ようやく真面目な話をするらしい(一人おねむ)
話の続きをするというのに異論はない。
これ以上俺たちの素性を隠すつもりもない。
ちゃんと説明をすべきだという主張にも頷ける。
だけど。
「ニケ先生。ご自身の酔いを醒ますつもりはないんですか?」
「え、なんで?」
ニケが解毒したのは柚子白のアルコールだけ。当の本人は、今も手酌で酒を汲み続けている。お手上げだ。もう好きにしてくれ。
「まあ……。さっきの術式は見たので。また酔いつぶれるようだったら解毒しましょうか」
「そうだな。そうするかぁ」
ミーシアは空中に解毒の術式を投影した。ついさっき、ニケが柚子白に行使したものだ。一目見ただけでもうコピーしたらしい。
「ユズは別に、あれくらい酔ってても平気だったけどねっ」
「完全にひっくり返ってただろ、お前」
「だって、ベッドがユズを離したくないって言うから」
「お? 酔っぱらいの妄言か? もっかい解毒いっとくか?」
本当にお疲れさまです、という目でミーシアが見ていた。さっきまで喧嘩していたはずなのに、俺たちの間には謎の連帯感が芽生えていた。これは多分、保護者組とかそんな感じのやつだ。
そんなぐだぐだな雰囲気で始まった二次会だが、一応説明責任は果たすことにした。
「で。俺たちが何者かって話だったよな」
「そうですよ。クルさんもユズちゃんも、普通に魔法使えるじゃないですか」
「あー……。別に、隠そうってつもりは」
「ありましたよね」
「ありましたね」
「素直でよろしい」
どうして隠したと言われると困ってしまう。まさかミーシアのために手抜きしていたなんて言えないし。
「まあ……。大体の察しはつきますよ。何か、目的があるんですよね」
「……目的?」
「あなたたちは自分の正体を隠して、アッツェンの街に潜り込んだ。目立たないように冒険者の仕事をしつつ、時が来たらあの古城を訪れて、目的を果たそうとした。違いますか?」
あ……。あー。なるほど、そうか。その手があったか。
確かにそう言われるとそうだ。状況的にはそうとしか思えない。そういう路線でまとめれば、なんとかできるのでは?
「にけ先生。アッツェン郊外の古城について、何かご存知でしょうか」
「んー。ああいった古城みたいな、前文明の遺産は私の専門外なんだけど。あそこには強大な存在が封じられているっていう伝承なら聞いたことあるよ。前文明の遺産に封じられた強大な存在と来ると、最初に思いつくのは魔王種だよね。まあ、今の状況から逆算すれば、何が封じられていたのかは想像がつくんじゃないかな」
「【魔王】バアルバアル。ですよね、クルさん」
頷く。それについては事実だ。
「そうだ。俺たちはあの古城で、復活した【魔王】バアルバアルを討ち取った」
ミーシアは静かに息を呑んだ。
「ミーシアの言うとおりだよ。俺たちの目的はバアルバアルを倒すことだった。だけど、一つ誤算があったんだんだ」
「誤算、ですか?」
「ああ。倒したバアルバアルの亡骸から、黒く渦巻く影みたいなものが這い出てきたんだ。あれが何なのかは俺たちも知らない。危険なものだと判断して、一度は倒したんだが……。それはまだ生きていて、ミーシアの中に入り込んだ」
「……そうして、ボクは【魔王】を継承した、と」
そういうことになる。あれは本当に想定外のことだった。
「なら、クルさんはボクを倒さなければいけないんですか?」
「いや、それはない。目的はバアルバアルだけだ。ミーシアを倒す必要はない」
「本当に? だまし討ちしたりしません?」
「しないしない」
信用がなかった。悲しいけれど、どこか嬉しくもある。こんな風に疑念をストレートにぶつけられるくらいには、俺たちは仲良くなれたんだろう。
「で。そもそもどうしてバアルバアルなんて倒そうとしたんですか」
あー、やっぱそれ、気になるよなぁ。
ストレートに答えるなら、女神からの命令でやったと言うしかないんだけど。そう答えるのは色々とはばかられた。
「……相談タイムをください」
「構いませんよ」
俺は柚子白と念話魔法を繋いだ。
どうしようね柚子白。言っちゃう? 別に神様オーダーのこと言っても問題ないんだけど、大事になったら嫌だなって思うんだよね俺は。俺たちってさ、見方によっては女神の使徒的なところあるじゃん。でも、だからって神意の代行者的な扱いをされるのはなんか違うよね。そりゃオーダーはオーダーできっちりやるけど、ぶっちゃけ俺めうめうのことそんなに好きじゃないし。そういう立場におさまっちゃうと、後々困ると思うんだよ。柚子白はどう思う?
