人魚姫のパレオ①
完成を目指すニーナがまず始めに取り組んだことは、これまでの調合についてアンネリーネからじっくりと話を訊くことだった。レシピブックを眺めながら、これまで彼女が行った調合を追体験し、そこから気付いたことをメモする。ときにアンネリーネが所持する書物にも目を通し、疑問点を一つずつ潰していった。
そうして得た知識や気づきをもとに、ニーナは新しいレシピを構築していく。この島で手に入らない素材は、あとでフラウに頼んで持ってきてもらおう。クノッフェンに来てからほぼ毎日のように素材屋に足を運んでいたので、どの素材がどの棚にあるのか、ニーナは目をつむるだけで鮮明に思い出すことができた。
「すごいわ、ニーナさん。私ひとりじゃ絶対に思いつかなかった」
「えへへ、そうかなぁ」
照れくさくなって、頬に手を当てた。ずっとこの島で暮らしていたアンネリーネが得られないような知識を使って改良しただけで、そんなに褒められることをしたわけではないけれど、それでもすごいと言ってもらえて嬉しかった。
メモしたものをフラウに渡し、箒に乗って飛んでいく彼女を見送る。往復で三時間もあれば帰ってこれると思います、と小さな魔女は去り際に言う。買い物に少しばかり時間を取られたとしても、夕方には戻って来てくれそうだ。
待っているあいだは、シャンテたちとともに森へ行った。この島で手に入れられるものはこの島で。実際に自分で採取したもののほうが、素材の特性をより深く理解できて、調合も成功させやすい。
アンネリーネから訊いた島の情報を頼りに、お目当ての素材を探す。<エアードロップ>の調合に必要な<ぶくぶく泡立草>に、でんぷんを得るための<サゴヤシ>。それから<人魚姫のパレオ>の素材とする為に、<ギザギザフィッシュの鱗>をもう少し採取しておきたい。ちなみに<ギザギザフィッシュ>とは小さな歯を無数に持つ、手のひらサイズの魚だ。
湖のほとりに立ち、<見通し眼鏡>をかけるシャンテ。目を細め、水のなかを泳ぐ<ギザギザフィッシュ>を睨む。
──ばしゃんっ!
ここっ、というタイミングを見極めて射出されたワイヤーが、凶悪な魚を見事に捕らえて離さない。そのままワイヤーを巻き取ることで<ギザギザフィッシュ>は宙に吊るされるような形となった。
「それにしても気味が悪いぐらいでっかい目玉よね」
「えっ、このギョロっとした目が可愛いんじゃない」
シャンテは顔をしかめて首を傾げる。この辺りのニーナの感性はいつまで経っても理解できないのである。
「兄さんはどう思う?」
「俺はそんなに好きじゃないなー。パサパサしてるし、小骨も多いしさ」
「……いや、味じゃなくて見た目の話なんだけど」
シャンテは小さくため息をついた。
◆
小屋に戻ったあとは、調合に向けて準備を始める。錬成を成功させる秘訣、その一つは、念入りな下準備なのである。ここでニーナは初めて、<マナ溶液>を自分で作るということに挑戦した。
そもそも<マナ溶液>とはマナの木の実と、葉と、根っこ、それに少量の水を加えて煮詰めたものである。マナの実は小さくて丸い緑色をしており、外見上はオリーブの実に似ている。これらをドロドロになるまで煮詰めるのである。
<マナ溶液>は錬成に欠かせないものだが、<素材屋>で安価で購入できるため、本来ならわざわざ作る必要もない。錬金術協会にさえ登録していれば誰でも、子供の小遣いでも買えるほどの安値で手に入れられるからだ。
けれどこの島で暮らすアンネリーネにとってお金はすごく貴重なもの。だから<マナ溶液>も自作しているそうだ。
「そう、焦らずゆっくりと、心を込めてかき混ぜるの。火加減さえ間違えなければ失敗することもないわ」
アンネリーネに見守られながら、ニーナはドロっとした溶液をかき混ぜ続ける。初めこそ茶色く濁ったような色をしていたが、いまは段々と淡い緑色に近づいてきた。
「ごめんなさいね、簡単な作業すら任せてしまって」
アンネリーネは申し訳なさそうな顔をする。
こう見えて<マナ溶液>を作り出す作業は、結構な重労働なのだ。かれこれ一時間近くかき混ぜ続けたことで、ニーナも腕が痛くなってきた。
ただそれでもニーナはにこりと笑って、大丈夫です、と言う。
「初めての経験ができて私も嬉しいです。それにこうして見守ってもらえると、なんだかおばあちゃんに錬金術を教わったときのことを思い出します」
「ニーナさんのおばあちゃんも錬金術師だったの?」
「そうなんです。といっても全然有名じゃなかったんですけどね。それでも私、錬金術のすごさと楽しさを教えてくれたおばあちゃんにはとっても感謝してるんです」
いまごろ家族のみんなはどうしているだろうか。家を飛び出してから、もうすぐで三か月。あっという間で、月日が経つのは本当にはやい。自分がいないことを寂しがってくれているだろうか。たまにでも家族の話題になっているだろうか。先日の手紙のやり取りでは、<ヤギミルクたっぷりヌルテカ泡ぶろ入浴剤>の使い心地がよかったのでまた送って欲しい。できれば近所に住む人たちに配りたいので多めに送って欲しいと言ってもらえた。村の人たちからの評判も気になるので、帰ったらまた手紙を書いてみようと思う。
家族のことを考えていると、ふとアンネリーネの家族はいまごろどうしているのだろうか気になった。彼氏や子供がいるのかどうかまではわからないが、少なくとも彼女にだって家族がいるはずだ。仲の良い友達だっていただろう。そういった親しい人たちと長いあいだずっと離れ離れなのだとしたら、それはとても悲しいことだと思った。
「……どうかしたかしら?」
「えっ? ああ、いえ、ちょっと考えごとを。その……アンネリーネさんはどのくらいここで暮らしているのですか?」
「そうねぇ、かれこれもう二十年近くにはなるかしら」
──私が生まれるよりもずっと前からなんだ。もしも呪いを解くことができたとして、アンネリーネさんに帰る場所はあるのかな?
そう思うと、なんだか複雑な気持ちになってくる。ただ呪いを解くだけでいいのだろうか。もちろんアンネリーネの望みが呪いを解くことである以上、まずはそのことに集中すべきなんだろうけれど。
そんなことを考えているとフラウが戻ってきた。




