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そんなことよりミーシアだ!

 一度、柚子白と相談する時間をもらった。

 聞かれるままに、その場で全てを話すわけにはいかない。ニケは気軽に承諾して、俺たちは一度席を立った。


「……柚子白、どうする」

「どうするも何も……」


 念のため、割れやすく加工した防音術式を展開する。複雑に暗号化しても、【魔王】がその気になれば簡単に突破されてしまうだろう。少しでも触ればすぐに割れるこの術式なら、干渉があればすぐに気づける。

 防音術式に変調はない。【魔王】も大賢者も大人しく待ってくれているようだ。俺たちは、ふうと一息ついた。


「ミーシア、めちゃくちゃ怒ってたわね……。本当にどうしよう……許してくれるかしら……」

「いやまあ、そうなんだけど。そうじゃなくてさ」

「何よ、それ以上に大事な問題があるの?」

「お前は何を聞いてたんだ」


 くそっ、お花畑だこの女。俺もそっち側に行きたい。ミーシアの態度に右往左往する方にまわりたい。だって、絶対そっちの方が青春っぽいじゃないか。


「あのな、柚子白。俺はニケを味方につけたいと考えている」

「ふうん。いいんじゃない?」

「興味ないのはわからんでもないが、一応聞け。今回の人生ではいつもと違うことが起きた。俺たちの関係のないところでだ」


 話しながら考えをまとめる。俺もまだ、この状況を完全に飲み込めているとは言えなかった。


「おそらく、いつもの人生でもニケは運命視の魔法を編み出していたんだろう。適当に運命を見て遊んで、満足したらそうそう使うこともなかったんだろうな。だけど、今回は違った。ニケはたまたま、ミーシアが【魔王】になる運命を見つけてしまった」


 そんな些細な偶然が、ミーシアにとっての始まりだった。


「ニケはミーシアに干渉し、紆余曲折の末にミーシアは【魔王】になった。だけど、そもそも誰の干渉を受けずとも、ミーシアには【魔王】になる可能性があったんだよ。それがどういうことかわかるか?」

「……ええ。私たちは人生を千回繰り返してきた。もし少しでもその可能性があるのなら、どこかの人生でミーシアが【魔王】になっていてもおかしくないってことよね」

「そうだ。ミーシアが【魔王】を継承したのは、今回が初めてではないのかもしれない。だけど、俺たちはそんなことを知らない。ミーシアと出会ったのも今回の人生が初めてだ。そもそもそれがおかしいんだよ」


 千回も人生を繰り返して、並大抵のことは知ってきた俺たちだ。そんな俺たちにとって、知らないことは異常なことと言って差し支えない。もちろん些細なことまでは知らないが、運命に関わるような重大なことを知らないはずがない。

 だけど、それには一つの例外がある。


「どうして俺たちがミーシアのことを知らなかったか。いや、どうしてミーシアが【魔王】を継承することを知らなかったか、と言うべきだな。この謎の答え、俺たちは知っている」

「神様オーダーに関わる内容は記憶から消されるから、よね」

「そうだ。ミーシアが【魔王】を継承することは、神様オーダーの一要素なのかもしれない」

「でも、今回こうなったのは本当にただの偶然よ。継承に失敗していてもおかしくなかった。めうめうだって、【魔王】の継承については一言も言っていなかったんでしょう?」

「そうだな。多分、めうめうにとっては継承してもしなくても、どっちでもいいんだろう。もしも継承したのなら、それはオーダーに関わる内容だから後で記憶を消すっていうだけで」

