授業参観と称して子どもたちをデミリッチに引き合わせて、いっちょ実力を確かめてやるぜい大作戦
なんてことすんだよ、というのが素直な感想だった。
よりにもよってデミリッチかぁ……。まーた面倒な魔物と引き合わせてくれたなぁ。困るよにけちゃん、こういうことされたらさぁ。
デミリッチは強大な魔物だ。幽鬼種の魔物の中でも群を抜く強さを誇り、どこかの古代遺跡の主となっていたなんて話も聞く。魔王種を抜きで考えるなら、間違いなく生態系の頂点に座す魔物の一角だ。
もし冒険者に討伐依頼を出すのなら、ギルドは間違いなく精鋭中の精鋭を当てるだろう。少なくとも俺たちみたいなぴょこぴょこのニュービーに、こんなヤツの依頼が回ってくることはありえない。
そんなつよつよ魔物のデミリッチさんだが、まあ、勝てない相手ではない。神聖術を使えば簡単に倒せるし、魔法特攻の龍殺しをぶっ放せば一撃で沈むだろう。ただし、それはズル禁止縛りを無視した場合の話。縛りを遵守した上で戦うとなると、これほど面倒な敵はない。
幽鬼種の魔物に物理攻撃は効きが悪く、魔法で攻略するというのが定石だ。ただし、デミリッチは魔法のエキスパート。初級魔法なんて浴びせようものなら、いとも簡単に防がれてしまう。
つまりあの魔物、初級剣術も初級魔法も通用しないのだ。本当に迷惑な相手だよ、まったくもう。
(クルさん、どうしますか)
ミーシアが念話で問う。言葉に出さないのは賢明だ。あの手の魔物は知性も高く、人語を解するなんて真似もしてくる。
(ミーシア、今使える最高の攻撃魔法は?)
(ファイアランスです。たぶん、今なら問題なく制御できます)
ファイアランスか。火属性中級魔法。通用はするだろうが、決定打には欠ける。だけど、初級魔法しか使えない俺たちよりはマシだ。
(ミーシアは可能な限り攻撃力の高い魔法を。最低でも中級魔法以上で頼む。俺は前線に立って囮になる。ユズは、まあ、なんかしてろ)
(ええ……? くーくん、ユズの扱い雑じゃない?)
(遊んでてもいいぞ。ぶっちゃけやることないだろ)
残念ながら事実である。というか、やることがないのは俺だって同じだ。前線に立てるから囮を買って出られるが、デミリッチ相手に攻撃手段があるわけではない。
なので、今回の戦闘はミーシア頼りだ。彼女の魔法がどれだけ通じるかが勝負の鍵になる。
デミリッチは大杖を高く掲げ、ミーシアは短杖を抜き、俺はフライパンを構え、柚子白は魚釣りをはじめた。戦闘開始だ。
最初に動いたのはデミリッチだ。杖を一振りするだけで術式を完成させ、もう一振りすれば魔法が発動する。放たれたのは瘴気の魔法。毒混じりの冷気が湖の上に広がっていく。
剣士にとっては厄介な魔法だが、魔法の心得があれば対処はたやすい。俺は無詠唱で風魔法を唱えた。紅葉が舞い上がり、瘴気が空に散っていく。
「行きます」
続いてミーシア。詠唱が終わったらしい。以前よりも格段に早くなっている。
「ファイアランス――」
数メートル大の炎槍が空中に投影される。きりきりと弓を引き絞るように狙いを定め、弾かれたような勢いで射出された。
「四連っ!」
それが、四本。時間差を作って、異なる角度から断続的に迫る。
はじめて見る技だ。発動にも苦戦していた魔法を、複数同時に操る。【魔王】となったミーシアは、以前とはまるで別人のようだ。
迫りくる炎槍にデミリッチは動じない。もう一度杖を振り、氷嵐の魔法を編む。
デミリッチの術式から放たれた氷の嵐は、炎槍をまとめて飲み込んだ。燃え盛る炎は熱を奪われ、消えるように落ちていく。勢いのままに荒れ狂う嵐は、大きな風を巻き起こして水面を揺らした。
「うきゃー」
「わひゃー」
釣りをしていた柚子白と樹上で観戦していたニケは、風に吹かれてころころと転がった。うん。
(クルさん、効きません……っ!)
