逃げろ!
ニーナたちが振り返るのと、後ろからやってきた海賊たちと目が合ったのはほぼ同時だった。相手は三人組。いずれも顔が赤く、そのうちの一人は酒瓶を持っている。どうやら先ほどまで酒に入り浸っていたようだ。
ともすれば、さきほどの窓が取り付けられた部屋で見かけた、大の字になって眠っていた男たちかもしれない。あまりに熟睡していたので下手に刺激して騒がれるよりは無視して素通りしたほうがいいと考えたが、結果として裏目に出てしまった。
その一方で男どもは、ニーナたちがどう見たって侵入者であることは明白にもかかわらず、いまいち理解が追い付いていない様子だった。
これにいち早く反応したのがシャンテである。力強く地面を蹴って一気に距離を詰めると、真ん中の男に飛び膝蹴りを喰らわせる。さらに着地と同時に反転。ベルトに仕込んであったナイフを引き抜き、男の太ももにこれを刺した。
「──危ないっ!」
しかし男はもう一人いる。酒瓶を高々と掲げて、シャンテを背後から殴り殺そうとしたのだ。
けれども心配は無用だった。荒くれものの一撃を難なく躱すと、隙だらけの相手の顔面にシャンテは飛び膝蹴りを見舞った。それでも屈強な男は一撃では倒れないが、そこへロブが脇腹目掛けて突撃を仕掛けて転ばせる。
「おいっ、そこっ、誰かいるのか!?」
アデリーナ達がいた方向から声が聞こえてくる。ちょうど岩陰に隠れて死角になっているはずだが、さすがにこれだけの騒ぎを起こしてしまったため、もう隠れることは無理そうだ。かといって元来た道を戻ろうにも足場が不安定で、すぐに追いつかれてしまうだろう。それに引き返しているさなかにランタンの明かりを消されれば、真っ暗闇のなかで身動きが取れなくなってしまう。
ニーナはどこか別の出入り口がないか周囲を見渡した。
「あそこっ!」
ニーナは頭上を指さした。ちょうどそこから陽の光が漏れ出している。階段も見えることから、日ごろ海賊たちはあそこから出入りしているようだった。ここからでは距離があるが、ニーナは迷うことなく左腕に装着した<ワイヤーバングル>を向けて、それを射出する。
「掴まって!」
ニーナの行動の意味を素早く理解したシャンテが首に腕を回す。ロブもシャンテの背中にしがみつく。
ちょうどそのとき、他の海賊たちがニーナたちのことを発見した。
「いっけぇ!」
ニーナはワイヤーを巻き取り三人の体を出入り口付近まで一気に引き上げると、唖然とする海賊たちを尻目に岩場に足をかけてよじ登る。アイツらを追え、と海賊の親玉が命じる声。ふと振り返るとリムステラと目が合った。両目のオッドアイを見開き、左右異なる瞳でじっとこちらを見つめている。
「ニーナ!」
名前を呼ばれてハッとする。いまは余計なことを考えちゃダメだ。一刻も早くここから遠ざからなくてはいけない。アデリーナたちを残して逃げることに罪悪感を覚えるが、彼女たちを助け出すためにも、ここで捕まるわけにはいかない。
ニーナは岩を削ってできた階段を駆け上がり、海賊たちのアジトから脱出した。
◆
洞窟を出ると、そこは森のなかだった。すぐに追手が来るだろうと、ニーナはたちはただひたすらに走った。とにかく身を隠す場所を探さないといけないが、この島のことはなにも分からないので、いまはできるかぎり洞窟のあった場所から遠ざかりたい。
ただいくら気持ちがあっても、体力には限りというものがある。
程なくしてニーナは木に手をついて、項垂れるようにして足を止めた。肩を大きく上下させ、もう片方の手で胸元を押さえた。
「ニーナ、大丈夫!? って、アンタ怪我してるじゃない! いつからなの?」
「うん、ちょっと、ワイヤーを使って岩場を駆け上ったときに足の裏を切ったみたい」
恐らく傷自体は大したことないが、それでも痛いことには変わりない。ここまでは無我夢中で走ってこれたが、自覚したいまでは歩くことさえ痛みを伴った。それに朝から歩き続けてきたこともあり、疲労もピークに近かった。
「わかった、おぶってあげる」
「いいよ、いまは<ハネウマブーツ>もないんだし、体力は温存しておかないと」
「でも足の裏痛いんでしょ?」
「それはそうだけど……」
そのとき、遠く木々の向こうから海賊たちの叫び声が聞こえてきた。そっちはどうだ、こっちにはいないみたいだ、と声を張り上げている。どうやら人海戦術で探し出そうとしているらしい。まだ距離はあるが、ここでじっとしていたら見つかってしまうだろう。
「行こう、シャンテちゃん。私なら大丈夫だから」
「……わかった。でも動けなくなったら言って。約束よ?」