「……じゃあ、今回の人生が失敗に終われば、ミーシアのことは忘れるってことね」


 それは正しい。だけど、俺が言いたいことはそういうことじゃない。


「ミーシアの【魔王】継承が神様オーダーの一要素だったのなら、今回の俺たちはいつもとは違う条件でオーダーを達成したってことになるよな」

「ああ……。なるほど、そういうこと。ようやく話が見えてきたわ」

「これが良いことなのか、悪いことなのかまではわからない。だけどこれは、普段の人生では試してこなかったアプローチだ。そうだろ?」

「ええ、そうね。もしかするとこれは、神様オーダー攻略の鍵になるかもしれないわ」


 認識を共有し、俺たちは頷きあう。ほんの小さな偶然から見つけ出した、まだ試していない新しい可能性。それは俺たちの心に希望の火をともした。


「今回の人生では、いつもと違う何かが起きている。それを読み解く上でニケの助けは大きいだろ。だから、ある程度の事情は話してもいいと思うんだ」

「異論はないわ。でも……。二つ、確認しておきたいことがある」


 柚子白は目を閉じて、少しの間考えをまとめた。


「青春はどうするの?」

「青春って、お前な」

「大事なことよ。今からでもオーダーの攻略に主眼を置くのか、それとも当初の目的通り青春を謳歌するのか。目標はきちんと設定しておくべきだわ」


 柚子白の言うことは正しかった。

 新しい可能性を追い求めたいという気持ちはもちろんある。それがループからの脱出に繋がるかもしれないというのならなおさらだ。しかし……。


「……初志を貫徹しよう。俺たちは、青春をやるべきだと思う」

「それでいいの?」

「いつもと違う事が起きたのは、俺たちがいつもと違うことをやっていたからかもしれないだろ。こういうのはちゃんとやりきったほうが良い。それに……」


 少しだけ言いよどむ。だけど、意を決して口を開いた。


「それに、俺、まだまだ遊びたい」

「あんたのそういうとこ、結構好きよ」


 柚子白は軽く笑った。

 そうだよ、青春がしたいんだよ俺は。なんだか真面目に考えてしまっているが、いい加減頭が疲れてきた。もっとこう、わーとか、きゃーとか、そんな感じでやりたいんだよ本当は。


「で、もう一つはなんだ?」


 柚子白はちょっとだけ泣きそうな顔をした。


「ミーシアの方はどうしよう……?」

「誠心誠意ごめんなさいしようね」

「ふぇーん」


 そういうことになった。



 *****



 酒場に戻ると、ニケは気さくに手ふった。


「や。おかえり」


 ニケの手にはジョッキに注がれた黒ビールが揺れていた。机にはチーズの盛り合わせ。

 大賢者ニケ。昼だろうと子どもの前だろうと、構わず飲むタイプだった。


「そのナリでよく注文できましたね」

「人間が作った決まりごとなんて、理の内にもならないよ。普段はもっとすごいのを相手にしてる」

「ルールって破るものじゃないんですよね」


 軽くお酒が入り、紅潮した頬でにやにやと笑う大賢者。まあ、賢者と遊び人は紙一重って言うしな。魔法史きっての大天才とあろう方を、人間の型にはめこもうとするだけ無駄なのかもしれない。


「で。ニケ先生、この子は?」

「あー。ちょっと、休憩中みたいな?」


 ちらっと目を向ける。俺たちのミーシア嬢。魂が抜けたように、うつろな瞳で天井を仰いでいた。


「何したんですか」

「私はこの子の先生だから。教え子の質問に答えないわけにはいかないよね」

「……なんで、教えちゃったんですか」


 知ってしまったんだろう。自分がもう、【魔王】になってしまったことを。伝承に謳われるような怪物に成り果ててしまったことを。


「人間の意思は運命に影響を与えるって言ったよね。だからだよ」

「意味がわからない」

「枢木少年。すべての人間には運命があるんだ。逃げてもいい。怯えてもいい。怖くて投げ出してもいいし、目を塞いで閉じこもってもいい。だけどね、運命は必ずそこにある。私は運命と仲良くできる人間が好きなんだ」


