あのときの行いは決して褒められたものではなかったけれども。
「へー、思ってたよりずっといいところに住んでんだなぁ。こっちの部屋は?」
「そっちはお風呂場。というか、なんでもかんでも勝手に触っちゃ嫌だよ? 私だけじゃなくてシャンテちゃんの私物もあるんだから」
「おっと。そりゃそうだ。悪い悪い」
「二階に空き部屋があるから、そこ案内するよ。ロブさんが寝るときだけ使ってるところなんだけど、ベッドなんかも自由にしていいから。とりあえず旅の荷物を置いてきなよ」
二人を二階へ案内して、それからこの家を借り受けた経緯を簡単に説明した。もちろんムスペルとのいざこざについては秘密にしておいた。二人を心配させたくはなかったからだ。
荷物を置いて一階に戻ると、シャンテが昼食の準備を始めてくれていた。二人の来訪は予想外だったが、それでも有り合わせのもので適当に作ってくれるという。ダンとテッドは申し訳なさそうにしきりに頭を下げた。五人でテーブルを囲むには椅子の数が足りないけれど、そこはソファーを使ってもらうということで、多少の不便は我慢してもらおう。
「シャンテちゃんの料理は絶品だからね、期待してていいよ」
待っているあいだは、二人の旅路の様子を話してもらった。馬車の乗り継ぎに失敗して一日無駄にしたことや、知らないメニューを頼んでみたものの不味くて、涙を流しながら食べたこと。宿代を節約するために同じ部屋に泊まったが、ダンのいびきが想像以上にうるさくて眠ることができなかったこと。
「えぇ、それじゃあ今日からも地獄じゃない。ダンだけ一階で眠ってもらおうかな」
「そりゃないぜ。なあ、いびきをかかなくて済む様な発明品ってないのか?」
「私の作品じゃないけど、たしか魔法雑貨店にそういうの売ってた気がするから、明日行ってみようか」
シャンテが作ってくれた昼食は、有り合わせとは思えないほどきちんとしたものだった。パンにサラダにひよこ豆とウインナーが入ったトマトスープ、それから鶏肉と茄子の甘酢炒め。特別珍しい野菜や調味料を使ったわけではないけれども、それでも味は抜群で、二人は一気にかき込むようにそれらを食べた。あまりの食べっぷりの良さに、ニーナも鼻が高かった。
食事を終えて、少しして。
「で、こっちではうまくいってるのか?」
と、ダンがずっと聞きたかったのであろう話題を切り出した。
これにテッドが続く。
「こんな立派な家で不自由なく暮らせているということは、それなりに仕事があるんだろうけれど、ヒット商品でも開発できたのかい? それともシャンテさんたちが稼いでくれてるとか?」
「そうそう、なにか秘密があるんだろう? でなきゃ<ガラクタ発明家>が暮らしていけるわけないもんな」
「二人とも酷いなぁ。私だってちゃんと稼いでるし、今日だって商品を納品してきたばかりなんだから。というか、手紙でも新作がよく売れているって説明したよね?」
「いやあ、そうなんだけどよ、イマイチ信じられなくて」
「僕はダンほど疑っていないけれど、だからこそどんな新作を生み出したのか知りたいんだ。よかったら作ってみせて欲しいな」
そういうことなら、とニーナは椅子から立ち上がる。ニーナとしても、二人に成長した姿を見て欲しいと思っていた。
とはいえ、二人が来ることは予想していなかったから、急にお願いされてもなにを作ろうか迷ってしまう。どうせならあっと驚かせられるような発明が良いけれども。
手元にある材料と相談しながら考え込む。
「……あっ、そうだ。二人って甘いもの嫌いじゃなかったよね?」
◆
ぐつぐつと沸騰する<マナ溶液>に<ひょうたんの種><ぷるるんピーチ><カカオマス><カカオバター><マジカルシュガー>を順次投入し、<錬金スープ>の色合いを見極めながら、しっかりと底からかき混ぜる。
そこから火加減を弱火に変えて七分と三十秒。
<お知らせヤギ時計>がメェーと鳴いたら<デカメロンの果汁>をゆっくりと回し入れて、再びかき混ぜること時計回りに三回。
最後に、ニーナは<神秘のしずく>が入った小瓶を手に取った。
「それじゃあ、よく見ててね?」
一度だけ肩越しに振り返り、そして釜のなかにしずくを一滴垂らす。
──ぼふんっ!
