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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
10章 冒険は終わらない
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暗雲

 セオドア島を出発してから程なくして──


 ニーナは不安そうな面持ちで空を眺めていた。少し前まであれだけの晴天に恵まれていたというのに、いまは黒くて分厚い雲が太陽を隠してしまっている。いつ雨が降り出してもおかしくない空模様。しかも先ほどから横殴りの強い風がビュービューと吹き付けてくる。ヤックとジョーの表情の険しさからも、この状況がかんばしくないことは明白だった。


「大丈夫ですかい、お客さんたち!?」


「はい、なんとかっ!」


 大きく揺れる船の上で、ニーナは船べりに捕まりながら返事をする。右手で船にしがみつき、左手で麦わら帽子を風に飛ばされないように押さえていた。


「いまこんなことを言うのもなんなんですが、もしものときはお客さんたちだけでも逃げちゃってください。たしか箒に乗れる人がいるんすよね?」


 ヤックが万が一の話をする。それほど、この急な悪天候に危機感を抱いているのだろう。

 しかしフラウもまた、難しい顔をして箒を握りしめていた。もしものときは自分の出番だという自覚はあるが、雨だけならまだしも、こうも風が強いと箒に乗って飛ぶのは難しい。強風にあおられて、みんな揃って海の藻屑もくずと化すこともじゅうぶんに考えられるからだ。


 やがて、黒い雲から雨粒が落ちてきた。始めはぽつぽつとした雨もすぐに豪雨に変わり、船に乗る者たちの体をぐちょぐちょに濡らす。さすがのロブもこの状況にはお手上げだった。


「ひゃあっ!」


 一瞬、眩く光ったかと思えば、そのすぐあとに雷鳴がとどろいた。ニーナは体をこわばらせながらも振り落とされないよう必死に船にしがみつく。あまりに揺れが激しいので立っていられなかった。


 ふと、視界に移る白い影。ニーナは目を凝らして前方を見つめる。

 距離があるので大きさはわからないが、立派そうに見える船が一隻、ニーナたちを乗せた船と同じように高波に揺られていた。この悪天候においては等しく無力で、もしものときも助けてもらえそうにない。ただ雨風が凌げる場所がありそうな点においては、向こうの船のほうがマシそうに思えた。


 そんなことを考えていたときだ。

 突如ありえないほど大きな波が二隻の船を隔てるように──本当に、これは波なの?


 自然現象とはとても思えない、盛り上がるようにして発生した大波。転覆の危機が脳裏をかすめるほどの激しい揺れに体を揺さぶられ、ニーナはついに船べりから手を放してしまう。あっ、と思ったときにはすべてが遅かった。そのまま真っ暗な海へと背中から落ちて──


 そのときニーナが目にしたのは、シャンテがこちらに向かって賢明に腕を伸ばす姿と、波の向こう側に現れた巨大なイカのように見えるバケモノだった。








 寄せては返す波の音。

 顔に張り付いた砂粒。

 口のなかいっぱいに広がる潮の味。

 ニーナは不快感を感じて、重たいまぶたを持ち上げる。


「……生きてる」


 目を開けてから数秒。それが、生きていることを実感するまでにかかった時間だ。

 ──ええと、たしかあのとき私は悪天候のなか船にしがみついていて、そのあと海に投げ出されて……


 どうにかそこまでは思い出せたが、どうやってここに流れ着いたのかはまるでわからない。当然ここがどこなのかも、だ。

 ニーナは大きく息をつくと、ひとまず体を起こしてみることにした。


「えっ、うそ……!?」


 すぐ隣で、ニーナと同じようにシャンテが砂浜に倒れていた。さらに向こう側にはロブの姿も。二人とも意識はないが、呼吸はしている。ニーナは慌てて二人の体を激しく揺すった。


