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俺たちは……負けるわけには……いかないんだ……っ!!!!

 飛行魔法で古城の前まで飛んできた俺たちは、即座に行動を開始した。

 はるか昔に打ち捨てられた古城は、今では魔物がひしめくダンジョンになっている。主に生息しているのはリビングアーマーやポルターガイストといった幽鬼種の魔物だ。

 まずはそれらの魔物を退けながら、古城の最深部まで到達しなければならない。


「柚子白、近くに他の人の気配は?」

「ちょっと待って」


 柚子白は高位の空間探知魔法を発動した。広域に渡って生命反応を探知する、この時代では失われてしまった魔法の一つだ。


「あたりには誰もいないわ。でも、魔物の数がものすごく多い。最深部の強力な反応に引き寄せられてるみたい」

「雑魚なら何体いてくれてもいいんだけどな」


 邪魔されるのも面倒だ。突入前に片付けておこう。

 古城内部に狙いを定めて神聖術を発動する。光天使の力を借りて、奇跡を引き起こす神秘の力だ。魔法とはルーツが異なり、魔力ではなく信仰心を消費するという特徴があるが、それ以外は大体魔法と同じ。


 発動した神聖術はセイクリッド・デモリッション。

 聖なる力で大爆発を引き起こす魔法だ。


「吹っ飛べ!」


 光の力が、古城の中心部で炸裂した。

 非物質の爆撃なので建物自体は傷まない。だが、中にひしめいていた幽鬼種の魔物は全部まとめて吹っ飛んでいった。


「その技、あんまり好きじゃないのよね。とりあえず聖なる力って言っとけば何やってもいいってノリじゃない」

「宗教なんてそういうもんだぞ」

「やめなさい、やめなさい」


 俺は結構好きだけどな、この技。どかーんでばごーんだ。男の子心にダイレクトに効く派手さがある。


 俺たちは魔物の気配が消え失せた古城に突入した。こうなってしまえばダンジョンも平坦な道と変わらない。


「初めてのダンジョン探索はミーシアと来たかったよな」

「そうね……。きっと、とても楽しくなったでしょうね」

「罠とか踏んで、わーきゃーして、迷子になったりしてさ。最後には協力してボスを倒して、お宝を手に入れるんだ。そんなありふれた、ごく普通の青春をしたかった」

「それ、いいわ。すごくいい。是非とも今度やりましょう」


 このオーダーを達成できたら、なんて無粋なことは俺も柚子白も言わなかった。

 ギアはとっくに入っている。失敗した場合のことを考えてるようでは、これからの戦いは臨めない。


「だから今回はノーカンってことで」

「ええ。レギュレーション違反のオンパレードだもの。ズル禁止縛りを遵守しないと、達成したことにはならないわ」

「違いねえ」


 最深部へと続く扉を、二人で並んで蹴破った。

 古城地下の隠し部屋に、大きな祭壇が置かれていた。薄暗い室内にはロウソクの光がお洒落に灯り、絨毯代わりに描かれた赤い血の魔法陣がきらりと映える。呪具と思しき怪しげなオブジェが、小粋なワンポイントを演出しているのも見逃せない。


 かなりのお洒落さんでもなければ中々住まないイカしてイカれた空間に、赤黒い肌の大男が佇んでいた。


「来たか……」


 見かけ通りの重々しい声。頭には牛の頭骨をかぶり、手には山羊の頭蓋骨が飾られた杖を手にしている。腰にボロボロの布を巻いていることを除けば、一切の衣服を身に着けていない。部屋の内装に合わせてファッションを選ぶところもポイントが高い。


