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偉大なる大賢者様の偉大なるポンコツムーブ

「ちゃらららー。ちゃらららっちゃらー。ちゃっちゃーん」


 踊っていた。

 大賢者ニケが踊っていた。

 ギルド酒場の衆目を一身に浴びながら、歌って踊ってうきうきだった。


「ちゃっちゃん」


 くるっと回ってポーズを決める。俺たち三人は、どうしていいかわからず、ただただ顔を見合わせた。


「ということで、にけちゃんが仲間になりました」

「説明をしてください」

「いいか枢木少年。青春とはフィーリングとパッションだ。駆け抜ける閃光のようなきらめきこそが、かけがえのない思い出を刻むのだよ」


 この国随一の賢人の頭脳から放たれた暴論に、俺は深く頷いた。


「完全に理解しました、我が師よ」

「うむ。それでこそ我が弟子だ」

「クルさんまでそっち側にいかないでください。困ります」


 取り残されたミーシアは泣きそうになっていた。だって青春だよ青春。それはもうさ、無条件でオッケーみたいなところあるじゃん。そういうことだよ。


「にけちゃん先生も一緒に冒険するの?」


 幼女柚子白はこてんと首をかしげる。ニケは我が意を得たりと頷いた。


「そゆこと。一緒に遊ぼうぜい」

「やったー!」

「いえーい!」


 エセ幼女と詐称少女は手を取り合ってきゃっきゃと喜ぶ。この二人、実年齢を合算したら何桁になるんだろうなぁ。


「えっと……。にけ先生、あの、本気ですか? ボクたち、こういうのもなんですけど、結構普通に冒険者やってますよ?」

「授業参観みたいなものだよ。愛弟子の成長ぶりがどうしても気になってね」

「ああ、そういう……?」


 ミーシアはそれで納得していたが、俺はニケの思惑を嗅ぎ取っていた。

 授業参観とはよく言う。気になっているのは【魔王】の力と俺たちの素性か。正しくは、実地調査と言うべきだろう。


「ふふん。甘い、甘いよ枢木少年。この大賢者ニケの意を推察しようなんて、甘々もいいところだ」

「何も言ってませんよ」

「どうせ、ひょっとしてこの人俺のこと好きなのかなーとか考えてたんでしょ」

「マジでちげえよ」


 くそっ、ほんと面白いなこの人……! なんでこんなおもしろ姉ちゃんが大賢者なんてやってんだこの国は……!


「もちろん【魔王】のことは気になるよ。君たちの素性もね。だけど、物事には複合的な要素が絡み合うんだ。たったそれだけで動くほど、この大賢者の身は暇じゃないってことさ」

「じゃあ、何の目的が?」

「抱えてた仕事、全部投げ捨てて遊びに来てるんだ。人里離れた場所に逃げないと王都から追っ手がかかる」

「ダメな大人だ……」


 大賢者ニケは遠い目をしていた。お仕事、大変らしい。こんな大人にはなりたくないなと心底思った。


「んでんで。今日は何の依頼やるの? メナヤ? シン? ア・クャバル?」

「そんな化物退治なんてするわけないじゃないですか。なあミーシア」

「なにそれきいたことないこわい」


 あー。そういやメナヤもシンも、あまり一般には知られてない魔物だっけ。ちょっとニケちゃん、マイナーなネタはやめてよね。ぷんぷん。


「ふむ。魔物についても詳しい、と」

「しれっと探りいれるのやめてもらえます?」

「ガスラ・ガモスは知ってる? ほらあの、三百年前の」

「もう何も答えませんよ」


 ガスラ・ガモス――三百年前に大量発生した、全長一メートル長の巨大な蝶。大群となって空を舞い、長期間に渡って日光を遮って深刻な冷害を引き起こした。別名、日食蝶。


「どうしような……。ミーシア、何か希望は?」

「うーん……。しっかりめの依頼がいいかもです。【魔王】の力がどういうものなのか、ちゃんと試しておきたいので」

「ユズは?」

「おさかなたべたい」


 そういうことで、本日の依頼は水源地の調査になった。

 山奥の渓流に棲んでいるマスが、下流の川で泳いでいるところが確認されたらしい。水源地に異変があったかもしれないから調べてきてくれ、という行政からのご依頼である。


「ええ、この依頼やるの……? こんなの面白くなくない……?」

「大事な仕事ですよ、ニケ先生」

「もっとさぁ。強い魔物をどかーんってやっつける感じのやつにしようよ。冒険者っぽいことしたい」

「何言ってるんですか。依頼主、行政ですよこれ。とりっぱぐれがない美味しい依頼です」

「うわ……若いのに夢がない……」


 いやまあ、倒せばオッケー的なわかりやすい依頼もあるにはあるんだけど、結構すぐになくなっちゃうんだよね。逆にこういう癖のある依頼は、報酬がよくても売れ残っていることが多い。俺たちのパーティは、そういった面倒くさいけど美味しい依頼を回収することで細々と生計を立てていた。