(くるるぎ)
柚子白はとても短く答えた。
(ねむくなってきたわ)
よーし、相変わらずポンコツだなこいつ。それでこそ柚子白だ。
おねむのユズちゃんをだっこして、ベッドに寝かせてよしよしする。おやすみ柚子白。いい夢見るんだよ。
「ええと……。相談の結果は?」
「眠いってさ」
「ああ……。うん、その、気が抜けますね」
なんかごめんね、こんな感じで。なんとなく察しはついてると思うけど、柚子白、これで結構残念なやつなんだよ。
「まあ……。その、なんだ。内緒ってことじゃダメかな」
迷ったけれど、言わないことにした。
俺たちの事情にミーシアを巻き込みたくないという判断だ。【魔王】の件についてはこれで終わりだが、神様オーダーはまだまだ続く。俺たちが定期的に生死をかけた戦いに身を投じていると知れば、彼女が何を言い出すかは想像がついた。
「むー……。教えてくれないんですね」
「こればっかりは。すまん」
「クルさんは内緒ばっかりです。ボクにはなんにも教えてくれない」
「すまん……」
ミーシアはぷいっと拗ねてしまった。
「仲間になれたって思ってたのに、平気で実力隠すし。ボクに隠れてこそこそ魔法使うし。その上、何のためにやってるのかも教えてくれないんですね」
「ごめんなさい……」
「いいですよ、もう。勝手にやってたらいいじゃないですか。そんなこと言うなら、困ってても手伝ってあげません」
ほら、やっぱり。手伝う気じゃないか、このお人好しめ。
ミーシアは拗ねてしまったが、それでいいと思った。巻き込まないためにはこうするのが正解だ。
「ミーシア。聞かないほうがいいよ、それ」
酒を呑んでいたニケが、俺たちの間に入った。
「枢木少年は意地悪して言っているわけじゃない。言えないのには言えない理由があるんだよ」
「それはそうなんですけど……」
「少し、想像力を働かせてみようか。枢木少年と柚子白少女は高度な魔法をこともなく操り、魔王の中の【魔王】を子ども二人で討ち取ってみせた。そんな力、一体どうやって手に入れたんだろうね」
「ええと……。その、どういうことでしょうか?」
「もう一つヒントをあげよう。ミーシアは今、とてもすごい力を手にしているよね。それは君が【魔王】を継承したことで得られたものだ。まっとうな手段では手に入らない、特別な力。それについての自覚はある?」
戸惑いながらもミーシアは首肯する。ニケは淀みなく続けた。
「枢木少年と柚子白少女が持つ力は、現時点においてミーシアの【魔王】の力を凌駕する。それが意味すること、わかるかな」
「この二人は……。【魔王】を継承するよりも、もっとすごいことをしたってことですか……?」
「そういうこと。断言するよ。この二人が抱えている事情は並大抵のことじゃない。それでも聞きたいってなら、後戻りできなくなるくらいの覚悟はした方がいい」
酔っていても大賢者と言うべきか。恐ろしいほど冴えた推察に、ミーシアは黙り込んだ。
「それでも……。ボクは……」
それでも諦めないミーシアに、ニケは柔らかく微笑む。
「ミーシアは二人のことが好き?」
「……はい。好きです。困っているなら、力になりたいです」
「なら、信じてあげよう。いつかこの二人が背負っているものを背負えるように」
ミーシアはしばらく考え込み、ぽつりと漏らした。
「ああ、そっか……。ボクってまだ、弱いんだ」
俺は何も言えなかった。
彼女の言葉が正解だった。ミーシアは弱い。魔法の才に恵まれようと、【魔王】の力を手にしようと、それでも彼女はまだ弱い。
もしも今第二の試練が発令されたとしても、俺たちはミーシアを連れて行かないだろう。
つまり、そういうことだった。
「クルさん。一つ、約束してください」
顔を上げたミーシアは、澄んだ目をしていた。
「いつかボクが強くなったら、クルさんたちの話を聞かせてもらえますか?」
それは……。想像もつかないほどの遠い仮定だ。
積み重ねてきた人生のほとんどで、俺は柚子白と二人で行動してきた。一時的に誰かとパーティを組むことがあっても、神様オーダーに挑む時はいつだって二人きりだった。
だけど、もしもミーシアが、その前提を覆すほど強くなったら。俺たちが手を借りたいと思えるほどの力を得たら。
「……約束するよ」
そんな可能性も、ひょっとしたらあるのかもしれない。そう思った。
「ま、そんなとこかな。聞きたいことは聞けたよ。なかなか面白い話だった」
ニケはぱちんとウィンクを飛ばす。ご満足していただけたらしい。
「枢木少年も大変だね。困ったことがあったらなんでも言ってよ。この大賢者様が直々に相談に乗って進ぜよう」
「それはどうも」
「うんうん。女神様によろしくね」
俺は顔を引きつらせた。
この人……。どこまで察しているんだろう。本当に、これだから大賢者ってやつは恐ろしい。
「宴もたけなわってことで。ミーシア、帰るよ」
一升瓶を大事に抱きかかえて、ニケは席を立つ。ミーシアはぺこりと頭を下げてその後を追った。
「あ、そうそう。大事なこと言い忘れてた」
部屋から出る前に、ニケは振り返った。
「ミーシアと友だちになってくれて、ありがとう」
じゃーね、とひらひら手を振って、大賢者様は帰っていく。
本当に。ああいうのが、ずるい大人だと思うんだ。




