ニーナを訪ねて
「よっ、ニーナ。遊びに来たぜ」
「よっ、じゃないよ。どうしてここに?」
歯を見せて笑う小麦農家の息子のダンと、商人の息子であるテッド。
年の近い二人に会えたことは喜ばしいのだけれど、それでも突然の来訪にニーナはただただ戸惑ってしまう。
「おいおい、せっかく遠路はるばる訪ねてやったのに嬉しくないってのか?」
「そんなことないよ。久しぶりに会えたのは私だって嬉しい。ただ連絡もなしにいきなりだったから戸惑ってるというか」
困ったように眉を寄せると、まあニーナからしたらそうだよね、とテッドが理解を示してくれる。
「ニーナがこっちでどうしてるか気になって遊びに来たんだよ。事前に知らせなかったのは、そのほうが驚くかなって思ったんだ」
「それじゃあほんとに遊びに来ただけ?」
「そうだぜ。悪いかよ?」
「ううん、悪くない! 来てくれて嬉しいよ!」
「おっ、やっと笑ったな」
ダンが高いところから遠慮なく髪をわしゃわしゃとしてくる。髪が乱れるから嬉しくはないものの、なんだか懐かしくって憎めない。リンド村でもニーナはこうして一歳年上のダンによくからかわれていた。
「二人とも、ちょっと背が伸びた?」
「そうか? まあそうかもしれないが、ニーナは相変わらずチビだな」
「あっ、ひどーい!」
ぷくーっ、とニーナは膨れっ面をする。
「ははっ、その顔を見るのも懐かしいな。で、後ろの美人さんが手紙にあった同居人?」
「あっ、紹介するね。こちらが私と一緒に暮らしてるシャンテちゃん。お姉ちゃんと同じ三つ上の十八歳だよ」
どうも、と二人が小さく頭を下げる。
ニーナはロブのことを抱き上げた。
「で、こっちがシャンテちゃんのお兄さんのロブさん。可愛いでしょ?」
「えっ、お兄さん?」
二人が同時に同じ疑問を口にした。
ニーナはしまった、という顔をするけれども。
「そうだぜ。俺がシャンテちゃんのお兄さんであるロブだ。ほんとは凄腕の魔法使いなんだけどよ、こっちの姿のほうが楽だから普段はブタとして生きてるぜ。人間っていちいち服とか着なくちゃいけないから面倒だろ?」
はぁ、とダンはなんとも間の抜けた顔をしている。流暢に喋るブタを前にして、言葉が出ないようだ。
「すごいね。手紙にもあったけど、実際に会うまで言葉を話すなんて信じられなかったよ。ロブさんは自分のこと人間って言ってるけど、ほんとなの?」
テッドが丸眼鏡の奥の瞳を細めながら訊ねる。
「そうだよ。凄腕の魔法使いっていうのもほんとなんだ」
続いて、今度はシャンテたちに向けて二人を紹介する。
「こっちの日に焼けた小麦色の肌をしているのっぽが、小麦農家の息子のダン。でもって私とそんなに身長が変わらないひょろっとした男の子がテッド。二人とも私の故郷のリンド村で暮らしていたときの友達なんだ」
ふーん、と腕を組むシャンテが、ダンの腰にぶら下がっているものに目を留める。
「小麦農家の息子って話だけど、その剣は?」
「あっ、それ私も気になってた。そんなの持ってなかったよね?」
ニーナも気になって訊ねると、ダンは興味を持ってもらえたことが嬉しかったようだ。にこりと笑って、それをニーナたちの前で鞘から引き抜いた。飾り気がないながらもしっかりとした造りで、刃こぼれや曇りは一切見られない。
「へへっ、どうだ、すごいだろ? 俺の親父が護身用にって持たせてくれたんだ」
「それ、お父さんの持ち物なんだ?」
「そういうこと。俺も知らなかったんだけど、ずっと人目のつかないところに隠してあったらしくってさ。で、クノッフェンに遊びに行きたいって言ったら持っていけって。ほら、こっちって魔物とか出るんだろ?」
「マヒュルテの森に行けばだけどね」
「そうそう、それそれ。すごいよなぁ、世界樹って。街に近づくにつれてどんどんとデカく見えてさ、こっからでも首が痛くなるほど見上げなくちゃいけないってのに、真下から見たらどんだけデカいんだろう。ニーナは間近でみたことあるのか?」