「う、ううん……?」


「起きて、シャンテちゃん!」


「……ニーナ? えっと、ここは……?」


 薄っすらと瞼を開けるシャンテの顔を覗き込む。そして上半身を起こそうとするシャンテを手伝い、両手で体を支えた。


「海? 砂浜? ってことは、また戻ってきたの?」


「わかんない。私も目が覚めたばっかりだから」


 そこはセオドア島に似ている気もするが、はっきりとしたことはわからない。少なくとも桟橋は確認できないから、まったく同じ場所に戻ってきたわけではないだろう。それにマーレ海にはセオドア島以外にも小さな島が列をなすようにして並んでいる。別の島に流れ着いた可能性のほうが高い気がした。


 ニーナはその場で立ち上がり、自分の格好を見た。身につけているのはギンガムチェックのワンピースのみ。麦わら帽子も斜めがけかばんもサンダルも、みんな失われてしまった。シャンテも似たようなもので、靴は履いているが、それは<ハネウマブーツ>ではなくてサンダルに似た普通の靴だ。


 当然ながら杖も槍もない。武器になりそうなものはシャンテが身につけていた<ワイヤーバングル>と、同じくシャンテが指にはめる<魔力矢の指輪>ぐらいなもの。あと頼れそうなものはロブの魔法だけだが、かばんが無いので<まんぷくカレービスケット>も手元にはない。


「フラウさんたち無事かな?」


「さあね、あの後アタシたちもすぐに海に落ちちゃったから」


「もしかしてだけど、シャンテちゃんたちが海に飛び込んだのって私のせい? もしそうなら、ごめん」


「そうっちゃそうだけど、でも気にする必要なんてないわ。あれは誰のせいでもないもの」


「そっか。私が生きてるのはシャンテちゃんたちのおかげなんだね」


「どうでしょうね。アタシはなんとかニーナのことをワイヤーで繋ぎとめようとしたけれど、結局はなにもできなかった。兄さんもクラーケンから船を守るのに手がいっぱいでね」


「あっ、やっぱりあれは見間違いじゃなかったんだ」


 船から落ちる直前に見たでっかいイカみたいなバケモノ。本の中でしか存在しないと思われた伝説級の怪物に襲われるなんて、ツイてないにもほどがある。あの嵐も、クラーケンが引き起こしたものなんだろうか?


「なんとか船は守ったんだけど、そのせいで力尽きちゃって。アタシも兄さんも魔力が空っぽになって、海に投げ出されて。それでどうにかニーナにしがみついてたってわけ。感謝するとしたらマージョリーにしなくちゃね」


「え、どうして?」


 ニーナはその意味が分からず首を傾げた。海に投げ出されたあとすぐに大量の水を呑み込んでしまい、そのあたりの記憶がほとんどなかった。


「忘れたの? その服に盛り込まれた機能を」


 そういえば、マージョリーが勝手に機能をてんこ盛りにしてくれていたんだっけ。よくよく思い返してみればたしかに、水難事故に遭ったときに浮袋に変形すると言っていたような気がする。あのときは自分がそんな目に合うと予想だにしなかったため聞き流していたが、まさか役に立つ日が来るなんて夢にも思わなかった。


「とりあえずこれ、預けとくわ」


 そう言ってシャンテが<魔力矢の指輪>と<ワイヤーバングル>をニーナに手渡そうとする。


「えっ、受け取れないよ」


「そう言わずに持っててよ。魔力が空っぽのアタシが持ってても意味無いしさ。それに一応アタシにはナイフがあるし」


 そう言ってシャンテはベルトに仕込んであった小型のナイフを引き抜く。こんなときにも備えてあったのかとニーナは感心した。


「なんなら靴も貸すけど?」


「ううん、それは履いてて欲しい。シャンテちゃんが万全で、自由に動き回れる方が私も心強いから」


 そのあと、シャンテが往復ビンタでロブを叩き起こすと、三人はまず真っ先に水と食料の確保に動き出すことにした。すでに西日が差していることから、あんまりのんびりとしていられそうにない。ニーナは両手で頬を叩いて気合を入れると、重たい体を引きずるようにして砂浜を歩き始めた。

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