「貴様らだな、人の家に急に爆撃なんぞしかけてきたイカれた奴らは……! ここをどこだと心得る!」

「不法占拠のおっさんに言われたかねえな」

「黙れ! この打ち捨てられた古城を丁寧に掃除し、補修したのはこの我だ! 家具も全部自作したんだぞ!」


 見かけによらずマメな性格だった。やはりこうでもなければ、お洒落上級者は務まらないのだろう。

 お洒落上級者さんのお住いを強襲してしまったのは申し訳ないが、こっちだって事情がある。奪うもの、奪われるもの。世界は時々残酷だ。


「同居人の皆さんをことごとくふっ飛ばしおって……。謝る気はあるんだろうな」

「え、謝って済む問題なの?」

「それだけではすまさん。反省文の提出を命じよう。加えて、最近崩れた内壁の補修も手伝ってもらおうか」


 めちゃくちゃ穏便に済みそうだった。どうしよう、柚子白。俺、この人ちょっと好きかもしれない。

 もしも出会い方が違ったら、俺たち友達になれたんじゃないかな。この人と一緒に家具を作ったり、家庭菜園を作ったり、時にはホームパーティに呼んでもらったりしてさ。そんな風に良き隣人になれた可能性もあったかもしれないって思ったんだ。

 でもダメだ、ダメなんだ。【魔王】を殺せってめうめうが言うんだ。恨むなら女神様を恨んでくれ。


「ガキのいたずらをしに来たわけじゃないんだ。悪いな、おっさん」

「ふん……。この我を知っての狼藉だろうな。我こそは【魔王】バアルバア――」

「やるぞ、柚子白」

「そうね。初めましょうか」


 ヒーローものの悪役じゃないんだ。名乗りを待つほど暇じゃない。爆炎魔法と凍結魔法で、俺たちは左右から同時攻撃を叩きつけた。


「このクソガキ――。あ、いや、わんぱくお子様があッ!」


 おっさんはそれを素手で止め、握りつぶした。

 大した魔法耐性だ。並の魔法では通用しそうにない。だったら。


「躾けてやる!」


 斧のように振るわれた骸骨杖を、薄皮一枚切らせて避ける。

 攻撃の瞬間は隙の塊だ。どんなに気を配っていても、体が攻撃を受ける準備ができていない。倒れかけの巨木なら、片手で押しても簡単にぐらつく。

 回避と反撃。戦法としては下策だが、俺はこの戦い方を結構気に入っていた。


「ぐぬっ……!」


 返す刃で一閃食らわすと、大男は数歩よろめいた。

 一撃で狩るつもりだったが、耐えるか。やっぱり体の鍛え方が足りてない。技だけで切り捨てるのは難しそうだ。


「貴様……。なんだ、それは……!」

「なにって、見ての通りカウンターだけど」

「違う! その武器だ!」


 武器って言われてもな。俺は自慢の得物を誇示するように構えた。


「フライパンだ」

「真面目にやれ!」


 真面目だよ。大真面目だ。神様オーダーだぞ、手なんて抜けるわけがない。

 俺はおっさんにフライパンの切っ先(?)を突きつけた。油断はない。隙を見せれば、容赦なく斬らせてもらう。


「くそっ……。なんなのだこのガキは……! こんなふざけたナリして、なんでこんなに隙がない……!」


 そういうおっさんも中々隙がない。半端に切り込んだら打ち合いになるだろう。体格に圧倒的な不利がある分、真正面からの殴り合いは避けたかった。

 となると、やはりカウンター狙いが主軸になるか。さっきも言ったが反撃主体の戦い方は下策なんだよな。アクションの起点を相手に委ねる以上、どうしても不確定要素が多くなる。安定させるにはよほどの力量差が必要だ。


