俺たちの青春はこれからだ!
絞って、絞って、絞り尽くして。
散々にいたぶられて、自分の手の内をすべて晒したデミリッチは、捨てられるように殺された。
「ふうん、ここまでなんですか。じゃあ、もういらないです」
興味をなくしたオモチャを捨てるように、ミーシアはデミリッチにトドメを刺した。
トドメに使ったのは、最初にも撃っていたファイアランス。その気になればデミリッチとて防ぐことができただろう。しかしデミリッチは抗うことをせず、炎槍に自ら身を委ねるようにして命を散らした。
魔物に心があるかは知らないが、きっともう終わらせてほしかったのだろう。極限まで追い詰められて、ボロカスのように死んでいった魔物の姿に、さすがの枢木さんもドン引きだ。
「……ミーシア」
「あ、はい。おまたせしました、終わりましたよ。無事、依頼達成です」
「一緒に更生しような……。ミーシアがどんなに悪い子になっても、俺たちはずっとずっと味方だからな……」
「? ボク、何かやっちゃいました?」
そのセリフ、できれば俺が言いたかったんだけど。言う機会を見計らっていたら取られてしまった。主人公交代の時かもしれない。
なんやかんやとありながら、俺たちは山を降りて帰路につく。デミリッチとの交戦というイレギュラーもありながら、ひとまず依頼は達成だ。無事に解決したはずなのに、気が晴れないのはどうしてだろう。枢木さん今ね、ミーシアの顔を見るのが怖いんだ。ちょっとだけね。
「デミリッチについては、私が倒したことにしていいよ」
帰り道、ニケはそんなありがたい提案をくれた。
俺たちは実力を隠しているし、ミーシアだって【魔王】の力を大っぴらにしたくはなさそうだ。となると、子ども三人でデミリッチなんてどうやって倒したんだと聞かれてしまうわけだが、そこに我らがニケ先生が手を上げた。
「これで私の大賢者伝説にまたページが一つ増えてしまうわけだ。とは言えこれは偽りの伝説にすぎない。本当の伝説は、これから始まるのさ……」
「はあ。本当の伝説とは」
「大賢者の弟子のことだよ。どうせ君たち、これからも色々やらかすんだろう? 君たちがやらかせばやらかすほど、師匠である私の株も上がる。わはは。チョロいね、人類史」
俺と柚子白も弟子カウントされているらしい。なんとなく流れで先生と呼んでいたけれど、本当に弟子入りしてしまった。どうしよう、これって浮気かな。メディが聞いたらぷんすこしてしまうかもしれない。
ギルドに戻って、大体そんな感じで報告をする。こんな辺境の街に大賢者ニケがあらわれた形になるが、そこは彼らもプロフェッショナル。驚きは眉一つ分にとどめ、ギルドの職員は手続きを進めてくれた。いつもお世話になります。
予定外の強敵を討ったことで、報酬もかなり多めだ。懐も潤ったことだし、それじゃあご飯でも食べますかというノリで、俺たちは酒場にたまった。
「んで、ミーシアのことなんだけどさ」
詐称少女は黒ビールを躊躇なくキメる。誰もツッコまなかった。
「この子、王都に連れて帰ることにした」
「……え? 先生、どうしてですか?」
「この街に用がなくなったからだよ。【魔王】の継承は見届けた。だから王都に戻って、修行の続きをしようか」
「ええ……。で、でも……」
ミーシアは俺たちの顔をちらちらと見る。後ろ髪引かれるものがあるようだ。
「ユズたちのことは気にしなくていいよ。ね、くーくん」
「ああ、そういうことなら王都に戻ったほうがいい。今のミーシアは、まだまだ学びたいことがあるだろう」
「それはそう……なんですけど……」
俺たちから見ても、ミーシアは一度王都に戻って、きちんとニケの手ほどきを受けたほうがいいと思う。
【魔王】を継承し、デミリッチの魔法の全てを吸収したミーシアは、並の魔法使いが生涯をかけても届かないような高みにいる。しかし忘れるなかれ、つい先日まで彼女は普通の少女だったのだ。
突然にそんな力を手にしたら、何かが狂ってしまってもおかしくない。そうならないためにも、ミーシアはちゃんとした人間の下で修行を積むべきだ。
――大賢者ニケ。色々とアレなところはあるが、この人に教わればきっと間違うことはないはずだ。
「……わかりました。でも、ボク……」
彼女自身もわかっているのだろう。承諾しつつも、ミーシアは一言呟いた。
「また、お二人と一緒に、冒険したいです……」
「みーくん……」
それは、俺たちも同じ気持ちだった。
俺たちは約束をした。またいつか、三人で一緒に冒険をしよう。楽しかった夢の続きを、終わらない青春をもう一度はじめようと、約束を交わした。
これは俺たち三人のとても大切な約束だ。そして俺と柚子白にとっては、人生を終わらせられない理由に相当する。
「えっと……。その、ごめん。エモい雰囲気の中申し訳ないんだけど、もう一つあるんだ」
ニケは二通の手紙を出した。一通は俺に、もう一通は柚子白に。しっかりとした高級紙の手紙。封蝋には大賢者ニケの名を示す印章が捺印されていた。
「これは?」
「推薦状。私さ、トリニティの終身……なんとか教授? みたいな肩書持ってんだよね。たぶん。二十年くらい前にそんな役職押し付けられてた気がする」
トリニティというのは、王都にある巨大な総合学園だ。俺たちが行きたいとかねてから思っていた場所。いつかそこに通うことを夢見て、今日まで一生懸命働いて学費を貯めてきたのだ。
「で、その推薦状があれば試験費用は免除。成績次第では特待生待遇で入れるかも」
「……マジですか?」
「マジマジ。特待生になれば学費もかなり安くなる」
めちゃくちゃありがたい申し出だった。
試験費用免除に加えて特待生待遇ともなれば、入学のハードルは一気に低くなる。それなら、今の貯金でもなんとかなるかもしれない。
ちょっと頑張れば、来年の春には入学できるかもしれない。そうなれば俺たちは王都に引っ越すということで、それはつまり……。
「みーくんと、また冒険者できるかも?」
つまり、そういうことだった。
俺たちはきゃっきゃと喜んだ。夢にまで見たキャンパスライフに加えて、ミーシアとの冒険者も続けられるのだ。こんなにうれしいことはない。
「受かった気でいるけど、トリニティの入試は結構厳しいよ。君たちなら問題ないとは思うけど、気は抜かないでね」
「大丈夫ですよ。――それよりも、どうして俺たちが学園に行きたいって?」
「そういう運命が見えたから」
ニケはにやにやと笑っていた。
「君たちの運命はトリニティにある。きっと、楽しくなると思うよ」




