海神 VS 大魔法使い
「久しぶりだな、デカブツ」
船首に立ち、クラーケンを見上げるロブ。その右手には<七曲がりサンダーワンド>が握られている。天候は嵐。分厚い雲が空を覆い、横殴りの雨が頬に打ち付ける。
あのあと、大部屋から脱出したニーナたちは急いで甲板まで駆け上がった。激しい揺れに見舞われ、また船自体が傾いていたこともあって移動するだけでも苦労したが、外に出てみてその理由がわかった。船体は中央付近に強い衝撃を受けたのか、へしゃげたみたいに折れてしまっていたのだ。谷折りみたいに真っ二つに折れ曲がった船は中央から浸水。まさに沈没目前といった有様だった。
その原因を作ったのは、まさしくクラーケンなのだろう。
海神の登場により、甲板で戦闘を繰り広げていた者たちもそれどころではなくなった。海賊たちは船を操り、なんとかこの海域から脱出しようとしたが、進路を変える前にクラーケンの触腕によって船を破壊されてしまう。船長を始め多くのものは海に投げ出され、海上に散った船体の破片になんとかしがみつくのがやっとだった。
一方の騎士たちは、上空で待機していた魔女の箒に乗ることで難を逃れた。ただ、怒り狂ったように暴れるクラーケンの注意を船から逸らすことで精いっぱいで、クラーケンを討伐するどころでは無かった。
「こっからどうするの?」
シャンテに問われたロブは、そうだな、と口元に手をやる。
「船の上に立って戦おうと思っていたが、ここを戦場にすると余計な被害が増えそうだ」
そう言うとロブはフラウに、箒に乗せて欲しいと頼む。空から応戦しつつ、クラーケンを沈没船からできるだけ遠ざけようということなのだろう。
これにフラウが快く応じて、ロブは箒にまたがった。
「お前たちはどうする?」
「アタシとニーナはここに残るよ。こっちのほうがやれること多そうだし」
「わかった。ただ思いのほか悪天候で波も高いから、くれぐれも無茶をするなよ。それとクラーケンには絶対に近づかないこと。誤って巻き込むと感電させてしまうかもしれん」
「言われなくても近づいたりしないわよ」
箒に乗る二人が夜みたいな空へ舞い上がり、そしてクラーケンへと向かっていく。
そんな二人をしばらく見送ったあと、ニーナとシャンテは海に飛び込み、沈没船から逃げ遅れた人がいないか捜索を始める。あらかじめ余計なものをフラウに預けてあった二人はそれぞれ<エアドロップ>が入った小瓶を握りしめ、<人魚姫のパレオ>の力で海中を自由自在に泳ぐ。
ただセオドア島で見たコバルトブルーの海とはあまりにも違う景色にニーナは戸惑った。荒れ狂うような高波が海底の砂を巻き上げるのか、それともクラーケンが暴れているからなのか。水はとても濁っていて、<暗視のポーション>の力を借りても先を見通すのは困難だった。それでもニーナとシャンテはお互いの体をワイヤーで結び、はぐれないように気を付けながら暗い海に負けないように泳ぐ。
その頃ロブとフラウはクラーケンの正面まで来ていた。
「どんな感じで飛んだらいいですかね? といっても、この強風のなかではあんまりうまく飛べる自信ないですけど」
「逃げること優先だ。奴の目線の高さでうろちょろしてくれたらいい。多少荒っぽい飛び方でも文句は言わないが、船にだけは近づけさせないようにしよう」
「りょーかいです。振り落とされないようにしっかり掴まっててくださいよー」
ぐんと加速して、ロブたちを乗せが箒がクラーケンの目の前を横切った。まん丸の目玉が二人の姿を捉える。そこへロブが<七曲がりサンダーワンド>の先端を怪物に向けた。
「……行けっ!」
ロブが杖に魔力を込めると雷光が轟き、辺りは眩い光に包まれた。
その直後、クラーケンは全身を硬直させる。巨体を小刻みに震わせたかと思えば、振り上げていた触腕も大きな水しぶきを上げて海面に落ちた。
「おぉ、お見事!」
「いや、目を狙ったつもりが外した。いつも間近で見ていたときも思っていたが、この杖はとんだじゃじゃ馬だな」
「それにしても凄まじい一撃でしたね。なにか秘密でも?」
「いいや、俺の魔力が凄すぎるだけだ」
「なるほど、これじゃあどっちがバケモノかわかりませんねぇ」
ニーナが繰り出す雷撃よりも圧倒的な威力を誇る、まさに必殺の一撃。
これにはさすがのクラーケンも倒れるか……と思われたが、なんと再び触腕を持ち上げて戦う意思を見せる。
「あやや、向こうはまだやる気のようですよ」
「問題ない。効いているのならそのうち倒せる」