 俺としてはこういう戦い方もヒリついて好きだけど、柚子白はそうではない。彼女はもっと安定した、上策の戦い方を好む。


「枢木」


 俺は即座にその場を飛び退いた。

 ご丁寧に合図を出してくれるなんて、今日の柚子白は機嫌がいい。いつもならノータイムでぶっ放すのに。巻き込まれる方が悪いのよ、なんて言葉を何度聞いたことか。


 俺とおっさんがいた場所に、四十八の大魔法が炸裂した。

 業火、氷嵐、雷撃、暴風。撃滅、破砕、崩壊、圧潰。斬撃に槍撃に衝撃に爆撃を織り交ぜた、ありとあらゆる攻撃呪文が降り注ぐ。

 相手の反撃を受けない位置から、対処不可能な攻撃を一方的に叩き込む。この笑ってしまうほど暴力的な攻撃が、柚子白の本来の戦い方だ。


「……チッ。仕留めそこねたわ」

「どっちをだ」

「どっちもよ」


 爆撃を生き残ったのは俺だけではないらしい。魔法の嵐が過ぎ去ると、荒れ果てた室内に傷だらけの大男が立っていた。

 なんて頑丈なやつだ。俺のフライパンも、柚子白の魔法も耐えるというのはさすがに想定の上を行く。いくら俺たちの鍛え方が足りないとは言え、この耐久力には舌を巻いた。


「貴様らァ……! もう泣いて謝るまで許さんぞ……!」


 泣いて謝ったら許してくれるらしい。心の広いおっさんだ。


「こんな子どもに手を上げるのは気が引けたが、もう辛抱ならん。全力を持って貴様らに灸をすえてやる。覚悟は――」


 魔法を撃った。俺は十発、柚子白は十二発。おっさんはそれらを生身で耐えた。


「人が! 話してる時に! 攻撃するんじゃありません!」

「戦闘中にべらべら喋ってんじゃねえよ。とっととかかってこい」

「野蛮……! あまりにも野蛮……! 話し合いで解決しようとする文明人としての誇りはないのか!」

「なんであるんだよ……」


 この人、いかにもやべー格好してるくせに、なんでこんなに良識人なんだ。ちょっと申し訳なくなってきたぞ。


 その後、俺たちは戦いらしきものをした。幼女柚子白を殴るのは気がひけるのか、おっさんは俺だけを狙って杖を振るう。それにカウンターをあわせて体勢を崩し、柚子白が情け容赦なく爆撃を叩き込む。ひたすらそれの繰り返しだ。


 おっさんの攻撃は見切ったが、かと言って俺たちに有効打はない。このおっさん、硬すぎるんだよ。どんなに殴ってもピンピンしてやがる。

 小一時間にも渡る凄まじい泥仕合。最後に立っていたのは俺たちだった。


「ガキのくせに……。中々、やるではないか……」


 大男の巨体はついに崩れ落ちる。彼の敗因はスタミナ切れ。体力を直接削る生命吸引魔法をこれでもかと浴びせかけて、ようやく力尽きた。

 魔力回復の魔法陣に疲労回復の錬丹術を使っていた俺たちに消耗はないが、それがなければ先に倒れていたのは俺たちだったかもしれない。


「おっさんも……。かなり、手強かったぜ……」

「生意気なガキよ……。ふん、貴様とはもう十年後に手合わせしたかった……」

「ああ……。次は、本気でやろう……」

「ぬかせ……。本気にさせてみるんだな……」


 拳を交える中、俺はこのおっさんに何か友情めいたものを感じていた。これほど戦える相手はいつぶり――ってほどでもないけど、今回の人生では間違いなく一番の強敵だった。

 倒れたおっさんの手を取り、熱い友情の握手を交わす。柚子白はそれを気持ち悪そうに見ていた。


「くくく……。数奇な運命よ。我が使命がこんな形で阻まれるようとはな……。だが、不思議と悪くない心地だ……」

「満足してんじゃねえよ」

「それでも当初の目的は果たさせてもらおうか……。封印の解除は万全とは言えないが、すでに儀式の用意は整っている……!」


 骸骨杖を頼りに立ち上がった満身創痍のおっさんは、ふらふらと祭壇に向かう。俺たちはそれを黙って見送った。


「我は【魔王】バアルバアルの再臨を切に願うもの! 【魔王】よ! 数千年の戒めを打ち払い、今こそ姿をあわらしたまえ!」


 おっさん――魔王信者のおっさんが叫ぶと、空間が脈打った。

 空気が変わる。腐敗した生命をガラス瓶に密閉し、何千年も発酵させたような腐臭に。どろりと粘つくそれは、一呼吸ごとに胸の内から蝕むような汚らわしさとおぞましさを放っていた。


 祭壇を飲み込んで召喚門が開く。腐臭がさらに強くなる。

 何か、危険なものがくると本能が叫んだ。今すぐ逃げろ。ここにいたら死んでしまう。研ぎ澄まされた生存本能が、そんな余計なことを声高に叫ぶ。

 跳ねそうになる体を押さえつけて、門を食い入るように睨みつけて――。


 そして、【魔王】があらわれた。

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