そして何気ない日常へ
どうにかしてクラーケンの撃退に成功したニーナたちはその後、救援にやってきた国家騎士が所有する船に乗せてもらう。船を失った海賊たちは海に投げ出された状態ではどうすることもできず、大人しく捕まるほかなかった。かくしてブラッドリー海賊団は壊滅。ジェラルドも必死に泳いで逃げ出そうとしていたところを抵抗むなしく捕らえられた。
ニーナたちは与えられた船の一室にてベッドの上に倒れ込む。散々無理した反動からか、ニーナもシャンテもロブも眠たくて仕方がなかった。フラウもニーナたちのことを夜通し探していたこともあって、同じように瞼が重たかった。そうしたこともあって、四人は口数少なくすぐさま眠りに落ちることとなる。
次に目を覚ましたときには、もう船はクノッフェンの港に到着していた。起こしてくれたのはクリストフで、四人があまりに気持ちよさそうに眠っていたので声をかけるのをためらったそうだが、家に帰ってきちんと睡眠をとる方がいいだろうと考えてくれたらしい。壁に掛けられた時計を見ると、まだお昼前だった。
「すみません、がっつり眠っちゃってて」
ベッドの上でぺたんと座るニーナは寝ぼけまなこを擦る。髪の毛があちこちぴょんぴょんとはねていたが、残念ながらニーナは気付いていなかった。
「気にしなくていい。君たちのおかげですべての問題は概ね解決を迎えた。あとは無事に家まで帰るだけだ。送っていってもいいが……魔女の友達がいるなら私たちの出番はないかな?」
これにフラウが軽く手を挙げて応える。やはり眠たいようで瞼は閉じたまま、頭をふらつかせている。
「あの、アデリーナさんの容体はどうですか?」
「いまはぐっすりと眠っている。医者によれば命に別状もないそうだ」
「薬の後遺症などは残りそうなんですか?」
「それについてはなんとも言えない。依存症に苦しむこともあるかもしれないが、しかし隊長は強い人だ。必ず乗り越えて元気な姿で復帰してくれると信じているよ」
「そう……ですね。私もそうなればいいなと思います。ジェラルドに捕まってた四人の錬金術師の方々はこのあとどうなるんですか?」
「ひとまずはこちらで保護したのち、今後については彼らと相談して決めることになるだろう。クノッフェンに滞在するのであれば金銭や住宅の補助を、故郷に帰るというのであれば同行するという形になるだろうな。なかには連れ去られてから二年近く経つ者もいるから、ゆっくりと考える時間が必要だろう」
「そんな、二年間も……」
夢を追うためにクノッフェンに来て、そこで騙されて連れて行かれて、そして二年間ものあいだ作りたくもない薬を作らされて。もし自分が同じような立場だったら、再び前向きな気持ちで調合を楽しむことができるんだろうか。ニーナはわからなかった。
「そう暗い顔をするな。確かに彼らの境遇には同情するが、だからといって君が胸を痛めることじゃない。自分たちが成し遂げたことに胸を張るべきだ」
そう言ってクリストフはニーナの肩に手を置く。
「さて、それでは私はもう行く。しばらくはこの船に残っているが、出ていくときは特に声をかける必要はない。自分たちのタイミングで家に帰ってくれればいい」
「お気遣いありがとうございます」
そうしてクリストフが退出したあと、しばらくはベッドの上でぼんやりとしていた。けれど早く家に帰ってシャワーを浴びたかったこともあり、荷物をまとめるとすぐに船を出て、フラウの箒に乗せてもらった。港はクノッフェンの南東部に位置しており、家がある方角とはまさに正反対。それでも空を飛べば、ものの数分で帰宅することができた。
「はーい、到着でーす」
五日ぶりのシェアハウスは随分と久しぶりに感じる。懐かしいというか、なんというか。とにかく無事に帰ってくることができてよかった。
「お昼時だけどなにか食べてく? 簡単なものでよければ作るけど?」