「ねーえー。このマグマサーペント討伐ってやつにしようよー。絶対こっちの方が楽しいってー」

「そんなの倒せるわけないじゃないですか。俺たち子どもですよ」

「だからいいんじゃないか。私はね、君たちがついうっかり本気出しちゃうところが見たいんだ」

「いいからほら。行くんだったら準備してください」


 子供のように駄々をこねる大賢者様をミーシアに預ける。

 何を期待しているのかは知らないけれど、俺たちはゆるっとふわっと冒険者だ。オーダーでもないのに、本気を出すつもりなんてさらさらなかった。



 *****



 とまあ、本気を出す気はもちろんないのだけれども。

 俺たちが魔法を使えることがバレてしまった以上、ズル禁止縛りの内容については見直さなければならなかった。


(柚子白、柚子白)

(どしたの枢木)


 柚子白と念話を繋ぐ。俺たちが内緒話しているのはミーシアにバレているだろうが、彼女は盗聴なんてしないだろう。


(ズル禁止縛り、どうする? 今更魔法のこと隠す必要もないだろうけど)

(そうね……。でも、ミーシアはともかく他の冒険者に実力を隠したいってのはあるのよね。この初心者っぽい感じ、ぶっちゃけ楽しいじゃない)

(すげーわかる)


 今の俺たちの評価は新進気鋭の若手パーティだ。採集依頼から順調にステップアップし、今では子どもながらに難しい依頼も任されるようになってきた。ここで魔法を解禁して、一足飛びで大活躍ってのは、なんだかちょっといただけない。


(でも、全く使わないってのもなんか違うのよね)

(それなら、二人で旅してた時の条件に戻すか? メディから教わった剣術と魔法しか使わないって縛り)

(そうね、そうしましょうか。でも、あんまりやりすぎないでね)

(わかってる)


 ということで初級魔法が解禁されました。やったね。


「何のお話ししてたんですか?」


 川沿いの道を歩きながら、ミーシアは鼻歌を歌う。今日のピクニックは、せせらぎに耳を澄ましながらの山登り。天気も良好、歌いたくなる気持ちはよくわかる。


「内緒って言ったら怒る?」

「怒ったら教えてくれます?」

「…………」

「冗談ですよ。そんな顔しないでください」


 顔を見合わせて軽く笑う。からかわれてしまったらしい。ミーシア嬢、色んな意味で強くなったなぁ。


「若者……。若者の、いちゃいちゃは、健康にいい……」

「にけちゃん先生、だいじょーぶ?」

「ふふふ……。大賢者を、なめるなよ……。この程度のピクニックくらいなんてことないさ……」


 一方、少し歩いただけで大賢者様は息を切らせていた。本当にこの程度のピクニックなんだから、なんてことなく乗り切って欲しい。


「体力ないね。休憩する?」

「ご厚意痛み入るよ、柚子白少女……。しかし、腐っても私は大賢者……。この程度で……屈するわけには、いかないんだ……!」

「ユズ、それ知ってるよ。くっころってやつだよね」

「どこでそんな言葉を覚えた」


 柚子白、楽しそうだった。ポンコツ仲間が増えて嬉しいのかもしれない。

 柚子白といいニケといい、マジックユーザーはポンコツばかりだ。ミーシアはああなっちゃダメだよ。ミーシアまでポンコツになったら、枢木さん困っちゃうからね。


「そんなに辛いなら、魔法で肉体強化すればいいじゃないですか」

「鋭い着眼点だ、枢木少年。しかし、ミーシアの見ている前でそんな真似をするのは、師としての面目が立たないよ」

「どういう意味です?」

「肉体強化魔法は身体の健全な発育を妨げる。私のような大人はよくとも、君たちやミーシアが真似をするのはいただけないな。となると、子どもがやってはいけないことを、大人の私だけがするわけにはいかないだろう」


 ましてや、今のミーシアには【魔王】の瞳があるからね。

 ニケはそこまでは言わなかったが、言いたいことは伝わった。迂闊な魔法を披露すれば、術式はミーシアに筒抜けになってしまう。今のミーシアなら簡単に再現してみせるだろう。


「ふふ、感心したかい? いささか学者気質がすぎるところは認めるが、私にも教育者としての矜持はあるのだよ」

「でも、柚子白には酒飲ませてましたよね」

「…………」


 ニケは立ち止まった。

 突きつけられた矛盾を、彼女はしみじみと噛み締めた。柚子白を見て、ミーシアを見て、俺を見る。最後に、歩き疲れてガクガクに震える己の膝を見て、達観した笑みを浮かべた。


「ミーシア」

「はい、先生」

「レッスン1。大人はずるい」

「知ってます」


 大賢者ニケは、自らに肉体強化魔法を行使した。

 ミーシア、よく見ておこう。これが現実に屈し、理想を諦めた大人の姿だ。どうか君はこんな大人にはならないでくれ。俺としては、ミーシアの健全な成長を祈るばかりだった。

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