「もちろんあるよ。まだ登ったことはないけど……あっ、でも」
思い出したように首元のネックレスに手をやって、そこにつけられた銅板の登録票を見せびらかす。
「じゃーん! 見て、これギルドの登録票。私たち上から三番目の銅等級まで上がったんだ。世界樹を登る権利を得たんだよ!」
「えっ、マジかよ、スゲーっ! ニーナでももらえるのか。だったら俺も……」
「でも、は余計だよ。それにこれはギルド会館に寄せられた依頼をコツコツとこなして、たくさん冒険をしたから、銅等級に認められたの。誰でももらえるってわけじゃないんだから」
「そうなのか……。俺、その登録票ってやつ欲しかったんだけどなぁ」
「白磁の登録票なら誰でも登録さえすればもらえるから行ってみたら? というか二人ってどれぐらいこっちにいるつもりなの? それに宿は?」
あぁ、それなんだけど、とダンは首筋を掻きながらテッドと顔を見合わせる。なにか言いにくいことでもあるみたいだ。
「なに、どうしたの?」
「いやな、実は今朝こっちに来たばかりなんだけど、宿は取ってないんだ」
「は?」
なんだか嫌な予感がしてきた。
さすがにここまで来て日帰りということは考えにくい。
「頼む、ニーナ! 一週間程度でいいから俺とテッドを泊めてくれないか?」
「ええーっ!? いやいや、私たち女二人の家に転がり込む気なの?」
二人は顔の前に手をすり合わせるようにしてニーナに頼み込む。
それならせめて事前に手紙で泊めて欲しいとお願いしておくべきだったのでは、という考えがどうしても頭をよぎってしまう。ニーナたちが暮らす家はもともとシェアハウスだったこともあり、貸し出す部屋には困っていないけれど。
ニーナは困り顔でシャンテを見た。
「まあ、ニーナの友達だっていうならアタシは別に構わないわよ。ただし、勝手に寝室に入ってきたり、着替えてる途中に覗いてきたら遠慮なく蹴飛ばすから」
はいっ、と二人は何度も頷きながら返事をする。やはりというか、泊めてもらえなかったらどうしようかと、二人は相当困っていたらしい。こっちはリンド村と比べてなにもかもが高くてよ、とダンは笑う。そう感じてしまう気持ちはニーナにも痛いほど理解ができた。クノッフェンの物価の高さは田舎者の想像を軽く超えてくる。
「それじゃあまあ、とりあえず家に入ろっか」
「うん。でもその前に三人の写真を撮らせてよ」
「えっ、私とシャンテちゃんたちの?」
「そうだよ。ロマナさんたちにも頼まれてるんだ」
なるほど、そういうことならとニーナたちは家の前に並んで写真を撮ってもらう。これまでにも家族とは<気まぐれ渡り鳥便箋>を通じて手紙のやりとりはしているけれど、写真を送ったことはなかった。同居人がどんな人物なのか、家族も気になるのだろう。
カメラについて訊ねると、これも親に借りたものだとテッドは話してくれた。科学と錬金術の技術の結晶であるカメラは言うまでもなく高級品だ。テッドの親が購入したときはいま以上に庶民には手が届かない様な代物だっただろう。それでも若いころに背伸びをして買ったらしいんだ、とテッドは話す。
「写真を撮るたびに<スクロール紙>を消費するから、なんでもかんでもカメラに収めるわけにはいかないけど、それでも都会を訪れるなんて滅多にない機会だからね。お金のことは気にするなって言ってもらえてるよ」
<スクロール紙>とはカメラ内部に収まる小さな魔法の巻物のこと。この巻物にカメラで収めた映像を記憶させることで、あとから写真として現像することができる。これには本の内容などをそっくりそのまま複写する<転写の巻物>の技術が応用されているのだとか。
写真を撮り終えたニーナは、あらためて二人を家に招き入れることにした。