ロブはそう言って再び雷撃を繰り出した。クラーケンはまたしても全身を硬直させて巨体をぐらつかせるが、それでも諦めることなく触腕を広げて威嚇する。そしてそのうちの二本を体の前に交差させて雷撃をガードする姿勢を見せると、残りの触腕を使ってロブたちに襲い掛かる。
「うわあ、ああ、おあぁ……!」
あらゆる方向から迫りくるそれを、フラウは箒を巧みに操り、くるくると回転しながらなんとか躱す。突風にあおられて海面に叩きつけられそうにもなったが、これもなんとか堪えた。
「負けるもんかぁー!」
クラーケンと初めて遭遇したときにフラウは無力だった。基本的にマイペースなフラウもこのときばかりは悔しい想いをした。行方不明になったニーナたちを捜索していたときは怖くて動けなかった自分を恨み、何度となく泣きそうになった。その悔しさを晴らすために、雨にも風にも負けないよう必死になって箒を操る。
その最中、ロブはロブで雷撃を繰り出してクラーケンにダメージを与える。どんな方向に雷撃を飛ばそうとも七回曲がる間に軌道を修正すれば、巨体を誇る海神に一撃を当てることなど造作もないことだった。
「おぉ、またしても命中! ですが相手もタフですねぇ」
「だな。ここは自然の力も利用するか」
クラーケンの周囲に人影はなし。船からもじゅうぶんに引き放すことができた。これならば誤って誰かを巻き込む恐れもないだろう。仮にニーナたちが海中にいたとしても、電流は海面で拡散してしまうのでなにも問題はない。
むしろ巻き込むとすれば……
「よし、ここからは別行動だ。なるべく俺から離れつつ、できれば海に落ちる前に回収してくれ」
「あやや、それはまたどういう……って、あれ?」
ロブはフラウの箒から飛び降りると、杖を頭上へと向ける。すると積乱雲より雷が発生。それが導かれるようにしてロブに直撃し、<七曲がりサンダーワンド>の先端、雷の結晶体部分に収束される。半透明のクリスタルは極限まで強く輝き、それがロブの魔力と合わさることで、かつてないほど膨大なエネルギーを溜め込むまでに至る。
「さあ、耐えられるものなら耐えてみせろっ!」
落下の最中、ロブは渾身の一撃をクラーケンへと向けて放った。強大な魔力が秘められた雷撃はコントロールすることが非常に難しく、また<七曲がりサンダーワンド>のもとの性質とも相まって、術者であるロブですら制御することが非常に難しいものだったが、それでも的が巨大だったこともあり、どうにか命中。
するとクラーケンは痙攣したかのように巨体を激しく揺らしだす。白目を剥き、口からは墨ではなく泡を。そして曇天を仰ぐようにゆっくりと倒れたかと思うと、そのまま海底へと深く深く沈んでいった。
◆
クラーケンはロブの手によって倒された。
それにより不意に訪れた不気味なまでの静寂が辺り包み込む。
──本当にクラーケンは倒されたのか?
誰しもが目の前で起きたことを信じることができず呆然としていた。
ただ高波が飛沫を上げる音だけが嫌にはっきりと耳に届いていたのだが。
「おいおい……まさか、人間ごときがクラーケンを倒した?」
大海原のなか、船体の破片にしがみついていた一人の海賊がぽつりと呟くと、それは瞬く間に広がり、一変して歓喜に包まれた。叫び、歌い、肩を組んで互いの無事を喜ぶ。陽気な海賊たちは自分たちが置かれている状況も忘れて、まるでこれから宴でも開くかのように騒ぎ出した。
そんなお祭り騒ぎの真っ只中にいたニーナとシャンテも海面から顔を出し、クラーケンが倒されたことを知ると、どちらからともなく抱き合い喜び合った。
「おーい!」
「あっ、フラウさんたちだ! おーいっ!」
そこへ箒に乗ってゆっくりと下降してくるフラウと、その小さな背中にしがみつく、すっかりブタの姿に戻ってしまったロブが、ニーナたちのもとに戻ってくる。ニーナとシャンテは大きく手を振って、大仕事を終えたばかりの二人を迎え入れる。
ニーナは、ロブの代わりにフラウから<七曲がりサンダーワンド>を受け取った。
「いい杖だったぜ。俺が全力を出しても壊れなかったしな」
「おぉ、ロブさんにそう言ってもらえたのは自信になるなぁ。ありがとうございます!」
ふと見上げた空は依然として分厚い雲で覆われていたものの、その隙間からは暖かな光が差し込み始めていた。雨もいつの間にか止んでいて、風も穏やかに。あの悪天候が嘘みたいにいつも通りの日常に戻っていく。天候すらも変えるほどの怪物に襲われながらも、その危機を自分たちの力で乗り切ることができた。ニーナは波に揺られながら、生き延びた喜びと、自分も少しは役に立てたんじゃないかという実感を静かに噛みしめていた。




