ぐっだぐだ
で。
「……なんで二人揃って酔ってるんですか」
テーブルに並ぶ大量の空ジョッキ。完全に出来上がったエセ幼女と詐称少女。それを呆然と見下ろす仲良しな俺たち。
すべてが混ざり合い、状況は混沌の一言だ。
「おい、ユズ。柚子白。何やってんだお前」
「んなー? くるーぎじゃん、喧嘩おわた? なかよしできた?」
「どんだけ飲んだんだお前」
「そんな飲んでないらよ。わひゃひゃひゃひゃ」
他人のふりをするべきか本気で迷った。できるなら、何もかも見なかったことにしてこのままこの場を立ち去りたい。だけど、俺の理性が「そんなことしたら出禁になる」としきりに訴えるのだ。
「んぅ……。みーしあ、みーしあ……。そこにいるの……?」
「はい、いますよ先生」
「ごめんねみーしあ……。にけちゃん先生は、もうダメかもしれない……」
「そうですね。先生はとてもダメな大人です」
「なんでそんなこというのぉ……」
大賢者ニケは十四才の少女にすがりつき、にゃんにゃんと鳴きはじめた。この詐称少女、酔うとダメなタイプらしい。できるなら知りたくない事実だった。
この人がここまで醜態を晒すのは俺が知る限り初めてだ。これまで目にしてきたニケは、子どものような好奇心と理知的な雰囲気を併せ持つ、賢者の名にふさわしい淑女だった。なのに、どうしてこうなったんだろう。青春には人を狂わせる作用があるのかもしれない。
「クルさん、どうします?」
「どうしような、ほんとに」
二人して顔を見合わせる。マジでどうしようね、これ。
ミーシアはしばらく考えた後、ぽんと手を叩いた。
「ボクたちも飲みますか」
「勘弁してくれ」
*****
俺は柚子白を、ミーシアはニケを担いで、それぞれの宿に帰った。
一応は仕事をするつもりで冒険者ギルドに行ったはずなのに、やったことは痴話喧嘩と昼間っからの酒宴だけ。いやもう、なんていうか、その。一周回って自分を許したいと思うんだ。たまにはこういう日があってもいいんじゃないかなって。
ベッドでひっくり返って寝ていた柚子白は、夕方になってようやく起きてきた。
「うー……。頭、がんがんする……」
「だからやめとけって言っただろ」
「そんなに飲んでないのにぃ……」
「まだ体ができてないんだよ。今何才だと思ってんだ」
酔い醒ましのレモン水をくぴくぴ飲んで、飲酒幼女はなんとかして人間に戻ろうとする。頑張って更生するんだぞ。お兄ちゃんが見ていてやるからな。
誠に遺憾ながらこんな感じになってしまったので、本日はこれでお開きだ。部屋で休んでいる柚子白のために適当に食うものを買って、今日はもう寝てしまおうと思っていた時。
「二次会しようぜい」
ダメな大人が宿を襲撃した。
俺は無言でドアを閉めた。たぶん、見間違いだろう。大賢者ともあろう方が、一升瓶片手に夜更けに来訪するわけがない。
「おーい、開けてよー。枢木少年、大好きなにけちゃん先生がやってきたぞー」
「お引取り願います」
「開けないと歌っちゃうぞ。歌って踊ってうっきうきだぞ。いいのか、にけちゃんライブが見られるのは今日だけだぞ」
本気で帰ってほしかった。マジでなんなんだこの人。
しばらく無視していると本当に歌い始めたので、仕方なく開けて部屋に連れ込む。その勢いでベッドに投げ込んだ。
「ちょっと、枢木少年。女の子をベッドに押し倒すなんて、あまりにもえっちなのでは?」
「それ、柚子白のベッドです。一緒に寝ててください」
「うなー」
起きているのか寝ているのか、柚子白はベッドにひっくり返ったまま鳴き声を上げる。大賢者は幼女の頬をむにむにとつまんだ。
「枢木少年。私は叡智の大賢者だ」
「どうしたんすか急に」
「私の好奇心は森羅万象に注がれる。たとえいかなるものであろうと、知らないものは知ってみたい。そして、ここには弱って抵抗できない柚子白少女がいると来た」
「なにする気ですか」
「少女の柔肌というものは、どんな抱き心地なんだろうね」
「マジで帰れよあんた!」
誰だよこいつを大賢者とか言いだしたやつ。酔って暴れて女の子を襲って、やってることただの蛮族だぞ。縛って騎士団に突きだしたら褒賞金もらえるんじゃないか。
俺は早々に状況の収拾を諦めて、助けを呼ぶことにした。
(ミーシア、ミーシア)
ひにゃっ、と潰れたような悲鳴が脳裏に響いた。
(え、わ、クルさん、ですか? びっくりした……)
(突然念話して悪い。今、いいか?)
(すみません、ちょっと今それどころじゃなくて。少し目を離した隙に、にけ先生が……!)
(今、うちに来てる。一升瓶持参で)
(すぐ行きます。縛っておいてください)
急いでくれミーシア。これ以上大賢者が醜態を晒す前に、早く来てくれ……!
宣言通り、ミーシアは飛ぶような速さでやって来た。かなり走ったらしい。息を切らせていた。
「すみませんクルさん……! ちょっとにけ先生、何やってるんですかほんとに!」
「お、来たねミーシア。よーし、メンツ揃ったな。二次会やろう二次会」
「二次会やろうーじゃなくてですね。あんまり無茶言うと、本当に怒りますよ」
「いいの? ミーシアだって二次会やりたかったんじゃない?」
大賢者ニケはぱちんと指を鳴らす。行使したのは解毒の魔法。芸術めいた美しい術式で、柚子白を苦しめている血中アルコールは綺麗さっぱり浄化された。
「話が途中だったでしょ。君たちのこと、教えてよ」
ニケは瓶ごと酒をあおった。




