素潜りは意外と難しい②
青くて、透き通っていて、見上げれば淡い光が差し込んでくる。
ダイブしたニーナの目に飛び込んできたのは、そんな世界だった。あとはこのまま身を委ねて、海の底まで沈んでいけたなら。そう思っていたのだけれど。
──あれ、なにもしてないのに体が浮いてきている?
お宝目掛けて海の底を目指すニーナを、見えない力が邪魔をしてくる。
……浮力だ。水が体を押し上げようとしているのである。お風呂に入ったときに体が軽くなった気がする、あの現象と同じように、海水がニーナの体を上へ上へと押し上げようとしていた。周りを見ると、はやくもフラウは抗うことなく海面へと一直線。
──あっ、シャンテちゃん……
かたやシャンテはというと、体をくるりと回転させることで頭を海底へと向けると、両足を交互に蹴るようにして勢いをつけ、深く深く沈んでいく。なるほど、ああやって泳いで海の底までいかなくちゃいけなかったのか。ニーナもシャンテの真似をして、その場で回転してみようと試みる。
しかし、意外とこれが難しかった。
うまく逆さまになれないばかりか、足をバタつかせてみてもその場にとどまることで精いっぱい。次第に息が苦しくなって、あわてて海面から顔を出す。
「ぷはーっ! はぁ、はぁ……」
「おー、ニーナさん。どうでしたか?」
先に上がってきていたフラウが寄ってきて訊ねる。
「全然ダメ。すぐに体が浮いてきちゃって、海の底まで辿り着けなかった」
「ですよねー。私もすぐにぷかぷかーっと浮いてしまって全然でした」
「どうしてシャンテちゃんたちはずっと潜っていられるんだろう。なにかコツとかあるのかな?」
「きっとそうなんでしょうね。泳ぐことが得意な人とそうでない人がいるように、潜ることにも技術がいるんですよ」
ううむ。ニーナは口元に手を当てて考えてみる。
とりあえず次は始めから逆さまを向けるように、頭から飛び込んでみよう。そう思って泳いで岸まで上がると、もう一度桟橋の端まで行ってダイブした。
けれどやっぱり体は途中までしか沈まなくて、いくら足をバタつかせても海の底まで辿り着くことができない。
どうしてなんだろう。いくら考えても理屈がわからない。ニーナは海から上がって、シャンテにコツを訊ねてみる。シャンテは一度目の潜水で見事にサザエを見つけたらしいく、そのまま桟橋からもう一度飛び込もうとしているところだった。
「コツ? うーん、なんだろう? 気付いたときには得意だったから、あらためて訊ねられると答えに困るわね」
「シャンテちゃんの真似をして、逆さま向きになって足で水をキックしてみたんだけど、私じゃ上手く進まないんだ」
「そうなんだ。もしかしたら体が軽すぎるのが原因かもしれないから、なにか重りとなるものを持って潜ってみるとか。まあその場合、浮き上がるのが大変なんだけど。あとがむしゃらに水を蹴ると呼吸がすぐに苦しくなるから、大きく、ゆっくりと蹴る方がいいわよ」
なるほど、浮き上がってしまうというのなら、そうならないように重りを持って潜ればいいのか。
でも体が重たくなりすぎると、今度は海の底から上がってこれなくなるかもしれない。ニーナは決して泳ぎが得意では無かった。
──あっ、それなら。
ニーナはあることを閃いた。
一度荷物を取りに戻ると、重りとなりそうなものと、それからもう一つ、とある発明品を探す。
「重り、重り……重たいものって探してみると案外見つからないなぁ。勝手にフレイムスピアを借りたら怒られそうだし。それならいっそ<大人顔負けグラマラスチョコレート>で沈みやすい体に変身しちゃう? ああでも、意外と太っちょさんは水に浮かぶってどこかで聞いた覚えが……」
フラウがいることで持ち物に制限がなくなったので、ニーナはあれもこれも家から持ってきていた。
