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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
10章 冒険は終わらない
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狂人化の仮面

 再び大部屋へと戻ったニーナたちが目にしたのは三人の新たな敵だった。

 一人は武器商人として裏社会を牛耳るジェラルド。船内だというのにマフラーと帽子で着飾っている。そしてもう一人は魔女リムステラ。黒いシックなドレスを身に纏う彼女は、ニーナのことを目に止めると口の端を吊り上げるようにして意味深な笑みを浮かべた。


 そんな二人と共に現れたのが紅蓮の騎士アデリーナだったのだが──


「いやはや、これはまた随分と暴れてくれたようで。泣く子も黙るという噂のブラッドリー海賊団も国家騎士の前では形無し。赤子のようにひねられたというわけですか」


「残念だが、この部屋の者どもを倒したのは我々ではなく、彼女一人だよ」


「ほう、それはまた驚きですね。まさかこれほどまでに優秀な錬金術師のお嬢さんだったとは思いもしませんでしたよ。どうです、私のもとで働いてみる気はありませんか? あなたが本当に優秀だというなら研究資金も惜しみませんよ?」


 ジェラルドの誘いに、ニーナは黙って首を横に振る。こんな最低な奴の仲間になるなんて冗談でも嫌だった。


「ふっ、やはり断られてしまいましたか。まあお互いに最初の印象が悪すぎましたからね、予想通りではありますが」


「そんなことよりアデリーナさんを返してくださいっ!」


「ははっ、それこそお断りですよ」


 勇気を奮って訴えかけたが、それをジェラルドは一笑に付すと、アデリーナの肩に無造作に手を置く。アデリーナは乗せられた手を払いのけるでもなく、ただ黙って前を向き続ける。紅蓮の騎士はいまどんな感情を抱いているのか、顔色からは窺えない。というより──


「なんなんですか、その仮面は」


「あなたも錬金術師の端くれとして、やはり気になりますか?」


 アデリーナの美しい顔を覆い隠すように取り付けられたそれは、深い緑を基調とした配色で描かれた鬼の面だった。禍々しさに満ちたそれは見るものに畏怖を与え、なんとも言えない不安な気持ちにさせる。表情が全く窺えないことが不気味さに拍車をかけていた。


「これは<狂人化の仮面>と言ってですね、本来人間が自身の身を守るために無意識にかけるリミッターを外すことで、潜在能力の全てを解放させるという代物なんです。その代わりちょっとばかし精神が蝕まれるという難点があるのですが、これを機に実験してみようと思いましてね」


「どうしてそんなことを?」


「随分とおかしなことを訊きますね。もちろん金になるからですよ。これが完成すれば、死をも恐れぬ人間兵器を簡単に作り出すことができる。これは売れますよ」


「お金さえ手にできれば、誰がどうなろうと構わないって言うんですか!?」


「ええ、その通りです。といっても、あなただって金儲けぐらいするでしょう? 作った商品を売って、その対価を得る。なにが違うというのです?」


「それは……」


 問い返されて、ニーナは言葉に詰まってしまう。

 ジェラルドの行いは間違っている。犯罪に手を染めていることも、人々の意思を捻じ曲げて物のように利用しようとすることも、どちらも許してはいけないこと。そうは思うけれど、それがうまく言葉になってくれなかった。


 そんなニーナに代わって、全然違うわ、と声を上げたのがシャンテだった。


「ニーナの発明品は人々の幸せを願って作られたものよ。そりゃあ生きるために報酬を得ることはあっても、だからといってお金儲けのために他人を騙したり、危険な商品を売り付けたりしない。他の人を蹴落としてまでして成り上がろうとするアンタと一緒にしないで!」


「自己の利益を追求してなにが悪いというのです。それともあなた方は競争社会そのものを否定するつもりですか?」


「他人を利用するなって言ってるのよ! いまだってアデリーナの意思を無視して変な仮面を付けてさ、それがいけないことだってなんでわからないの!?」


「彼女は俺のことを捕まえようとした。それを俺は未然に阻止して逆に捕虜とした。これもまた競争であり、勝者である俺は敗者を戦利品として自由に扱う権利を得る。この社会の摂理せつりですよ。悔しかったら取り返してみればいい」


「もとよりそのつもりよ! アンタの言う理屈はこれっぽちも理解できなかったけどね!」


 ニーナたちはそれぞれが手にした武器を構えて臨戦態勢を取る。

 が、そんなニーナたちを制するようにジェラルドは軽く手を挙げた。


「戦うことには賛成です。俺も実験データが欲しいですからね。ですが、さすがに国家騎士三名を含む七対一というのは分が悪い」


「そっちだってアンタとリムステラがいるじゃない」


「自分で言うのもなんですが、俺は戦闘は苦手でしてね。そこで面白いものを準備させていただきました。見えますかね、この首輪が」


 そう言ってジェラルドは、アデリーナの首元に取りつけられた黒い輪っかに指先で触れた。


「これは呪いの首輪。俺がある言葉を呟くと、それを合図に首輪が小さく縮んでしまい、身につけているものの首を絞めて殺してしまうという道具なんです。これがなにを意味するかわかりますか?」


 ニーナはごくりとつばを飲み込む。いまの発言が、アデリーナを殺されたくなければ勝手なことをするな、という脅しであることはニーナにも容易に理解できた。


「ルールを決める権利が誰の手のなかにあるのか、ようやくわかってもらえたようですね。では戦う相手を決めましょう。そうですねぇ……ではそこの威勢のいいあなたと、錬金術師のお嬢さんと、それからそこのブタさんの三人に戦ってもらいましょうか」


