漂流
「あっ、その前に……」
シャンテは海岸に落ちていた太くて長い木の枝を手に取ると、その枝で砂浜に大きく文字を書く。三人の名前と<助けて>という救助を求める言葉。通りがかった人へ向けたメッセージである。
「もしフラウが無事なら必ず捜しに来てくれるはず。そのときにこれを見つけてくれれば、アタシたちがこの島に流れ着いたと知ってもらえるわ」
この海域には他にも同じような島がいくつかある。だからこそメッセージを残すことは非常に重要なことに思えた。
それから三人は海岸沿いに歩いてみることにした。中心部を目指して森を探索してみようという意見も出たけれど、同じように流れ着いた遭難者が他にもいるかもしれないと考えた。クラーケンに襲われたあのとき、他にもう一隻大型の船が見えたから、ここに乗組員がいてもおかしくないと思ったのだ。それに雨風を凌ぐことができる洞窟も、海岸沿いを歩いていた方が見つかる可能性が高い気がした。
この選択はニーナたちに幸運をもたらした。少し歩くと、何やら見覚えのあるものが落ちていたのだ。それはニーナが海に投げ出される直前まで肩にかけていたポシェットであり、運の良いことに中身も無事。ナイフやスコップなどの探索道具と<拡縮自在の魔法瓶>が三つ入っていた。採取したものはすべてフラウに預けていたので瓶の中身は空っぽだが、これさえあれば食料を見つけたときに保存が楽になる。水筒代わりにもなって便利だ。
その食料も意外と早く見つかった。ヤシの木を発見したのである。
ココヤシの実であるココナッツは手を伸ばしても届かない様な高い位置に実っていたが、<ワイヤーバングル>があれば採取も楽ちんだ。ワイヤーを駆使してテッペンまで登れば、あとは真下に果実を落とすだけ。そのあと硬い石に叩きつけるなどして裂け目を入れれば、ナイフを使わずとも、素手である程度まで剥くことができる。
「こうしてみるとココナッツって外側の部分ばっかりで、大きさの割には食べられる部分が少ないのよね」
それでもいまのニーナたちにとってココナッツは非常にありがたい食べ物だ。
分厚い外皮をむしり取って、最後に中果皮の部分をナイフでくり抜くように穴を開ければ、中からほんのり甘いジュースがお目見えする。三人はそれを回し飲むようにしてのどを潤した。
ジュースを飲み終えたら、今度はそれを半分に割る。するとなかからぷるんとした白い果肉があらわれる。ニーナたちはこれも美味しくいただく。
「ふぅー、ちょっとだけ気持ちが落ち着いたわ」
「うん。ヤシの木さえあれば何日かは生き延びられそうだよね」
「いつでも飲み水を確保できるってのはありがたいことよね。欲を言えば今日中に寝床となりそうな場所も確保したかったけど」
見上げれば星が瞬き始めていた。ニーナたちを襲った悪天候が嘘のように、空には雲一つ見えない。
本格的に夜を迎える前に急いで火を起こす。先ほど食べたココナッツの実の、外側を覆っていた繊維部分に火をつけて火種とし、集めた枝に炎を移す。やがて枝木はパチパチと音を立てて、大きな炎となった。ココナッツはニーナたちの命を繋ぐだけでなく、こうして火を起こす際にも活用できる、実に万能で頼もしいフルーツなのだ。
とはいえ、いくら火種となるものを用意できても肝心の<火>がないと意味がないが、その心配は無用だった。シャンテが指先に炎を灯してくれたからだ。
「私、シャンテちゃんが魔法を使ってるところを初めて見たかも」
「そうだっけ? まあたしかに普段は魔力を節約してるし、世の中には便利な魔法の道具があふれてるから、これまで披露する機会がなかったかも。でもアタシだってもともとは魔法使いを目指してたんだから、これぐらいはね」
簡単そうに言ってのけるが、それでもシャンテは嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。そしてなぜかロブも自分が褒められたように嬉しそうだった。
夜はシャンテとロブが捕まえた魚や浅瀬で拾った貝を焼いて食べた。裸足で動き回るのは危ないからと、食料はすべてシャンテたちが用意してくれた。任せきりなのは申し訳ない気もしたが、ケガをすると余計に迷惑をかけてしまう。ニーナは大人しく厚意に甘えることにして、二人を待つあいだにもう一つココナッツの皮を剥いておいた。
「せめて調味料があればよかったんだけど」
焼いた魚にかぶりつきながらシャンテが不満を口にする。料理好きの彼女からすれば、どこか物足りないようだ。
「ううん、焼いて食べるだけでもじゅうぶん美味しいよ」
漂流してなお温かい食事にありつけるなんて贅沢すぎる。運がいいのか悪いのかはわからないけれど、お腹を満たすことができるだけで幸せだった。それもこれも全部シャンテとロブのおかげ。もしも流されたのが自分一人だったら、いまごろ空腹にお腹を抱えていただろう。いや、それどころか不安で胸がいっぱいで、いつまでも打ち上げられた砂浜から動けずに膝を抱えて泣いてしまっていたかもしれない。一人ぼっちじゃなくて本当に、本当に……
「──もしかして、泣いてる?」
頬に流れ落ちるのは大粒の涙。自分でも気付かぬうちにニーナは涙をこぼしていた。それを見てシャンテがなにも言わずに肩を寄せてくれる。その優しさがいまは心に沁みて涙が止まらなくなった。
「……もし、もしね、この島に流れ着いたのが私だけだったらどうなってたんだろうって。そう思うと急に怖くなっちゃって」
目が覚めてすぐにシャンテが隣にいてくれたことで、ここまで余計なことを考えずに済んだ。三人で話し合って行動を決めたから、一人で悩むこともなかった。けれどこうして一息ついた途端に不安が胸のうちに押し寄せてきて、もし一人だったらと思うと怖くてたまらなくなった。
「馬鹿ね。アタシたちはここにいる。もしもなんて考えなくていいのよ」
「……うん」
その日の夜は少しばかり肌寒くて、三人は身を寄せ合うようにして眠った。今日ばかりはロブも一緒だ。二人に挟まれたロブは嬉しそうにニコニコしていたけれど、こんな状況でもいつも通りなロブのことが普段以上に頼もしく感じた。
──不安はどうしたって消えないけれど、でも三人ならなんとかなるよね。
ニーナはそう自分に言い聞かせて静かに目を閉じた。
◆
翌日は引き続き海岸沿いを歩いた。そしてついにニーナたちは洞窟の入り口を発見したのだった。