上がった煙の色は……白!
この時点でダンとテッドは、おぉっ、と大きな歓声を上げる。
「完成したのか?」
調合の邪魔になってはいけないからと少し離れた位置から見守っていたダンが、身を乗り出して訊ねてくる。
「うん、ほら!」
「これはチョコレート?」
「そうだよ。もちろんただのチョコレートじゃないんだけど、そうだなぁ、まずは私が食べてみせようかな!」
釜のなかにできあがったチョコレートを一欠けらつまみ、それを口のなかに入れて溶かすように味わう。そのとき、なりたい自分を鮮明に思い描くことが変身するための秘訣だ。
「……なにも起こらないけど失敗したのか?」
「まあまあ、焦らない焦らない」
ちょっぴり変身までに時間がかかるのが欠点ではあるものの、それぐらいは些細なこと。こうして胸を張って待っていれば──
「……おおっ!」
ダンとテッドが両目を見開く目の前で、ニーナは波打つようにしながら変貌を遂げる。
二人は恐ろしいものを見るような目でニーナを見ていたが、やがて華麗なる変身を遂げると、あんぐりと口を開けたまま固まってしまった。
「どうかな?」
「ど、どうって……」
その姿は、まさに姉であるロマナにそっくり。姉妹であり、日ごろから理想としていただけあって、もっとも鮮明に思い描くことができる女性がロマナなのである。
そしてダンが理想とする女性像もまた、ロマナなのだ。ニーナはそのことを知っていて、ダンを喜ばせてあげようとしたのである。
「ふふん、驚いてくれたようだね」
「マジかよ……。お前、ニーナなんだよな?」
「そうだよ。お姉ちゃんと似た姿に変身できたとは思うけれど、やっぱりちょっと違うはずだし、声も少しは変わったけれど、それでもお姉ちゃんとは違うよね」
「お、おう、そうなんだけど……」
「そうなんだけど、なに……?」
頬を赤く染める二人はニーナのことをじろじろと見る。季節が夏ということもあり薄着であったが、いまは体が大きくなったこともあり、服のサイズが少々合っていない。特に胸のサイズは二回り以上大きくなったために胸元がきつく、そのせいかシャツが引っ張られて、おへそが丸見えになっていた。
そう、良くも悪くもニーナが変身した姿は、健全な少年たちにとって刺激が強すぎたのだ。
「え、なんで二人とも黙るの? それにどうしてロブさんも私のこと見てるんですか? 別にロブさんにとっては珍しくもなんともないと思うんですけど……」
なんだか変な空気になっているような……
ニーナは助けを求めるように振り返った。
けれどもシャンテは首を横に振って、今回はニーナが悪いわね、と呆れ顔だ。
「なあ、ニーナ」
お願いがあるんだけどさ、とダンは言う。
「え、なに、あらたまって?」
「ちょっとだけでいいからさ、胸、触ってみてもいいか?」
「は? ……はぁ!? えっ、ちょっと意味が分からないというか、そんなのダメに決まってるじゃない!」
「だって、その胸ってどうせ偽物なんだろ? だったら少しぐらいいいじゃないか」
うんうん、と頷くロブ。
その隣でテッドはたらりと鼻血を垂らしていた。
「いやいや、偽物じゃないし! このチョコは私の体をもとにして痩せたり太ったり、背を高くしたり髪の毛を伸ばしたり、そういうことができる発明品なの。つまり本物。ちゃんと私の体なの! だからぜーったいにダメ! ダメったらダメ!」
それでもダンはなにかに憑りつかれたようにふらふらと近寄ってくる。両手をわきわきと、妙な動きを見せながら。それはまさに、なにか大きな果実をもぎ取るかのような仕草で……
そんなダンの顔面目掛けて──ばちんっ!
ニーナは平手打ちを繰り出すのであった。