 ジェラルドが指名したのはニーナとシャンテとロブだった。リムステラが微笑んでいるところを見るに、二人のあいだでこの展開に持っていくことをあらかじめ決めていたのだろう。そして恐らく狙いはロブの変身。リムステラに唯一対抗できるロブの魔力をここで使い果たさせる気なのだ。


「すまない、君たちを頼ることになってしまって」


「気にしないでください。必ずアデリーナさんを取り戻してみせますから」


 大部屋に転がる海賊どもをリムステラが魔法で乱暴に移動させて壁際に寄せる。まるで人を物みたいに扱う魔女の行動にニーナは苛立ちを覚えるが、それ以上にジェラルドの行動が許せなかった。棒立ちだったアデリーナの腕に注射針を使ってなにかを混入したのだ。


「いまなにをしたの!?」


「鎮痛剤を打ったのですよ。人間の限界を超えるために<狂人化の仮面>を使ってリミッターを外したのは先ほど言った通り。ですが、そうすると今度は体が軋み、全身に激痛が走って戦うどころではなくなるんですよ。ですから鎮痛剤で痛みを誤魔化してやる必要があるというわけです」


「それってつまり悲鳴を上げる体を無理やり動かそうってこと?」


「そうですが、なにか問題でも? ああ、ちなみに他にも事前に数種類の薬品を注射させてもらってます。<ベヒモスの生き胆><マンドラゴラの根><液状化させたクシュリナの葉><ケルベロスの睾丸>、そして世界樹の守り神として崇められる巨大な<オオユグルド>の、その生き血……。これらの力を体内に取り込んだ彼女は、ハッキリ言って人間を超えたバケモノですよ」


「そんな、なんてものを……」


 ニーナはゾッとする。おそらく<ベヒモスの生き胆>は解毒作用を、<クシュリナの葉>は反応速度向上を、そのほかは身体能力向上を目的としたものだろうが、そのどれもが人の体にとって劇薬のようなもの。後遺症のことなど知ったことではないと言わんばかりの、無茶苦茶な配合だ。


「それに<オオユグルド>は捕獲が禁じられているはず」


「ええ、もちろん知っています。世界樹の上層付近でしか目にすることのできない巨大なフクロウは珍しい生き物であると同時に、その血肉は錬金素材としても非常に優れている。それゆえに乱獲が禁じられているのですが、もとより違法なことに手を染めているという自覚のある俺が、いまさらルールを守ると思いますか? まあ希少素材を使用しているためにこちらの薬は量産化が難しいのですが、そんなことより……」


 と、ジェラルドは丸眼鏡の奥の目を細めるようにしてロブを見る。


「一つだけ忠告しておきますが、力を出し惜しみしていると大切な妹や、そのお友達を死なせてしまうことになりますよ?」


 ジェラルドは意味深な笑みを浮かべてみせると、アデリーナの耳元で何事かを呟いた。

 するとアデリーナはぎこちなく動き出し、首だけ動かすようにしてニーナ、シャンテ、ロブと順に見渡す。そして腰にぶら下げた<武雷刀ぶらいとう>に手をかけた。


 もう戦いは避けられそうにない。

 ニーナは握りしめた杖をアデリーナに向ける。


「それでは始めちゃってください」


 静寂の中にジェラルドの言葉が落ちる。

 それを合図にアデリーナがわずかばかり膝を落とした。


「……っ!?」


 それはまさに、目にもとまらぬほどの速さだった。シャンテですら反応することがやっと。アデリーナが人間離れした速さでシャンテの懐に一足飛びで飛び込み、<武雷刀>で鞘ごと、横一文字に殴り掛かった。


 シャンテはそれをなんとか槍でガードするが、あまりの力の差に踏ん張ることができずに吹き飛ばされてしまう。しかも<武雷刀>には鞘の周りに雷撃を纏っており、そのためシャンテは攻撃を受け止めた際に槍から手を放してしまった。


「シャンテちゃんっ」


 アデリーナの動きは止まらない。すぐさま次の標的をニーナに定めると、天井すれすれまで高々と跳び、<武雷刀>を振り上げて襲い掛かってくる。


 この急展開にニーナは足が竦んでしまって動けなかった。


「ニーナっ!!」


 そんなニーナのもとへ伸ばされるワイヤーの先端。シャンテが吹き飛ばされながらも咄嗟に伸ばしたそれがニーナの体を捉えて、そして強引にも引っ張った。まさに間一髪。ニーナは引きずられるようにして、アデリーナが振り下ろす一撃をなんとか躱す。


 そこへ合わせるようにして、ロブが一瞬だけ動きを止めたアデリーナの顔面に張り付いた。そしてそのまま前足を使って<狂人化の仮面>を引き剥がそうとするのだが、仮面はびくともしないばかりか、反対に引き剥がされてゴミのように投げ捨てられる。


 邪魔ものを排除したアデリーナは、またも狙いをシャンテに定める。

 これに対し、殺気を感じたシャンテもすぐさま身構えたが、速いとわかっていてもなおアデリーナはシャンテの予測を超えた。体の前で腕をクロスさせるように防御を固めたものの、そのまま壁際まで一気に押し込まれてしまう。


 さらにアデリーナはガードの上からでもお構いなしに<武雷刀>で殴り付けた。


「ぐあっ……!」


 雷撃と殴打。異なる二種類の激痛にさらされ、シャンテはまともに防御することもできない。


「シャンテちゃん!」


 続けて一発、さらにもう一発、と殴り続けるアデリーナだったが、そんな彼女の体が突如、ふわりと浮かんだ。かと思えば、そのまま見えない力によってシャンテから乱暴に引き放される。


 涙目のニーナが目にしたのは、怒りを隠そうともしないロブの姿だった。

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