 見透かすような瞳。自然と、拳を握り込んでいた。


「ミーシアにも自分の運命を知る権利がある。これは彼女が選ぶことだよ。私や君が覆い隠していいものではない」

「それが、ミーシアを傷つけることになっても?」

「この子は私が見込んだ愛弟子だ。きっと、自分なりの答えを見つけられるさ」


 ――それで、君はどうなんだ。

 言外に問われたような気がしたのは気のせいだろうか。自分の運命と付き合うのに疲れた俺には、耳が痛い言葉だった。


「いえ……。いいんです。ちゃんと、わかっています」


 やや虚ろな瞳で、ミーシアはゆっくりと俺たちを見た。


「大体の話は聞きました。あの嵐の日に、ボクは、【魔王】になっていたんですね」

「……そうだ。黙っていて悪かった」

「色々と納得しました。二人が妙に過保護になったのは、ボクを警戒していたから。突然暴れだしても、すぐに殺せるように」

「違う、そうじゃない。俺たちは――」

「何が違うんですか?」


 違わない、とは言い切れない。

 その可能性は常に考慮していた。できるだけ考えないようにしていたが、最悪の場合は殺すことも視野に入っていただろう。だけど。


「ミーシア。この魔法、見えるか」


 俺は複数の魔法を展開した。

 指定の人物のコンディションを確認する魔法。位置情報を把握する魔法。精神状態を色分けして表示する魔法。対象に異変があった場合、即座に攻撃を加える魔法。その他もろもろだ。

 中空に浮いた術式を見て、ミーシアはわずかに目を開く。ニケは口笛を吹いた。


「その気になればこんな魔法を使うこともできた。でも、それよりもミーシアの側にいたかったんだ」

「……何のために?」


 そんなことは決まっている。今更言うまでもないことだ。

 だけど、今はその言葉が必要だった。


「ミーシアのことが、大好きだからだよ」

「……へ? え、え? 好きって、あの、その、え、ええ……?」


 ミーシアは、桜のように顔を赤らめた。


「だよな、ユズ」

「うん。ユズたちは、みーくんのことが大好きだから」

「あ、そっち」


 かと思いきや一瞬で鎮火した。柚子白はテーブルの下で俺の足をげしげしと蹴りはじめる。少しの間、気まずい沈黙がテーブルを支配した。

 あれ、俺なんか今ミスったかな。普通にいいこと言った気がしたんだけど、なんでこんな微妙な感じになってるんだろう。マジでわかんないんだけど、教えてニケ先生。


「……クルさん、やっぱり嫌いです」

「そんな」

「ユズちゃんは好き」

「やった、ちゃん付けになった」


 なんで……? なんでこの流れで俺嫌われるん……? え、ほんとになんで……?

 柚子白は盛大に勝ち誇り、俺はテーブルに崩れ落ちた。ニケは黒ビールのおかわりを注文した。お酒が進むらしい。さぞや良いツマミがあるんだろうね、くそっ。


「ま、まぁ……。その件についてはわかりました。きっと手違いだったんですよね。それに、元はと言えばボクのせいでもありますから。怒ったりしちゃって、すみませんでした」

「いや待て、なんでミーシアのせいになる」

「だって、そもそもボクがクルさんを追いかけなければ、こんなことにはならなかったのでは?」


 ここに来て一番の正論だった。

 正論に立ち向かうにはいくらかの勇気がいる。だけど、この言い分を認めるわけにはいかない。


「違う。俺がちゃんと説明しておくべきだったんだ。そうすれば、ミーシアが追いかけてくることもなかった」

「そんなこと言うなら、そもそもボクがクルさんを誘ったのが悪かったんです。あの日誘わなければよかった」

「だったらその誘いに乗った俺が悪いんだよ。眠いとかなんとか言って断るべきだったんだ」

「それはクルさんが優しいからでしょう!? なんでそうなるんですか!?」

「なんでって、ミーシアがそんなことばっかり言うからだろ!?」


 ヒートアップしてきた俺たちを横に、ニケと柚子白は内緒話を始めた。


「柚子白少女。現在我々の目の前で繰り広げられているこの現象について、己の見解を述べよ」

「はい、にけちゃん先生。これは俗に言うところの痴話喧嘩に相当するのでは?」

「だいせいかーい! はなまるあげちゃうぞっ」

「やったー!」

「柚子白少女、ビール飲む?」

「わーい! 飲む飲むー!」

「お、いいねー」


 やんややんやと、くだらない喧嘩をした気がする。

 結局決着がつくこともなく、なあなあに終わって、俺たちはちょっとだけ仲良くなった。

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[一言] 柚子白さん、ここはイチャイチャしやがってと一発入れるところでは!(血涙)
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