「うーん、あれもこれもどれも、水の中で沈みそうにないなぁ」
「なに探してんの?」
「あっ、シャンテちゃん。えっとね、貰ったアドバイス通り、まずは重りを探してみようとおもっだんだけど、これがなかなか見つからなくて。ねえ、フレイムスピアを借りたらダメだよね?」
「当たり前でしょ。錆びちゃうかもしれないじゃない。でもそうね、他に代わりとなりそうなものは……うん、たしかに思い浮かばないわね」
「そっかぁ。重りを使って海の深くまで沈んで、帰るときはワイヤーで一気に上がればいいかなって思ったんだけどなぁ」
「それならいっそワイヤーで海の底まで移動しちゃえば?」
「あっ、たしかに。でも海の底まで行ったあとの移動が大変かも。最初にポインタを突き刺した場所の近くに運よく海の生き物がいるとも限らないし」
「だったら私の<ワイヤーバングル>を貸してあげるから、二つのワイヤーを交互に使ってみたらどう?」
「おぉ、それいいかも!」
水中でワイヤーを扱ったことがないのでうまくいくかわからないけれど、試してみたい。ニーナは両腕に<ワイヤーバングル>を装着すると、桟橋まで駆けていって、先ほどと同じように頭から海のなかへ。そして真下の硬そうな岩肌に目掛けて右手のワイヤーを伸ばした。
放たれたワイヤーは地上で伸ばすときよりもゆったりとした動きだったが、それでも確実に目標まで伸びていき、やがて先端部分が岩肌に当たった。そのことを確認すると、ワイヤーを巻き上げるイメージで、海の底まで自分の体を手繰り寄せる。
岩肌に手をついてみる。ざらざらとした感触が手のひらに伝わってくる。フジツボなどが付着しているのは、海の底に沈む岩ならではなのだろう。浮力が邪魔をしてしまって逆さま向きのまま姿勢は変えられないけれど、意図した通りに岩場まで辿り着くことができた。
ここまでくることができれば、あとは海の幸を探すだけ。たしかアワビなどは岩と岩の隙間などに生息していたはずだ。ニーナは辺りを見渡しながら、交互にワイヤーを使って移動を繰り返す。
そのあと息が続かなくなって海面と海底をいったりきたりする。そうして三度目のダイブでようやくお目当てのもの見つけた。アワビである。焼いて食べるととても美味しいらしいが、ニーナはそれを食べたことがなかった。
ニーナはそれに手をかけて引っ張ってみる。けれど岩肌にへばりついて取ることができない。水のなかでは力も入らなかった。それならと、こういう時に持ってきていた磯ノミを使って引きはがそうとするが、これまた慣れない道具の扱いは難しい。ガリガリと岩を削るだけで、アワビを手にすることがどうしてもできない。
──うぅ、息が、苦しい……
激しく動くほど、力を込めるほど、長く息が続かなくなってしまう。でもいま海面まで戻ると見失ってしまいそうだ。
それならと、ニーナは片方のワイヤーを桟橋まで伸ばし、もう片方の先端をアワビへくっつける。そして海面まで急いで戻って息を整えると、そのまま桟橋の上まで。そして腰を落とし、両足で地面をしっかりと噛みしめてから。
「せーのっ!」
アワビとつながったワイヤーを思いっきり引っ張った。
「ふぬぅぅ……!」
体全体を使って引っ張るけれど、しかしアワビはびくともしない。さらにニーナはのけぞるようにして全身に力を込めた。
ところが、次の瞬間。
「うわぁ!」
ワイヤーにかかる力がいきなり弱くなり、ニーナは桟橋の上で尻もちをついた。いたた……。突然のことに受け身をとることもできなかった。けれど、そのあいだにもワイヤーは巻き戻ってきている。そして、ばしゃんという水音と共に水しぶきが上がり、黒々とした大きな貝がお日様の下に姿を現した。
「おお、やった! やったよ!」
不格好ながらもニーナは、海の高級食材であるアワビをゲットすることができたのだった。