(正面からじゃ無理か。俺が注意を惹く。なんとか隙を作るから、狙ってみてくれ)
フライパンを構え、湖に飛び出した。
氷魔法で湖に小さな氷を浮かべ、それを踏み抜いて前に飛ぶ。曲芸めいた動きだが、これくらいなら初歩的な体術の範囲だ。その気になれば落ち葉を踏んで走れるけど、それはちょっとだけ高度な技なので自重した。
氷を踏み、水面を駆け抜けながらデミリッチの裏を取る。すれ違いざまに一閃入れるが、雲をつかむような手応えしかない。やはり幽鬼種、効かないか。
それでもこっちに注意を惹けられたらと思ったが、デミリッチは俺を無視してミーシアを向き続けた。どちらが脅威なのかを理解しているらしい。代わりとばかりに小さな霊魂を二つ召喚して、俺に向けて飛ばしてくる。
(くーくん、くーくん)
(なんだユズ、今忙しい)
(エクトプラズム釣れた。まだちょっと残ってたみたい)
(……よかったな)
(おすそわけするね)
エクトプラズムをごてごてと塗りたくった団子の串が二本、こっちに飛んできた。
串は霊魂を貫いて、そのまま枢木さんも貫こうとする。貫かれたくない枢木さんは、なんとかそれをフライパンで受け止めた。なにすんだ。
……ん? 霊魂を貫いた?
(ああ、エンチャントか)
(そゆこと。おかわり欲しかったら呼んで)
(うーい)
エクトプラズムは霊物質。それをまとった武器は、一時的に霊的な存在にもダメージを通せるようになる。本格的な属性付与魔法はちょっと高度な魔法だが、これくらいなら縛りにも抵触しない。
フライパンにエクトプラズムをまとわせ、デミリッチの後頭部を思い切り殴る。有効打とまでは言わないが、さっきよりは手応えがあった。デミリッチの詠唱をわずかに遅らせるくらいには。
(なんというか、今まであなたたちがどんな感じで戦っていたか、わかる気がしました)
ミーシア嬢はちょっと苦笑いしていた。ごめんね。いつもこんな感じできゃっきゃしながらゆるーくやってたのよ。
(クルさん、離れてください……って言うと、固いですかね?)
(無理に俺たちにあわせることないぞ)
(じゃあ、こう言います。――いい感じで)
いい感じオーダーをいただいた。任せておけ。なんかいい感じにやることだけは上手いぞ、俺。
というわけで、いい感じに飛び退いた。空中でくるっと回り、ポーズを決めて湖岸に着地。いぇい、見てた?
氷嵐の魔法が、湖上に吹き荒れた。
氷属性上級魔法、アイススウォーム。極小の氷の粒を風に乗せて解き放ち、効率的に熱を奪い相手を凍てつかせる高度な術式。ついさっきデミリッチが使った魔法と同じものを、ミーシアは行使していた。
それで、ミーシアがしたことを悟った。
奪ったのだ。【魔王】の瞳で。
突然に向けられた上級魔法に、さすがのデミリッチも慌てたように見えた。詠唱中だった魔法を破棄し、一拍遅れて爆炎の魔法を解き放つ。同レベルの炎魔法と氷魔法がぶつかれば、打ち勝つのは炎魔法だ。ミーシアの氷魔法はかき消され、デミリッチの爆炎だけが生き残った。
そしてミーシアは、その魔法も奪い取った。
爆炎を上書きする爆炎。火勢が揺らいでいたデミリッチの爆炎は一瞬で蹴散らされ、防御を余儀なくされたデミリッチは水砲の魔法を発動する。それでミーシアの爆炎が消されたと思ったら、ミーシアはすかさず水砲の魔法を詠唱した。
【魔王】はすべてを奪い取る。暴虐に、悪逆に、残忍に。目にしたものすべてに手を伸ばし、求めるままに摘み取っていく。
「……えへ」
デミリッチが発動する魔法を次から次へと奪い取り、己のものへと変えていくミーシアは、陶酔したような笑みを浮かべた。
「えへ、えへえへえへ……。もっと、もっと知りたいです……。ボク、もっともっともーっと、強くなりたいんです……。だから……えへへへ……」
瞳をらんらんと輝かせ、ミーシアは次から次へと高度な魔法を習得していく。
楽しくて楽しくて仕方ない。ゆるみきった顔からは、見たこともない笑みがこぼれていた。
「あなたの全部、ボクにください」