シャンテがそう訊ねると、いえいえ、とフラウは笑顔で断った。お気持ちはありがたいですが、とってもとっても眠たいので今日はここで帰ろうと思います、とのことだ。マイペースなフラウらしいなとニーナは思う。
「そっか。色々とありがとね。助かったよ」
「いえ。こちらこそ旅行に誘っていただきありがとうございました。まさかの出来事もたくさんありましたが、振り返ってみれば楽しいことばかりでした。イルカと触れ合うなんて貴重な体験もできましたし、また機会があれば誘って欲しいものです」
「うん、また声をかけるよ」
フラウはロブの頭を軽くなでて、風呂敷から取り出した荷物を家の前に置いて、それからニーナの方に向き直る。
「さて、ここでニーナさんに問題です。私がこの旅で一番楽しかったことはなんだと思いますか?」
いきなりの質問に、えっ、とニーナは戸惑いつつも口元に手を当てて考えてみる。海では楽しそうにしていたけれど泳ぐのはあまり得意そうではなかったし、ロブみたいに食い意地が張る性格でもない。二日目の探索や調合は、いまにして思えば自分ばかり楽しんでいたようにも思う。
「うーん、キャンプ初日の夜にわいわいとみんなでお話したことかな?」
「あー、あれも楽しかったですね。ネコミミシャンテちゃんとってもかわいかったです」
ちょっともうっ、と不意に話題に出されたシャンテが頬を朱く染める。
「あはは。でもですね、もっとわくわくしたことがあるんです。それは……ずばり、ニーナさんの発明です」
「私の、ですか?」
思いもよらなかった答えにびっくりして、ニーナは自分のことを指さした。
「そうですよ。次々と生み出される発明品も、まさかの使い方をするニーナさんの発想も、隣りで見ていてとても楽しかったです。海賊船での活躍もお見事でした。戦ってる最中にわくわくするなんて不謹慎だとは思いましたが、私はニーナさんが海賊たちを手玉に取るのを見て、実は楽しかったのです。ですから、また新しい発明ができたときはぜひ私にも見せて欲しいのですよ」
「フラウさん……」
「あっ、もちろん素材のことで私の力が必要でしたら遠慮なく呼んで下さいね。黒猫印の箒郵便、配達員のフラウをどうぞご贔屓にー」
フラウはぺこりとお辞儀をして箒にまたがると、そのまますいーっと空を滑るように飛んで帰っていった。オレンジ屋根の美しい街並みの上を、呑気に飛行する小さな魔女。最後までマイペースだったな、と遠ざかるフラウの姿を眺めながら思う。
そんなニーナに、また一人ファンが増えたわね、とシャンテが後ろから声をかけた。
「最初はアタシと兄さんで、次がメイリィさんかしら? それからロゼッタさんにシャルトスに、でもってフラウ。<青空マーケット>でもニーナの商品を気に入ってくれる人が結構いたことを想えば、なかなかな数のファンが増えたんじゃない?」
「うん、そうかも。幸せなことだよね。……ふふっ、待っててくれる人がいるなら、また明日から頑張らないとなぁ」
「そうそう、その調子よ。さてと、それじゃあ家に戻ってお風呂でも沸かしましょうか。<ヤギミルクたっぷりヌルテカ泡ぶろ入浴剤>、使ってもいい?」
「もちろん!」
「お風呂に入る順番はじゃんけんね。次は絶対に勝つから!」
「別にいいけど、不思議とシャンテちゃんには負ける気がしないなぁ」
そうしてニーナたちは笑顔で玄関の扉をくぐり、何気ない日常へと戻っていく。温かくて、幸せで、けれどこれが当たり前で無いことをニーナはあらためて知った。いつどこで不幸が襲ってくるのかなんて誰にもわからないのだ。
それでもニーナは俯いたりしない。くじけず、前だけを見つめ続ける。自分に期待してくれる人がいると知った。自作の発明品を褒めてくれる人も少しずつだけど増えてきた。そんな人々の期待に応えたいから、錬金術で人々を笑顔にしたいから、また明日から頑張ろうとニーナは心からそう思えるのだ。




